« 主の公現 | トップページ | 年間第四主日 »

2007年1月21日 (日)

年間第3主日

1月21日に読まれる聖書

聖書と典礼の解説はこちら

ネヘミヤ記 (旧約 ネヘミヤ 8・2-4a,5-6,8-10)

2 〔その日〕祭司エズラは律法を会衆の

  前に持って来た。

  そこには、男も女も聞いて理解することの出来る

  年齢に達した者は皆いた。

  第七の月の一日のことであった。

3 彼は、水の門の前にある広場に居並ぶ

  男女、理解することの出来る年齢に達した

  者に向って、夜明けから正午までそれを

  読み上げた。

  民は皆、その律法の書に耳を傾けた。

4a書記官エズラは、このために用意された

  木の壇の上に立った。

5 エズラは人々より高い所にいたので

  皆が見守る中でその書を開いた。

  彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。

6 エズラが大いなる神、主をたたえると、民は

  皆、両手を挙げて「アーメン、アーメン」

  と、唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、

  主を礼拝した。

8 〔次いで、レビ人が〕神の律法の書を翻訳し

  意味を明らかにしながら読み上げたので、

  人々はその朗読を理解した。

9 総督ネヘミヤと祭司であり書記官である

  エズラは、律法の説明に当たったレビ

  人と共に、民全員に言った。

  「今日は、あなたたちの神、主にささげられた

  聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」

  民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。

10彼らは、さらに言った。

  「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を

  飲みなさい。

  その備えのない者には、それを分け与えて

  やりなさい。

  今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。

  悲しんではならない。

  主の喜び祝うことこそ、あなたたちの

  力の源である。」

使徒パウロのコリントの教会への手紙

(新約 コリント 12・12-30)

12 〔皆さん〕体は一つでも、多くの部分から成り、

   体のすべての部分の数は多くても、

   体は一つであるように、キリストの場合も

   同様である。

13 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、

   ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、

   奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、

   皆一つの体となるために洗礼をうけ、

   皆一つの霊をのませてもらったのです。

14 体は、一つの部分ではなく、多くの

   部分から成っています。

   《15 足が「わたしは手ではないから、体の

   一部ではない」と言ったところで、

   体の一部でなくなるでしょうか。

16 耳が「わたしは目ではないから、からだの

   一部ではない」と言ったところで、

   体の一部でなくなるでしょうか。

17 もし、体全体が目だったら、どこで

   聞きますか。もし全体が耳だったら、

   どこでにおいをかぎますか。

18 そこで、神は、御自分の望みのままに、

   体一つ一つの部分を置かれたのです。

19 すべてが一つの部分になってしまったら、

   どこに体というものがあるでしょう。

20 だから、多くの部分があっても、一つの

   体なのです。

21 目が、手に向って

   「お前は要らない」とは言えず、また、

   頭が足に向って

   「お前たちは要らない」とも言えません。

22 それどころか、体の中でほかよりも

   弱く見える部分が、かえって

   必要なのです。

23 わたしたちは、体の中でほかよりも

   格好が悪いと思われる部分を

   覆って、もっと格好よくしようとし、

   見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。

24 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。

   神は、見劣りする部分をいっそう引き立たせて、

   体を組み立てられました。

25 それで、体が分裂が起こらず、

   各部分が互いに配慮しあっています。

26 一つの部分が苦しめば、すべての部分が

   共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、

   すべての部分が共に苦しみ、

   一つの部分が尊ばれれば、すべての

   部分が共に喜ぶのです。》

27 あなたがたは、キリストの体であり、

   また、一人一人はその部分です。

   《28 神は教会の中にいろいろな

   人をお立てになりました。

   第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、

   次に奇跡を行う者、その次に病気を

   いやす賜物を持つ者、援助する者、

   管理する者、異言を語るものなどです。

29 皆が使徒であろうか、皆が預言者であろうか、

   皆が教師であろうか、皆が奇跡を行うものであろうか。

30 皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。

   皆が異言を語るだろうか。

   皆がそれを解釈するだろうか。》

ルカによる福音 (新約 ルカ 1・1-4、4・14-21)

1・1-2 わたしたちの間で実現した事柄について

      最初から目撃して御言葉のために

      働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、

      物語を書き連ねようと多くの人々が

      すでに手をつけています。

3 そこで敬愛するテオフィロ様、わたしも

  すべてのことを初めから詳しく調べていますので、

  順序正しく書いてあなたに献呈するのが

  よいと思いました。

4 お受けになった教えが、確実なものであることを、

  よく分かっていただきたいのであります。

4・14〔さて、〕イエスは、”霊”の力に満ちて

   ガリラヤに帰られた。

   その評判が周りの地方一帯に広まった。

15 イエスは、諸会堂で教え、皆から

   尊敬を受けられた。

16 イエスはお育ちになったナザレに来て、

   いつものとおり安息日に会堂に入り、

   聖書を朗読しようとして、お立ちに

   なった。

17 預言者イザヤの巻物が渡され、

   お開きになると、次のように書いてある箇所が

   目に留まった。

18 「主の霊がわたしの上におられる。

   貧しい人に福音を告げ知らせるために、

   主が私に油を注がれたからである。

   主が私を遣わされたのは、

   捕らわれている人に解放を、

   目の見えない人に視力の回復を告げ、

   圧迫されている人を自由にし、

19 主の恵みの年を告げるためである。」

20 イエスは巻物を巻き、係りの者に

   返して席に座られた。

   会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれて

   いた。

21 そこで、イエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがた

   が耳にしたとき、実現した。」

   と、話始められた。

« 主の公現 | トップページ | 年間第四主日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。