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2006年6月30日 (金)

年間第13主日

7月2日に読まれる聖書

200607021

解説はこちら

知恵の書 (旧約 知恵1・13-15、2・23-24)

13 神が死を造られたわけではなく、

   命あるものの滅びを喜ばれるわけでもない。

14 生かすためにこそ神は万物をお造りになった。

   世にある造られたものは価値がある。

   滅びをもたらす毒はその中になく、

   陰府(よみ)がこの世を支配することもない。

15 義は不滅である。

23 神は人間を不滅な者として創造し、

   御自分の本性の似姿として造られた。

24 悪魔のねたみによって死がこの世に入り

   悪魔の仲間に属するものが死を

   味わうのである。

使徒パウロのコリントの教会への手紙

(新約 コリント 8・7,9,13-15)

7 〔皆さん〕あなたがたは信仰、言葉、知識

  あらゆる熱心、わたしたちから受ける愛など、

  すべての点で豊かなのですから、

  この慈善の業においても豊かな者となりなさい。

9 あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの

  恵みを知っています。

  すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたの

  ために貧しくなられた。

  それは、主の貧しさによって、あなたがたが

  豊かになるためだったのです。

13 他の人々には楽をさせて、あなたがたに

   苦労をかけるということではなく、

   釣り合いがとれるようにするわけです。

14 あなたがたの現在のゆとりが彼らの

   欠乏を補えば、いつか彼らの

   ゆとりもあなたがたの欠乏を補う

   ことになり、こうして釣り合いがとれるのです。

15 「多く集めた者も、余ることはなく、わずかしか

   集めなかった者も、不足することはなかった。」

   と書いてあるとおりです。

マルコによる福音  (新約 マルコ5・21-43)

21 (そのとき)イエスが船に乗って再び向こう岸に

   渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。

   イエスは、湖のほとりにおられた。

22 会堂長の一人でヤイロという名の人が来て

   イエスを見ると足元にひれ伏して、

23 しきりに願った。

   「わたしの幼い娘が死にそうです。

   どうかおいでになって手を置いてやってください。

   そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」

24 そこで、イエスは、ヤイロと一緒に出かけて行かれた。

   大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫ってきた。

《25 さて、ここに12年間も出欠の止まらない女がいた。

26 多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ全財産を

   使い果たしても何の役にもたたず、

   ますます、悪くなるだけであった。

27 イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み

   後ろからイエスの服に触れた。

28 「この方の服にでも触れれば癒していただける」

   と、思ったからである。

29 すると出血が全く止まって、病気が癒されたことを

   体に感じた。

30 イエスは、自分の内から力が出て行ったことに

   気づいて、群衆の中で振り返り、

   「わたしの服に触れたのはだれか」

   と言われた。

31 そこで、弟子達は言った。

   「群衆があなたに押し迫っているのが

   お分かりでしょう。

   それなのに、『誰が私に触れたのか』

   とおっしゃるのですか」

32 しかし、イエスは触れた者を見つけようと

   辺りを見回しておられた。

33 女は自分の身に起こったことを知って

   恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し

   すべてをありのまま話した。

34 イエスは言われた。

   「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。

   安心して行きなさい。

   もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。

35 イエスがまだ話をしておられるときに、》

   会堂長の家から人々が来て言った。

   「お嬢さんは亡くなりました。もう先生を

   煩わすには及ばないでしょう。」

36 イエスはその話をそばで聞いて、

   「恐れることはない。ただ信じなさい」

   と会堂長に言われた。

37 そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの

   兄弟ヨハネのほかはだれも

   ついて来ることをお許しにならなかった。

38 一行は会堂長の家に着いた。

   イエスは人々が大声で泣きわめいて

   騒いでいるのを見て、

39 家の中に入り、人々に言われた。

   「なぜ、泣き騒ぐのか。

   子供は死んだのではない。

   眠っているのだ。」

40 人々はイエスをあざ笑った。

   しかし、イエスは皆を外に出し、

   子供の両親と三人の弟子だけを連れて、

   子供のいるところへ入って行かれた。

41 そして、子供の手を取って

   「タリタ、クム」と言われた。

   これは、「少女よ、私はあなたに言う。

   起きなさい」という意味である。

42 少女はすぐに起き上がって、

   歩き出した。

   もう12歳になっていたからである。

   それを見るや人々は驚きのあまり

   我を忘れた。

43 イエスは、このことをだれにも

   知らせないようにと厳しく命じ、また、

   食べ物を少女に与えるようにいわれた。

2006年6月24日 (土)

