11月15日の「聖書と典礼」
11月15日『年間第33主日』
その時、大天使ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。
(ダニエル書12章 1節より)
第1朗読 ダニエル書
( 12章 1~ 3節 )
ダニエルが見た最後の幻(10章以下)はヘレニズム時代のシリアやエジプトの支配
者のものだった。王たちは強大な力でイスラエルを支配し迫害するが、
その支配にも終の時が来ることが示される。
ダニエルの預言
その時、大天使長ミカエルが立つ。
彼はお前の民の子らを守護する。
その時まで、苦難が続く
国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。
しかし、その時には救われるであろう
お前の民、あの書に記された人々は。
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。
ある者は永遠の生命に入り
ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。
目覚めた人々は大空の光のように輝き
多くの者の救いとなった人々は
とこしえに星と輝く。
(註)ミカエル……この名は「誰が神のようであろうか」という意味。大天使の長で、イスラエルの守護天使。
(註)あの書に記された……「生命の書」に名前が書き記されているということ(イザヤ書4章3節、詩編69章29節参照)。神の救いの計画の確かさを表している。
(註)目覚める……ダニエル書の最終的な希望は、死者の復活と神による裁きである。
第2朗読 ヘブライ人への手紙
( 10章11節~14節、18節 )
キリストの十字架上での奉献によって、旧約の不完全な捧げものは廃止された。
ヘブライ人への手紙
すべての祭司は、毎日礼拝を献げるために立ち、決して罪を除くことのできない同じいけにえを、繰り返して献げます。しかしキリストは、罪のために唯一のいけにえを献げて、永遠に神の右の座に着き、その後は、敵どもが御自分の足台となってしまうまで、待ち続けておられるのです。なぜなら、キリストは唯一の献げ物によって、聖なる者とされた人たちを永遠に完全な者となさったからです。
罪と不法の赦しがある以上、罪を贖うための供え物は、もはや必要ではありません。
(註)敵どもが……詩編110章1節からとられた表現。神の完全な勝利の時を意味する。
(註)完全な者……捧げものの本来の目的は、神に立ち返り、罪から清められることであった。イエスの十字架がそれを実現した。
福音朗読 マルコによる福音
( 13章24~32節 )
エルサレムの東にあるオリーブ山から神殿を見ながら、
イエスが弟子たちに語った最後の説教の中心部分。
マルコによる福音
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
「それらの日には、このような苦難の後、
太陽は暗くなり、
月は光を放たず、
星は空から落ち、
天体は揺り動かされる。
そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める。
いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。
その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。」
(註)このような苦難……朗読個所の前の13章5~23節では、戦争や迫害、天変地異や偽メシアの出現など、終わりの日に起こる苦難のことが語られている。
(註)太陽は暗く成り……イザヤ書13章10節などにも見られる神の裁きの到来を表す表現。
(註)人の子が……ダニエル書7章13節参照。その他、24~27節では旧約聖書からとられたイメージがふんだんに用いられている。
(註)夏……いちじくの収穫の時。
(註)滅びない……文字通りには「過ぎ去らない」。
(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2015・11・15号より)
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