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2016年1月 7日 (木)

1月10日の「聖書と典礼」

1月10日『主の洗礼』

イエスが洗礼を受けて祈っておられると、天が開けた。

(福音朗読主題句 ルカによる福音321節より)

 

 

第一朗読          イザヤ書

(40章15節、911節)

* イザヤ書の第2の部分(40-55)はバビロン捕囚時代の預言で「第2イザヤ」と呼ばれる。この個所はその冒頭部分。

* 捕囚の民の解放と帰還が告げられる。

                             

イザヤの預言

  慰めよ、わたしの民を慰めよと
あなたたちの神は言われる。

2  エルサレムの心に語りかけ
彼女に呼びかけよ
苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを
主の御手から受けた、と。

 

3  呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

4  谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。

5  主の栄光がこうして現れるのを
肉なる者は共に見る。
主の口が〔そう〕宣言される。

*  

9  高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな
ユダの町々に告げよ。

*   

見よ、あなたたちの神

10 見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ
御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
主の働きの実りは御前を進む。

11 主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め

小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

(註)1神は言われる……ここでは天井で行われる神と天使たちの会議の場面が思い浮かべられているようである。神は天使たちに向かって語っている。3節の「声」(呼びかける声)も天井の声である。

(註)2彼女の咎……「彼女」はエルサレムとその住民を指す。バビロン捕囚は民の罪に対する神の裁きと考えられた。

(註)3荒れ野……神とともにイスラエルの民が帰国するバビロンからパレスチナへの道は、ほとんど砂漠のような地である。

(註)9シオン……エルサレム南東部の丘の名。エルサレム全体を象徴的に表すことばとして使われている。

(註)10主の勝ち得られたもの……バビロンから解放された民を指す。「主の働きの実り」も同じ。

 

 

* 第二朗読         テトスへの手紙 

* (2章1114節、3章47節)

* 主の降誕のミサにも読まれる個所。パウロは、ここで教会の

* 指導者テトスに、人々に教えるべきことの核心を告げている。

 

使徒パウロのテトスへの手紙

  211〔愛する者よ、〕すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。12その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、13また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。14キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。
 34わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、5神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。6神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。7こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。

(註)14贖い出し……エジプトの奴隷からの解放のように、人を罪から解放する神の業を表すことば。

(註)5新しく生まれさせ――造りかえる……直訳では「再び生まれ、再び新たにする」こと。

(註)洗い・・・・・・洗礼のこと。

 

 

福音朗読        ルカによる福音

(3章1516節、2122節)

ルカ福音書は、洗礼者ヨハネの活動と説教に続いて、イエスの洗礼を伝える。しかし、洗礼という出来事よりも、聖霊が降り、天からの声が聞こえたことの方に焦点は充てられている。

 

ルカによる福音

15〔そのとき、〕民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。16そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」
 
21民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、22聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

(註)16履物のひもを解く……これはしもべの仕事であった。

(註)聖霊と火で――洗礼を……「洗礼」のもとの意味は「沈める」「浸す」。イエスは人を聖霊(火はそのシンボル)という神の命の中に浸す。

(註)22私の愛する子……詩編27節、イザヤ書421節参照。神の子、神のしもべとしての使命がここから始まる。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 110より)

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