« 聖霊降臨祭(復活節)を終え年間(後半)へ | トップページ | 年間第12主日 »

2006年6月20日 (火)

キリストの聖体

6月18日に読まれる聖書

200606181 解説はこちら

出エジプト記 (旧約 出エジプト 24・3-8)

3  〔その日、モーセは山から〕戻って、

   主のすべての言葉とすべての法を

   民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして

   答え、「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」

   と、言った。

4  モーセは主の言葉をすべて書き記し、

   朝早く起きて、山の麓に祭壇を築き

   十二の石の柱をイスラエルの十二の部族のために

   建てた。

5  彼はイスラエルの人々の若者を

   遣わし、焼き尽くすささげ物をさせ、

   更に和解の捧げ物として主に

   雄牛をささげさせた。

6  モーセは血の半分を取って鉢に入れて

   残りの半分を祭壇に振り掛けると、

7  契約の書を取り、民に読んで聞かせた。

   彼らが、「私たちは、主が語られたことを

   すべて行い、守ります」と言うと、

8  モーセは血を取り、民に降りかけて言った。

   「見よ、これは種がこれらの言葉に基づいて

   あなたたちと結ばれた契約の血である。」

ヘブライ人への手紙  (新約 ヘブライ9・11-15)

11 〔皆さん〕キリストは既に実現している

   恵みの大祭司としておいでになったのですから、

   人間の手で造られたのではない、

   すなわち、この世のものではない、

   更に大きく、更に完全な幕屋を通り、

12 雄山羊と若い雄牛の血によらないで、

   ご自身の血によって、ただ一度

   聖所に入って、永遠の贖いを成し遂げられたのです。

13 なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、

   また、牝牛の灰が、汚れたものたちに

   振りかけられて、彼らを聖なる者とし、

   その身を清めるならば、

14 まして、永遠の”霊”によって、ご自身の

   傷のないものとして神に捧げられた

   キリストの血は、わたしたちの良心を

   死んだ業から清めて、

   生ける神に礼拝するように

   させないでしょうか。

15 こういうわけで、キリストは新しい契約の

   仲介者なのです。

   それは、最初の契約の下で犯された

   罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、

   召された者たちが、既に約束されている

   永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。

マルコによる福音  (新約 マルコ14・12-16、22-26)

12 除酵祭の第一日、すなわち過ぎ越しの子羊を

   屠る日、弟子達がイエスに「過越の食事をなさるのに、

   どこへ行って用意いたしましょうか」

   と言った。

13 そこで、イエスは次のように言って、

   二人の弟子を使いに出された。

   「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる

   男に出会う。その人について行きなさい。

14 その人が入っていく家の主人にこう言いなさい。

   『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をする

   わたしの部屋はどこか」と言っています。』

15 すると、席が整って用意できた二階の広間を

   見せてくれるから、そこにわたしたちの

   ために準備しておきなさい。」

16 弟子たちは出かけて都に行ってみると、

   イエスが言われたとおりだったので、

   過越の食事を準備した。

22 一同が食事をしているとき、

   イエスは、パンを取り、賛美の祈りを唱えて

   それを裂き、弟子たちに与えて言われた。

   「取りなさい。これはわたしの体である。」

23 また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて

   彼らにお渡しになった。

   彼らは皆その杯から飲んだ。

24 そして、イエスは言われた。

   「これは、多くの人の為に流されるわたしの血、

   契約の血である。

25 はっきり言っておく、神の国で新たに飲む

   その日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことは

   もう、決してあるまい。」

26 一同は賛美の歌をうたってから、

   オリーブ山へ出かけた。

« 聖霊降臨祭(復活節)を終え年間(後半)へ | トップページ | 年間第12主日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。