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2015年5月 2日 (土)

5月 3日の「聖書と典礼」から

復活節第5主日

わたしはブドウの木、あなたがたはそのえだである

(ヨハネによる福音155節より)

 

 

使徒たちの宣教

( 使徒言行録 9章2631節 )

〔その日、〕サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だと信じないで恐れた。

しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。

それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。また、ギリシャ語を話すユダヤ人と語り、議論もしたが、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。

それを知った兄弟たちは、サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた。

 こうして、教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。

 

 

使徒ヨハネの手紙

( Ⅰ使徒ヨハネの手紙 3章18~24節 )

 子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。これによって、わたしたちは自分が真理に属していることを知り、神のみ前で安心できます。心に責められることがあろうとも、神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。

 愛する者たち、わたしたちは心に責められることがなければ、神のみ前で確信を持つことができ、神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神のおきてを守り、御心に適うことを行っているからです。その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。

 神の掟を守る人は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神がわたしたちの内にとどまってくださることは、神が与えてくださったによってわかります。

 

 

ヨハネによる福音

( ヨハネによる福音15章1~8節 )

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。

わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。

人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。」

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