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2007年11月19日 (月)

いつも思てるコト…。

 内容的にはよそでも書かしてもろたコトやねんけど、いつも思てるコトなんでボヤかしてもらいます…。

 教会に若い人たち、子どもたちが少ない!!ということがしばしば話題にされるようになって久しいけど、“特効薬”はないみたい…せやけど、それはむしろ「自分たちが慣れ親しんだ教会を若者にそのまま引き継いでもらって維持継続してほしい」という教会共同体の姿勢に問題があるんとちゃうかナァ?

 もし、今、たくさんの若者が教会に集ってたら、果たして教会は今ほど若い人々や子どもたちについて話し合ったり、考えたりしてたやろか?実際に若い人たちと話してみると、“教会では比較的若い”と見られることの多いワタシの世代が同じ歳くらいやった頃よりもシビアな日常に彼らが立ち向かって生きてることに驚かされる。
「教会は若い人たちのことを思っている、考えている」て言うんやったら、“若者が教会に集う様=古い世代が見たい光景”の実現よりも、今、若い人々や子どもたちが学校や職場、日常でどんな悩みや苦しみ、厳しい現実に直面しているのか…もっと生活に根ざした社会的な視点で、そしてひとりひとりを大切にする姿勢こそ必要なんやと思う。

 “青年、子どもたち”といった個々の顔が見えないひとくくりの“一構成集団”ではなく、同じ人間としてひとりひとりに向き合っていく…それがイエスが示してくださった“福音=共に生きる人の在り方”やと思うんやけどナァ…。

 イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺りを見回しておられた。(マルコ5.30-32)

 やっぱりイエスはここまでしてひとりひとりと向き合おうとしてはるんやし…ネ。

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