年間第12主日

6月25日に読まれる聖書

200606251

解説はこちら

ヨブ記 (旧約 ヨブ38・1,8-11)

1 主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。

8 海は二つの扉を押し開いてほとばしり、

  母の胎からあふれ出た。

9 私は、密雲をその着物とし、濃霧をその産着と

  してまとわせた。

10 しかし、わたしはそれに限界を定め、

   二つの扉にかんぬきを付け

11 「ここまでは、来てもよいが越えては

   ならない。

   高ぶる波をここでとどめよ」

   と命じた。

使徒パウロのコリントの教会への手紙

(新約 コリント5・14-17)

14 〔皆さん〕キリストの愛が私たちを

   かりたてています。

   わたしたちはこう考えます。

   すなわち、一人の方がすべての

   人の為に死んでくださった以上、

   すべての人も死んだことになります。

15 その一人の方はすべての人の為に

   死んでくださった。

   その目的は、生きている人たちが

   もはや、自分自身のために生きるのではなく、

   自分達の為に死んで復活してくださった方の

   ために生きることなのです。

16 それで、わたしたちは、今後だれをも、

   肉に従って知ろうとはしません。

   肉に従って、キリストを知っていたとしても、

   今はもうそのように知ろうとはしません。

17 だから、キリストと結ばれる人は誰でも、

   新しく創造された者なのです。

   古いものは、過ぎ去り、

   新しいものが生じたのです。

マルコによる福音 (新約マルコ 4・35-41)

35 その日の夕方になって、イエスは

   「向こう岸に渡ろう」と、弟子たちに言われた。

36 そこで、弟子たちは群衆を後に残し、

   イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。

   他の舟も一緒であった。

37 激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、

   水浸しになるほどであった。

38 しかし、イエスは艫の方で枕をして

   眠っておられた。

   弟子たちは、イエスを起こして、

   「先生、私たちがおぼれても構わないのですか」

   と言った。

39 イエスは起き上がって、風を叱り、

   湖に「黙れ、静まれ」と言われた。

   すると、風はやみ、すっかり凪になった。

40 イエスは言われた。

   「なぜ怖がるのか。まだ、信じないのか」

41 弟子たちは非常に恐れて

   「いったい、このかたはどなたなのだろう。

   風や湖さえも従うではないか」

   と互いに言った。

2006年6月20日 (火)

キリストの聖体

6月18日に読まれる聖書

200606181 解説はこちら

出エジプト記 (旧約 出エジプト 24・3-8)

3  〔その日、モーセは山から〕戻って、

   主のすべての言葉とすべての法を

   民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして

   答え、「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」

   と、言った。

4  モーセは主の言葉をすべて書き記し、

   朝早く起きて、山の麓に祭壇を築き

   十二の石の柱をイスラエルの十二の部族のために

   建てた。

5  彼はイスラエルの人々の若者を

   遣わし、焼き尽くすささげ物をさせ、

   更に和解の捧げ物として主に

   雄牛をささげさせた。

6  モーセは血の半分を取って鉢に入れて

   残りの半分を祭壇に振り掛けると、

7  契約の書を取り、民に読んで聞かせた。

   彼らが、「私たちは、主が語られたことを

   すべて行い、守ります」と言うと、

8  モーセは血を取り、民に降りかけて言った。

   「見よ、これは種がこれらの言葉に基づいて

   あなたたちと結ばれた契約の血である。」

ヘブライ人への手紙  (新約 ヘブライ9・11-15)

11 〔皆さん〕キリストは既に実現している

   恵みの大祭司としておいでになったのですから、

   人間の手で造られたのではない、

   すなわち、この世のものではない、

   更に大きく、更に完全な幕屋を通り、

12 雄山羊と若い雄牛の血によらないで、

   ご自身の血によって、ただ一度

   聖所に入って、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

13 なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、

   また、牝牛の灰が、汚れたものたちに

   振りかけられて、彼らを聖なる者とし、

   その身を清めるならば、

14 まして、永遠の”霊”によって、ご自身の

   傷のないものとして神に捧げられた

   キリストの血は、わたしたちの良心を

   死んだ業から清めて、

   生ける神に礼拝するように

   させないでしょうか。

15 こういうわけで、キリストは新しい契約の

   仲介者なのです。

   それは、最初の契約の下で犯された

   罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、

   召された者たちが、既に約束されている

   永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。

マルコによる福音  (新約 マルコ14・12-16、22-26)

