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2015年12月 4日 (金)

12月 6日の「聖書と典礼」

12月 6日『待降節第2主日』

「人は皆、神の救いを仰ぎ見る。」

( 福音朗読主題句 ルカによる福音 3 6節 )

 

 

 

1朗読           バルク書

519節 )

 2正典に数えられる本書は、エレミヤの書記であったバルクが捕囚の地バビロンからエルサレムに書き送った形をとる。この個所はエルサレムを励ます結びの部分。神の救いとその栄光の現れを待ち望んでいた旧約時代の人々の姿を思い起こすのは、待降節の第1朗読の特徴である。

 

 

バルクの預言 

エルサレムよ、悲しみと不幸の衣を脱ぎ、
神から与えられる栄光で永遠に飾れ。
神から与えられる義の衣を身にまとい、
頭に永遠なる者の栄光の冠をつけよ。
神は天の下のすべての地に
お前の輝きを示される。
お前は神から「義の平和敬神の栄光」と呼ばれ、
その名は永遠に残る。
エルサレムよ、立ち上がれ、
高い山に立って東の方に目を向けよ。
お前の子らは、
神が覚えていてくださったことを喜び、
西からも東からも
聖なる者の言葉によって集められる。
お前の子らは敵に追い立てられ、
徒歩でお前のもとを去ったが、
神は彼らを、玉座につく王のように高く上げ、
栄光のうちにお前のもとに連れ戻される。
すべての高い山、果てしなく続く丘は低くなれ、
谷は埋まって平地になれ、と神は命じられた。
それはイスラエルが神の栄光に包まれ、
安全に歩むため。
森も、香り高いすべての木々も、
神の命令でイスラエルのために木陰をつくる。
神は自らの慈しみと義をもって栄光の輝きを表し、
喜びのうちにイスラエルを導かれる。

 

 (註)エルサレムよ……エルサレムの町が、その住民の母として、擬人化して描かれている。「悲しみと不幸の衣」は、わが子を失い、喪に服している姿であろう。

 (註)義の衣……神の恵みによって守られ、生きることを譬えて言う。イザヤ書321節、6110節などを参照。

 (註)義の平和……平和は正義とともにあるという考え方は聖書の特徴である。(イザヤ書3217節、詩編8511節などを参照。)

 (註)敬神……神をおそれ敬うこと(新約聖書では、1テモテへの手紙210節で使われることば)。

 (註)東の方……バビロン捕囚から解放された民がエルサレムに戻ってくるのはこの方角からである。

 (註)すべての高い山……イザヤ書404節参照。イザヤ同様、ここでもバビロンからの解放が語られているが、それだけでなく、神に導かれた民の歩み全体を表しているようである。

 

 

 

2朗読           フィリピの信徒への手紙

146節、811節 )

パウロは獄中にありながら、自分が信仰を伝えたフィリピの教会への配慮を忘れず、

この書簡を書き送った。

 

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

 〔皆さん、わたしは、〕あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。

 

 (註)最初の日……福音を受け入れ、キリスト者になった時。

 (註)キリスト・イエスの日……キリストの再臨の日のこと。後に出てくる「キリストの日」も同じ。

 

 

 

2朗読              ルカによる福音

316節 )

イエスの宣教活動に先立つ洗礼者ヨハネの活動を述べる個所。

 

 

ルカによる福音

皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。
  「荒れ野で叫ぶ者の声がする。
  『主の道を整え、
  その道筋をまっすぐにせよ。
  谷はすべて埋められ、
  山と丘はみな低くされる。
  曲がった道はまっすぐに、
  でこぼこの道は平らになり、
  人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」

 

 (註)ティベリウス……第2代ローマ皇帝(在位1437年)。

 (註)ポンティオ・ピラト……ヘロデ大王死後(紀元前4年)、王国はアルケラオ、ヘロデ・アンティパス、フィリポによって分割された。ユダヤを支配したアルケラオは紀元6年に追放され、ユダヤはそれ以後、ローマ帝国の属州となり、ローマ総督が置かれた。ピラトは2636年の間、この職にあった。

 (註)荒れ野で―……イザヤ書4035節の引用。イザヤ書では、捕囚の民が神とともにエルサレムに帰還することがこのような形で告げられている。ルカの引用では「主」はイエスを意味する。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201512 6より)

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