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2015年12月31日 (木)

1月 1日の「聖書と典礼」

1月 1日『神の母聖マリア』

神はその御子を女から生まれたものとしてお遣わしになった。

(第2朗読主題句 ガラテヤの信徒への手紙)

 

第一朗読                 民数記

(6章2227節)

年の初めの聖書朗読は、古くからイスラエルに伝わる祝福のことば。

祭司が礼拝に集まった民を祝福することばであるが、この祝福の源は神義自身である。

民数記

  主はモーセに仰せになった。
 アロンとその子らに言いなさい。
 あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
 主が御顔を向けてあなたを照らし
 あなたに恵みを与えられるように。
 主が御顔をあなたに向けて
 あなたに平安を賜るように。
 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福

するであろう。

(註)アロン……モーセの兄弟として知られ、イスラエルの正統の祭司の家系はこのアロンに始まると考えられた。

(註)御顔を向けて……好意を示すことを表す。

(註)わたしの名を――置く……「主が」ということばが3度唱えられることによって、主の名が民の上に置かれて民は完全な神のものとなる。

 

 

第二朗読            ガラテヤの信徒への手紙

(4章47節)

神は御子イエスをまことの人間として特定の時代、民族、文化の中に生まれさせた。

そのことの中にパウロは神の救いを見る。

使徒パウロのガラテヤの教会への手紙

 〔皆さん、〕時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。

(註)時が満ちる……神の計画の中での決定的な救いの時が来たことを意味する。

(註)アッバ……アラム語で子供が父親にむかって呼びかけるときのことば。イエスは神をアッバと呼び(マルコによる福音1436節)、弟子たちにもそのように祈ることを教えた(主の祈り)。

 

 

福音朗読              ルカによる福音

(2章1621節)

救い主の誕生は、天使によってベツレヘム近郊で

野宿していた羊飼いたちに告げられた。

主の降誕から8日目にあたるきょうの福音は、

イエスの誕生に続いて起こった出来事を伝える個所が読まれる。

 

ルカによる福音

 〔そのとき、羊飼いたちは〕急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、〔彼らは、〕この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。

(註)天使が話してくれたこと……ルカによる福音210-12節参照。

(註)割礼……男子の包皮を切除すること(レビ記123節参照)。アブラハムと神の契約のしるしであり(創世記179-14節)、これにより神の民の一員になると考えられた。

(註)天使からしめされた名……ルカによる福音131節、マタイによる福音121節参照。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20161 1より)

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