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2006年11月12日 (日)

年間第32主日

11月12日に読まれる聖書

200611121

解説はこちら

列王記 (旧約 列王記 17・10-16)

10 〔その日、預言者エリヤは〕

   立ってサレプタに行った。

   町の入り口まで来ると、

   一人のやもめが薪を拾っていた。

   エリヤはやもめに声をかけ、

   「器に少々水を持ってきて、

   わたしに飲ませてください」

   と言った。

11 彼女が取りに行こうとすると、

   エリヤは声をかけ、パンも

   一切れ、手に持って来てください」

   と言った。

12 彼女は答えた。

   「あなたの神、主は生きておられます。

   わたしには、焼いたパンなどありません。

   ただ壺の中に一握りの小麦粉と、

   瓶の中にわずかな油があるだけです。

   わたしは二本の薪を拾って帰り、

   わたしとわたしの息子の食べ物を

   作るところです。

   わたしたちは、それを食べてしまえば、

   あとは死ぬのを待つばかりです。」

13 エリヤは言った。

   「恐れてはならない。帰ってあなたの言った

   とおりにしなさい。だが、まずそれで

   わたしのために小さいパン菓子をつくって

   わたしに持って来なさい。

   その後あなたとあなたの息子のために

   作りなさい。

14 なぜなら、イスラエルの神、主は

   こう言われる。

   主が地の面に雨を降らせる日まで

   壺の粉は尽きることなく

   瓶の油はなくならい。」

15 やもめは行って、エリヤの言葉どおり

   にした。こうして彼女もエリヤも、

   彼女の家の者も、幾日も

   食べ物に事欠かなかった。

16 主がエリヤによって告げられた

   御言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく

   瓶の油もなくならなかった。

ヘブライ人への手紙 (新約 ヘブライ 9・24-28)

24 キリストは、まことのものの写しに

   すぎない、人間の手で造られた

   聖所にではなく、天そのものに入り、

   今やわたしたちのために

   神の御前に現れてくださったのです。

25 また、キリストがそうなさったのは、

   大祭司が、年ごとに自分のものでない

   血を携えて聖所に入るように、度々

   ご自身をおささげになるためでは

   ありません。

26 もしそうだとすれば、天地創造の時から

   度々苦しまねばならなかったはずです。

   ところが実際は、世の終りにただ一度

   ご自身をいけにえとしてささげて

   罪を取り去るために、現れてくださいました。

27 また、人間には一度死ぬことと、その後に裁きを

   受けることが定まっているように、

28 キリストも、多くの人の罪を負うために

   ただ一度身をささげられた後、二度目には

   罪を負うためではなく、ご自分を

   待望している人たちに、

   救いをもたらすために現れてくださるのです。

マルコによる福音 (新約 マルコ12・38-44)

  〔そのとき、〕

 《38 イエスは教えの中でこう言われた。

  「律法学者に気をつけなさい。

  彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、

  広場で挨拶されること、

39 会堂では上席、宴会では上座に座ることを

   望み、

40 また、やもめの家を食い物にし、見せかけの

   長い祈りをする。

   このような者たちは、人一倍厳しい裁きを

   受けることになる。」》

41 イエスは賽銭箱の向かいに座って、

   群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。

   大勢の金持ちが沢山入れていた。

   ところが、一人の貧しいものやもめが来て

   レプトン銅貨2枚、すなわち1クァドランスを

   入れた。

43 イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。

   「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、

   賽銭箱に入れている人の中で、誰よりも

   沢山入れた。

44 皆は有り余る中から入れたが、

   この人は、乏しい中から、自分の持っている

   物をすべて、生活費を全部

   入れたからである。」

  

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