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2015年9月18日 (金)

9月20日の「聖書と典礼」

9月20日『年間第25主日』

「彼を不名誉な死に追いやろう」

( 第1朗読主題句 知恵の書 220節より )

 

 

1朗読          知恵の書

212節、1720節 )

神に逆らう者の人生観が述べられる中の一節。

この神に逆らうものは、死によってすべてが終わるのだから、

生きているうちに快楽にふけろうという考えを持っている。

キリスト信者にとっては、この個所全体がキリストの

受難を思い起こさせるであろう。

 

知恵の書

〔神に逆らう者は言う。〕
「神に従う人は邪魔だから、だまして陥れよう。
我々のすることに反対し、
律法に背くといって我々をとがめ
教訓に反するといって非難するのだから。
彼の言葉が真実かどうか見てやろう。
生涯の終わりに何が起こるかを確かめよう。
本当に彼が神の子なら、助けてもらえるはずだ。
敵の手から救い出されるはずだ。
暴力と責め苦を加えて彼を試してみよう。
その寛容ぶりを知るために、
悪への忍耐ぶりを試みるために。
彼を不名誉な死に追いやろう。
彼の言葉どおりなら、神の助けがあるはずだ。」

 

 (註)彼が神の子なら、助けてもらえる……詩編229節、マタイ273944節参照。イエスは荒れ野で、また十字架上でこのような誘惑を受けた。

 (註)不名誉な死……元来は「不格好なし」という意味。フランシスコ会訳では「恥かしい死」となっている。

 

 

 

2朗読          ヤコブの手紙

316節~43節 )

「妬み深く利己的」(314節)な地上の知恵と対比して、

ヤコブは、信仰によって神から賜物として与えられた知恵について述べる。

 

 

使徒ヤコブの手紙

 〔愛する皆さん、〕ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがあ〔リます。〕上から出た知恵は、何よりもまず、純真で、更に、温和で、優しく、従順なものです。憐れみと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的でもありません。義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。
 何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。

(註)義の実……イザヤ3217節によれば、正義のもたらす実は平和と信頼である。

(註)平和を実現する人……マタイ59節参照。

(註)人を殺します……兄弟に腹を立てることを殺人と同等とみなすマタイ521節~22節が前提に考えられよう。(Ⅰヨハネ315節も参照)

(註)得られないのは、願い求めないからで……マタイ77節「求めなさい。そうすれば与えられる」が背景にあるようである。

 

 

 

福音朗読         マルコによる福音

93037節 )

マルコ831節に続き、イエスは再び自分の死と復活を予告する。

受難予告のたびに、弟子たちの無理解な姿が示され、

イエスはその弟子たちに十字架の道の意味を解き明かしていく。

 

 

マルコによる福音

 〔そのとき、イエスと弟子たちは〕ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。それは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言っておられたからである。弟子たちはこの言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。
 一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

 

(註)一番先になりたいものは……マルコ104344節参照。

(註)子供……子供は無力で弱い立場に置かれた人々の典型であろう。

(註)わたしの名のために……本節の並行個所マタイ1835節、ルカ948節参照。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2015 920より)

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