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2006年12月25日 (月)

主の降誕(日中のミサ)

12月25日に読まれる聖書

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今日の聖書と典礼の解説はこちら

イザヤの預言 (旧約 イザヤ52・7-10)

7 いかに美しいことか

  山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。

  彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え

  救いを告げ、

  あなたの神は王となられた、と

  シオンに向って呼ばわる。

8 その声に、あなたの見張りは声をあげ

  皆共に、喜び歌う。

  彼らは目の当たりに見る

  主がシオンに帰られるのを。

9 歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃墟よ。

  主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。

10 主は聖なる御腕の力を

   国々の民の目にあらわされた。

   地の果てまで、すべての人が

   私たちの神を救いを仰ぐ。

ヘブライ人への手紙 (新約 1・1-6)

1 神は、かつて預言者たちによって、

  多くのかたちで、また、多くのしかたで先祖に語られたが

2 この終りの時代には、御子によって

  私たちに語られました。

  神は、この御子を万物の相続者と定め

  また、御子によって世界を創造されました。

3 御子は、神の栄光の反映であり、

  神の本質の完全な現れであって、

  万物をご自身の力ある言葉によって

  支えられておられますが、

  人々の罪を清められた後、天の高い所に

  あられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

4 御子は、天使たちより優れた者となられました。

  天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

5 いったい神は、かつて天使の誰に、

  「あなたはわたしの子、私は今日あなたを

  産んだ」といわれ、更にまた「わたしは彼の父となり

  彼はわたしの子となる」と言われたでしょうか。

6 〔むしろ〕神はその長子をこの世界を送る時

  「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」

  と言われました。

ヨハネによる福音 (新約 ヨハネ1・1-18)

1 初めに言葉があった。

  言葉は神と共にあった。

  言葉は神であった。

2 この言葉は、初めに神と共にあった。

3 万物は言葉によって成った。

  成ったもので、言葉によらず成ったものは

  何一つなかった。

4 言葉の内に命があった。

  命は人間を照らす光であった。

5 光は暗闇の中で輝いている。

  暗闇は光を理解しなかった。

  《6 神から遣わされた一人の人がいた。

  その名はヨハネである。

7 彼は証しをするために来た。

  光について証しをするため、また、すべての

  人が彼によって信じるようになるためである。

8 彼は光ではなく、光について証しするために

  来た。》

9 その光は、まことの光で、世に来てすべての

  人を照らすのである。

10 言葉は世にあった。世は言葉によって成ったが、

   世は言葉を認めなかった。

11 言葉は、自分の民のところへ来たが、

   民は受け入れなかった。

12 しかし、言葉は、自分を受け入れた人、

   その名を信じる人々には神の子となる

   資格を与えた。

13 この人々は、血によってではなく、

  肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、

  神によって生まれたのである。

14 言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

   わたしたちはその栄光を見た。

   それは、父の独り子としての栄光であって、

   恵みと真理に満ちていた。

  《15 ヨハネはこの方について証しをし、

  声を張り上げて言った。

  「『わたしの後から来られる方は、

  わたしより優れている。わたしよりも

  先におられたからである。』とわたしが言ったのは

  この方のことである。」

16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの

   中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。

17 律法はモーセを通して与えられたが、

   恵みと真理はイエス・キリストを

   通して現れたからである。

18 いまだかつて、神を見た者はいない。

   父のふところにいる独り子である神、

   この方が神を示されたのである。》

  

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