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2015年10月10日 (土)

10月11日の「聖書と典礼」

10月11日『年間第28主日』

人間にできることではないが、神にはできる

(マルコによる福音書1027節より)

 

 

 

 第1朗読          知恵の書

  7 711節 )

「知恵の書」は紀元前1世紀、エジプトのアレキサンドリアでギリシャ語で話すユダヤ人によって書かれたと考えられているが、この個所はソロモン王(ダビデ王の子、紀元前10世紀)が語る形式をとっている。若くして王になったソロモンは、主から「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われたとき、長寿や富や敵の命を求めず、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。(列王記3415節参照)

 

 

知恵の書

わたしは祈った。
すると悟りが与えられ、
願うと、知恵の霊が訪れた。
わたしは知恵を王笏や王座よりも尊び、
知恵に比べれば、富も無に等しいと思った。
どんな宝石も知恵にまさるとは思わなかった。
知恵の前では金も砂粒にすぎず、
知恵と比べれば銀も泥に等しい。
わたしは健康や容姿の美しさ以上に知恵を愛し、
光よりも知恵を選んだ。
知恵の輝きは消えることがないからだ。
知恵と共にすべての善が、わたしを訪れた。
知恵の手の中には量り難い富がある。

 

 

 

2朗読            ヘブライ人への手紙

41213節 )

荒れ野で神に反抗し、心をかたくなにしたイスラエルの民のように

不従順になってはならない、と教えた後、その根拠が語られる個所。

 

 

ヘブライ人への手紙

神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができ〔ます。〕更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。

(註)精神と霊……両方とも人間を構成する要素の一つと考えられている。ここでは「関節と骨髄」同様、分けがたい者のたとえであろう。

(註)自分のことを申し述べ……総決算をすること(フランシスコ会訳参照)。

 

 

 

福音朗読             マルコによる福音

101730節、または、101727節)

エルサレムへの旅、すなわち十字架に向かう道の途上で、

イエスはご自分とともに歩むことを人々に求める。

 

 

マルコによる福音

 〔そのとき、〕イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ。」すると彼は、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。
 イエスは弟子たちを見回して言われた。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。イエスは更に言葉を続けられた。「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」弟子たちはますます驚いて、「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」
ペトロがイエスに、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言いだした。イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。」

(註)善い……教えを乞おうとする真摯な態度から出た言葉だが、次節でイエスがこの言葉を退けているのは、神ご自身とその掟に心を向けさせるためであろう。

(註)殺すな……出エジプト記201217節参照。十戒の後半、人間関係についての部分の引用である。

(註)慈しんで……原語は「アガパオー」(愛する)

(註)天に富を積む……マタイによる福音620節、ルカによる福音1233節参照。

(註)驚いた……イエスのことばは、財産を神の祝福のしるしと考える当時の常識を覆すものであった。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20151011号より)

 

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