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2007年12月24日 (月)

主の降誕(日中のミサ)

12月25日に読まれる聖書

聖書と典礼はこちら

イザヤの預言 (旧約 イザヤ52・7-10)

7 いかに美しいことか

  山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。

  彼は、平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え

  救いを告げ

  あなたの神は王となられた、と

  シオンに向って呼ばわる。

8 その声に、あなたの見張りは声をあげ

  皆共に、喜び歌う。

  彼らは、目の当たりに見る

  主がシオンに帰られるのを。

9 歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃墟よ。

  主はその他身を慰め、エルサレムを贖われた。

10 主は聖なる御腕の力を

   国々の民の目にあらわにされた。

   地の果てまですべての人が

   わたしたちの神の救いを仰ぐ。

ヘブライ人への手紙 (新約 ヘブライ1・1-6)

1 神は、かつて預言者たちによって、

  多くのかたちで、また、多くの仕方で

  先祖に語られたが、

2 この終りの時代には、御子によって

  わたしたちに語られました。

  神は、この御子を万物の相続者として

  定め、また、御子によって世界を創造されました。

3 御子は、神の栄光の繁栄であり、神の本質の

  完全な現れであって、万物をご自分の力ある

  言葉によって支えておられますが、人々の

  罪を清められた後、天の高い所におられる

  大いなる方の右の座にお付になりました。

4 御子は、天使たちより優れた者となられました。

  天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

5 いったい神は、かつて天使のだれに、

  「あなたはわたしの子、わたしは今日あなたを

  産んだ」と言われ、更にまた、

  「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。」

  と言われたでしょうか。

6 〔むしろ〕神は、その長子をこの世界に送るとき、

  「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」

  と言われました。

ヨハネによる福音 (新約 ヨハネ1・1-18)

1 初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。

  言は神であった。

2 この言は、初めに神と共にあった。

3 万物は言によって成った。

  成ったもので、言によらず成ったものは何一つ

  なかった。

4 言の内に命があった。命は人間を照らす

  光であった。

5 光は暗闇の中で輝いている。

  暗闇は光を理解しなかった。

  《6神から遣わされた一人の人がいた。

   その名はヨハネである。

   7彼は、証しをするために来た。

   光について証しをするため、

   また、すべての人が、彼によって

   信じるようになるためである。

   8彼は光ではなく、光について証し

   するために来た。》

9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を

  照らすのである。

10 言は世にあった。世は言によって成ったが、

   世は言を認めなかった。

11 言は、自分の民のところへ来たが、民は

   受け入れなかった。

12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を

   信じる人々には神の子となる資格を与えた。

13 この人々は、血によってではなく、肉の欲に

   よってではなく、人の欲によってでもなく、

   神によって生まれたのである。

14 言は、肉となって、わたしたちの間に宿られた。

   わたしたちはその栄光を見た。

   それは父の独り子としての栄光であって、

   恵みと心理に満ちていた。

   《15ヨハネは、この方について証しし、

   声を張上げていった。

   『わたしの後から来られる方は、

   わたしよりも優れている。わたしよりも

   さきにおられたからである』

   とわたしが言ったのは、この方のことである。」

   16 わたしたちは、皆、この方の満ち溢れる

   豊かさの中から恵みの上に、更に恵みを

   受けた。

   17 律法は、モーセを通して与えられたが、

   恵みと心理はイエス・キリストを通して

   現れたからである。

   18いまだかつて、神を見たものはいない。

   父の懐にいる独り子である神、この方が

   神を示されたのである。》

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