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2007年4月12日 (木)

復活節第2主日

4月15日に読まれる聖書

聖書と典礼の解説はこちら

使徒たちの宣教 (旧約 使徒言行録 5・12-16)

12 使徒たちの手によって、多くのしるしと

   不思議な業とが民衆の間で行われた。

   一同は心を一つにしてソロモンの回廊に

   集まっていたが、

13 ほかの者は誰一人、あえて仲間に

   加わろうとはしなかった。

   しかし、民衆は彼らを称賛していた。

14 そして、多くの男女が主を信じ、

   その数はますます増えていった。

15 人々は病人を大通りに運び出し、

   担架や床に寝かせた。

   ペトロが通りかかるとき、せめて

   その影だけでも病人のだれかに

   かかるようにした。

16 また、エルサレム付近の町からも、群衆が

   病人の汚れた霊に悩まされている人々を

   連れて集まって来たが、一人も残らず

   いやしてもらった。

ヨハネの黙示 

(新約 黙示録1・9-11、12-13、17-19)

9 わたし〔ヨハネ〕は、あなたがたの兄弟であり、

  共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、

  忍耐にあずかっている〔者〕である。

  わたしは、神の言葉とイエスの証のゆえに

  パトモスと呼ばれる島にいた。

10 ある主の日のこと、わたしは”霊”にみたされて

   いたが、後ろの方でラッパのように

   響く大声を聞いた。

11 その声は、こう言った。

   「あなたの見ていることを巻物に

   書いて、〔アジア州にある〕七つの

   教会に送れ。」

12 わたしは、語りかける声の主を

   見ようと振り向いた。

   振り向くと、七つの金の燭台が見え、

13 燭台の中央には、人の子のような方がおり、

   足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めて

   おられた。

17 わたしは、その方を見ると、その足もとに

   倒れて、死んだようになった。

   すると、その方は、右手をわたしの

   上において言われた。

   「恐れるな。わたしは最初の者にして、

   最後の者、

18 また、生きている者である。

   一度は死んだが、見よ、世々限りなく

   生きて、死と陰府の鍵を持っている。

19 さあ、見たことを、今あることを、

   今後起ころうとしていることを

   書き留めよ。」

ヨハネによる福音 (新約 ヨハネ20・19-31)

19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、

   弟子たちはユダヤ人を恐れて、

   自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。

   そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、

   「あなたがたに平和があるように」

   と言われた。

20 そう言って、手とわき腹をお見せになった。

   弟子たちは、主を見て喜んだ。

21 イエスは重ねて言われた。

   「あなたがたに平和があるように。

   父がお遣わしになったように、

   わたしもあなたがたを遣わす。」

22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて

   言われた。

   「聖霊を受けなさい。

23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、

   その罪は赦される。

   だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、

   赦されないまま残る。」

24 十二人の一人で、ディディモと呼ばれる

   トマスは、イエスが来られたとき、

   彼らと一緒にいなかった。

25 そこで、ほかの弟子達が、

   「わたしたちは主を見た」

   と言うと、トマスは言った。

   「あのかたの手に釘の跡を見、

   この指を釘跡に入れてみなければ、

   また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、

   わたしは、決して信じない。」

26 さて、八日の後、弟子たちはまた、家の中におり、

   トマスも一緒にいた。

   戸にはみな鍵がかけてあったのに、

   イエスが来て真ん中に立ち、

   「あなたがたに平和があるように」

   と言われた。

27 それから、トマスに言われた。

   「あなたの指をここに当てて、

   わたしの手を見なさい。

   また、あなたの手を伸ばし、

   わたしのわき腹に入れなさい。

   信じないものではなく、

   信じるものになりなさい。」

28 トマスは答えて、

   「わたしの主、わたしの神よ」

   と言った。

29 イエスはトマスに言われた。

   「わたしを見たから信じたのか、

   見ないのに信じる人は幸いである。」

30 このほかにも、イエスは弟子達の前で

   多くのしるしをなさったが、

   それはこの書物に書かれていない。

   これらのことがかかれたのは、

   あなたがたが、イエスは神の子メシア

   であると信じるためであり、また、

   信じてイエスの名により、命を受けるためである。

  

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