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2015年7月10日 (金)

7月12日の「聖書と典礼」

7月 12日『年間第15主日』

 

1朗読          アモス書

71215節 )

アモスは紀元前8世紀の預言者で、おそらくユダ(南王国)の出身であったが、北イスラエル王国で活動した。当時の社会の中にアモスは不正義を見、その罪を糾弾し、イスラエルの滅亡を予告したため、ベテルの祭司アマツヤなど支配階級から敵視されるようになった。

 

アモスの預言

〔その日、ベテルの祭司〕アマツヤはアモスに言った。
 「先見者よ、行け。ユダの国へ逃れ、そこで糧を得よ。そこで預言するがよい。だが、ベテルでは二度と預言するな。ここは王の聖所、王国の神殿だから。」アモスは答えてアマツヤに言った。「わたしは預言者ではない。預言者の弟子でもない。わたしは家畜を飼い、いちじく桑を栽培する者だ。
 〔ところが、〕主は家畜の群れを追っているところから、わたしを取り、『行って、わが民イスラエルに預言せよ』と言われた。」

(註)ベテル……分裂王国時代、ヤロブアム世によって北王国の聖所とされた町。

(註)預言者……職業的な預言者団があったと考えらている。

 

 

2朗読       エフェソの信徒への手紙

1314節 )

エフェソ書の冒頭の賛美が読まれる。

原文では314節が一つの文になっている。

 

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。

神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。

わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えて、秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。
 
キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。

(註)天地創造の前に・・・……時間的な順序というよりも、神が人を救おうとされた遠大な計画の素晴らしさと確かさを強調するために、パウロはこのように語る。

(註)秘められた計画……すべてのものがキリストのうちに一つにまとめられること。特にユダヤ人と異邦人の区別が取り払われたこと。

(註)頭であるキリスト……キリストはご自分の体である教会の頭であるが、ここではさらに宇宙的な広がりを感じさせる。

(註)わたしたち……1113節の「わたしたち」はパウロ自信を含むユダヤ人、「あなたがた」は異邦人のことを指す。

(註)聖霊で証印を押された……洗礼・堅信という入神の儀式を指すとも考えられる。

(註)保証……今わたしたちに与えられている聖霊が、将来の完全な救いにあずかる「手付」のように考えられている。(コリントの信徒への手紙Ⅱ122節、55節参照。)

 

 

福音朗読     マルコによる福音

( 6 713節 )

マルコによる福音313節以下でイエスによってえらばれた

12人の弟子が、ここで派遣される。

 

〔そのとき、イエスは〕十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。また、こうも言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい。しかし、あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようともしない所があったら、そこを出ていくとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい。」十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。

(註)十二人……イスラエルの十二部族からとられた数で、新しい神の民を暗示している。

(註)袋……喜捨を入れるための袋。

(註)下着は2枚着てはならない……重ね着してはならない、すなわち、野宿の用意をせず、宿を貸してくれる人の好意と神の配慮に自分をゆだねよ、という指示であるとも考えられる。

(註)足の裏の埃を・・・……その土地を異邦人の土地とみなすという絶縁のしぐさ(使徒言行録1351節参照)。

(註)油を塗って・・・……これは、初代教会でも実践されていた(ヤコブの手紙514節参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2015・7・12より)

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