12 除酵祭の第一日、すなわち過ぎ越しの子羊を

   屠る日、弟子達がイエスに「過越の食事をなさるのに、

   どこへ行って用意いたしましょうか」

   と言った。

13 そこで、イエスは次のように言って、

   二人の弟子を使いに出された。

   「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる

   男に出会う。その人について行きなさい。

14 その人が入っていく家の主人にこう言いなさい。

   『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をする

   わたしの部屋はどこか」と言っています。』

15 すると、席が整って用意できた二階の広間を

   見せてくれるから、そこにわたしたちの

   ために準備しておきなさい。」

16 弟子たちは出かけて都に行ってみると、

   イエスが言われたとおりだったので、

   過越の食事を準備した。

22 一同が食事をしているとき、

   イエスは、パンを取り、賛美の祈りを唱えて

   それを裂き、弟子たちに与えて言われた。

   「取りなさい。これはわたしの体である。」

23 また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて

   彼らにお渡しになった。

   彼らは皆その杯から飲んだ。

24 そして、イエスは言われた。

   「これは、多くの人の為に流されるわたしの血、

   契約の血である。

25 はっきり言っておく、神の国で新たに飲む

   その日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことは

   もう、決してあるまい。」

26 一同は賛美の歌をうたってから、

   オリーブ山へ出かけた。

2006年6月12日 (月)

聖霊降臨祭(復活節)を終え年間(後半)へ

1年間の教会の暦 (①~⑥のサイクル)

 

 

 

 

 

 

 

 

①待降節

②降誕節

 

 

 

 

⑥年間主日

③年間主日

 

 

 

 

⑤聖週間・

復活節

④四旬節

 

 

 

 

 

 

聖霊降臨祭(復活節)を終え、

年間(後半)へ

【復活節】4月16日(復活の主日)

        から

     6月4日(聖霊降臨の主日)

【年間(後半)】 6月5日から

        12月2日まで

「復活の主日」からちょうど50日目(今年は、6月4日)に、私たちは「聖霊降臨祭」を祝いました。

聖書には次のように聖霊の派遣(降臨)の出来事を記しています。「五旬祭の日が来て、一同(使徒たち)が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、他の国々の言葉で話し出した。(使徒言行録2.1-4)

 復活されたイエスは、天に昇る前に、使徒たちに仰せになりました。「あなた方の上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」(使徒言行録1・8)

 こうして、五旬祭の日に、使徒たちを礎とする新しい神の民である教会は聖霊を受けて強められ、キリストの証人としての活動を開始しました。(使徒言行録2・14-42)

 聖霊降臨祭はこのことを記念するだけでなく、今も、特に「洗礼と堅信の秘跡を通して、私たちに聖霊が与えられていること」、そして「その聖霊が私たちのうちにとどまって、毎日、私たちのために、救いの業を継続してくださっていること」を祝う日でもあります。

ところで、聖霊降臨祭は、典礼暦年の中間点に当たります。これまで私たちは、典礼暦年のいわば前半に当たる期間を過ごしながら、救い主の到来を待ち望み(待降節)、その誕生を祝い(降誕節)、その宣教生活を黙想し(年間主日の前半)、そして特にその過ぎ越し(死・復活・昇天)の記念を行うためにふさわしく準備(四旬節)をして、盛大に祝いました(聖なる3日間/復活節)。

この聖霊降臨祭をもって復活節を終え、いわば典礼暦年の後半となる、残りの「年間」と呼ばれる期間を過ごしていくことになります。また、この聖霊降臨祭をもってキリストの復活のローソクを片付けますが、それは、私たち一人ひとりが聖霊に強められて、復活のローソクに変わるキリストの生きた証人となり人々の間にあって、真の信仰の火をともす使命が与えられていることを暗示するものです。      (カトリック新聞より抜粋)

2006年6月 9日 (金)

三位一体の主日

6月11日に読まれる聖書

200606111

解説はこちら

申命記  (申命記 4・32-34、39-40)

   〔モーセは民に言った。〕

32 あなたに先立つ遠い昔、神が地上に人間を

   創造された最初の時代にさかのぼり、

   また、天の果てから果てまで尋ねてみるがよい。

   これほど大いなることがかつて起こったであろうか。

   あるいは、そのようなことを聞いたことがあろうか。

33 火の中から語られる神の声を聞いて、なお生きている、

   あなたと同じような民があったであろうか。

34 あるいは、あなたたちの神、主がエジプトにおいて

   あなたの目の前でなさったように、

   さまざまな試みとしるしと奇跡を行い、

   戦いと力ある御手と伸ばした御腕と

   大いなる恐るべき行為をもって、

   あえて一つの国民を他の国民の中から

   選び出し、ご自身のものとされた神があったであろうか。

39 あなたは、今日上の天においても下の地においても

   主こそ神であり、ほかに神のいないことを

   わきまえ、心に留め、

40 今日私が命じる主の掟と戒めを守りなさい。

   そうすれば、あなたもあなたに続く

   子孫も幸いを得、あなたの神、

   主がとこしえに与えられる土地で長く生きる。

使徒パウロのローマの教会への手紙

(新約 ローマ8・14-17)

14 〔皆さん〕神の霊によって導かれる者は皆

   神の子なのです。

15 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに

   陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。

   この霊によって、わたしたちは、

   「アッバ、父よ」と呼ぶのです。

16 この霊こそは、わたしたちが、神の子供であることを

   私たちの霊と一緒になって証してくださいます。

17 もし、子供であれば、相続人でもあります。

   神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。

   キリストと共に苦しむならその栄光をも受けるからです。

マタイによる福音  (新約 マタイ28・16-20)

16 〔そのとき〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、

   イエスが指示しておかれた山に登った。

17 そして、イエスに会い、ひれ伏した。

   しかし、疑う者もいた。

18 イエスは、近寄って来て言われた。

   「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。

19 だから、あなたがたは行って、

   すべての民をわたしの弟子にしなさい。

   彼らに父と子と聖霊をの名によって

   洗礼を授け、

20 あなたがたに命じておいたことを

   すべて守るように教えなさい。

   私は世の終わりまで、いつも

   あなたがたと共にいる。」

  

2006年6月 5日 (月)

晴~れた空~ そ~よぐ風~♪

5月28日、バザーを無事終えることができた。

 今回のバザーは地域の方たちの交流の場づくりという企み?があったんやけど、個人的にはメッチャ楽しい一日やった。心配したお天気もくもりどころか晴れ!雨やったんちゃうんかい!? まぁ、気象庁職員の野球大会が雨で中止ンなったっちゅう噂があるくらいやから、天気予報なんてハズレてけっこう♪昼過ぎに「アッ、ついに降るか?」という空模様もあったけど持ち直して、またお陽ィさんがカーッ!!「晴~れた空~ そ~よぐ風~♪」と歌のひとつも出るトコやけど、風は、“お天道さん”に照らされて浮かれるンか会場に張った“おテントさん”が時々フワッと浮き上がるくらい強かった。その風のおかげで雨雲が散ったワケやから感謝やネェ、おおきにハバカリサン!(^0^)

 兵庫教会の皆さんももちろんやけど、いろんな方が関わってくださった。人員確保できずに一度は中止になった たこ焼き(←メチャウマ!) を出店してくださった神社のSさん、ご家族みんなで駆けつけてくださったお寺のAさん(←いつもお世話さまですゥ!)、お店休んでまで出店してくださった三宮の怪獣オモチャ屋AMAZONさん(←ワタシのオアシス♪)、商売抜きで怪獣ソフビ売ってくれはったけど…元はとってくれはりました?お客さんがようけ来てくれはるのもウレシイけど、教会の内外問わず、いろんな方たちがバザーの中味に関わってくださったコトがホンマにうれしかってン!(T_T) オマケにワタシ、落語までさせてもろた…皆さん、ホンマにホンマに、ありがとうございました!!m(_ _)m

 教会って「与えましょう、してあげましょう」という視点に立ってまうことが多いような気ィするネンけど、ソレって実は、相手が持ってない、知らないと決めつけてる傲慢とちゃうンかナァ…むしろ「教えてください、いただきます」という気持ちがいっしょに生きていく上で大切なンちゃうやろか…。

 来年はもっともっと、地域の方にも企画から参加していただいて、もう「まつり」にしてしまいたいナァと野望を抱いてンねけど…皆さん、どうですゥ?(;^_^A

2006年6月 4日 (日)

聖霊降臨の主日

6月4日に読まれる聖書

200606041

解説はこちら

使徒たちの宣教 (新約 使徒言行録2・1-11)

1  五旬祭の日が来て、一同が一つになって

   集まっていると、

2  突然、激しい風が吹いて来るような音が

   天から聞こえ、彼らが座っていた家中に

   響いた。

3  そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、

   一人一人の上にとどまった。

4  すると、一同は聖霊に満たされ”霊”が

   語らせるままに、他の国々の言葉で

   話し出した。

5  さて、エルサレムには天下のあらゆる国から

   帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが

6  この物音に大勢の人が集まってきた。

   そして、誰も彼も自分の故郷の言葉が

   話されているのを聞いて、

   あっけにとられてしまった。

7  人々は驚き怪しんで言った。

   「話をしているこの人たちは、

   皆ガリラヤの人ではないか。

8  どうしてわたしたちは、めいめいが

   生れた故郷の言葉を聞くのだろうか。

9  わたしたちの中には、パルティア、

   メディア・エラムからの者がおり、

   また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア

   ポントス、アジア

10 フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに

   接するリビア地方などに住む者もいる。

   また、ローマから来て滞在中のもの

11 ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への

   改宗者もおり、クレタ、アラビアから

   来た者もいるのに、彼らが私たちの

   言葉で神の偉大な業を語っているのを

   聞こうとは」

使徒パウロのガラテヤの教会への手紙

(新約 ガラテヤ5・16-25)

16 〔皆さん〕霊の導きによって歩みなさい。

   そうすれば、決して肉の欲望を

   満足させるようなことはありません。

17 肉の望むところは、霊に反し、霊の望むところは

   肉に反するからです。

   肉と霊が対立し合っているので、

   あなたがたは、自分のしたいことが思うように

   出来ないのです。

18 しかし、霊に導かれているなら、

   あなたがたは、律法の下にはいません。

19 肉の業は、明らかです。

   それは姦淫、わいせつ、好色

20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、

   そねみ、怒り、利己心、不和、

   仲間争い、

21 ねたみ、泥酔、酒宴その他このたぐい

   のものです。

   以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、

   このようなことを行う者は、

   神の国を受け継ぐことは出来ません。

22 これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、

   喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実です。

23 柔和・節制です。これらを禁じる置いてはありません。

24 キリスト・イエスの者となった人たちは、

   肉を欲情や欲望ともろとも十字架に

   つけてしまったのです。

25 私たちは、霊の導きに従って、

   生きるなら、霊の導きに従ってまた

   前進しましょう。

ヨハネによる福音  (新約 ヨハネ 15・26-27、16・12-15)

   〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕

15・26  「私が父のもとからあなたがたに

     遣わそうとしている弁護者、すなわち、

     父のもとから出る真理の霊が来る時、

     その方が私について証をなさるはずである。

27   あなたがたも、初めから私と一緒に

     いたのだから、証をするのである。

16・12  言っておきたいことは、まだたくさんあるが、

     今、あなたがたには理解できない、

13   しかし、その方、すなわち、心理の霊が来ると

     あなたがたを導いて真理をことごとく

     悟らせる。

     その方は、自分から語るのではなく、

     聞いたことを語り、また、これから

     起こることをあなたがたに告げるからである。

14   その方はわたしに栄光を与える。

     わたしのものを受けて、あなたがたに

     告げるからである。

15   父が持っておられるものはすべて

     わたしのものである。

     だから、私は、『その方がわたしのものを

     受けて、あなたがたに告げる』

     と言ったのである。」

   

2006年6月 2日 (金)

地域ふれあいバザー

5月28日、天気予報通り未明には雨が上がりました。ヤッター!!

私たちの教会では併設の聖家族幼稚園が今年3月に閉園しており、これまで毎年少しずつ入れ替わる園児保護者の若いパワーや園児達の可愛い遊び心に助けられていた「恒例のバザー」だけに今回は様々な不安満載、ドキドキものの準備態勢で、晴天に恵まれただけでラッキー!!と思えるスタートでした。

日頃から教会にご縁のあるお店やグループの方々の厚意あふれるご協力を得てお陰様で皆様と共に沢山の笑顔に出会えた和やかな一日は私たちにも大きな喜びでした。

出店協力して下さった「シティーライト」「野のはな」「Amazon」「UBA」「おりーぶ」の皆様、急遽「たこ焼き」を引き受けて下さった心優しい卒園生のお母様、アトラクションでは「たかとり教会」から助っ人ご夫婦が素晴らしい芸をご披露して下さいました。皆々様に心からお礼申し上げます。

吉岡神父様初公開の「落語」は如何でしたか?

皆様「うますぎ!」との感想を持たれたのでは?

教会のメンバーも精一杯頑張りましたが近隣の方々はじめ遠くから駆けつけて下さったお客様には行き届かぬ事が多々ありご迷惑もおかけしたことと思います。今回は新しい試みに免じてお許し下さいませ。

そして、これからも変わらぬご厚情で私たちの歩みにお力をお貸しいただけますよう心からお願い申し上げます。

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