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2016年1月15日 (金)

1月17日の「聖書と典礼」

1月17日『年間第2主日』

イエスは最初のしるしをガリラヤのカナで行われた。

(福音朗読主題句 ヨハネによる福音211節より)

 

 

第一朗読           イザヤ書

(62章15節)

                              イザヤ書5666章はバビロンから帰国した民に向かって預言されたもの。ここではエルサレムの繁栄の回復が告げられる。

 

イザヤの預言

1シオンのために、わたしは決して口を閉ざさず
エルサレムのために、わたしは決して黙さない。
彼女の正しさが光と輝き出で
彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。

2諸国の民はあなたの正しさを見
王はすべて、あなたの栄光を仰ぐ。
主の口が定めた新しい名をもって
あなたは呼ばれるであろう。

3あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり
あなたの神の御手の中で王冠となる。

4あなたは再び「捨てられた女」と呼ばれることなく
あなたの土地は再び「荒廃」と呼ばれることはない。
あなたは「望まれるもの」と呼ばれ
あなたの土地は「夫を持つもの」と呼ばれる。
主があなたを望まれ
あなたの土地は夫を得るからである。

5若者がおとめをめとるように
あなたを再建される方があなたをめとり
花婿が花嫁を喜びとするように
あなたの神はあなたを喜びとされる。
 

(註)シオン・・・・・・エルサレムと同じ意味で使われている。次の「彼女」も、2節以降の「あなた」もエルサレムの町を指す。

(註)わたし・・・・・・主自身ともとれるが、6267節との関連から預言者自身を指すと考えられる(611節参照)

(註)新しい名をもって・・・・・・改名されるという意味ではなく、まったく新たな実体に生まれ変わることを表している。

(註)捨てられた女・・・・・・神と民との関係は、しばしば夫と妻にたとえられる。

 

 

第二朗読      一コリントの信徒への手紙

(12章411節)

きょうから年間第5主日まで第2朗読は 一コリントの信徒への手紙12章以下が読まれていく。コリントの教会が直面していた分裂や不和などの問題に答えて、パウロはこの手紙を書いた。

 

使徒パウロのコリントの教会への手紙

4 〔皆さん、〕賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。 5務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。 6働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。 7 一人一人にの働きが現れるのは、全体の益となるためです。

8 ある人にはによって知恵の言葉、ある人には同じによって知識の言葉が与えられ、 9 ある人にはその同じによって信仰、ある人にはこの唯一のによって病気をいやす力、 10ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。 11これらすべてのことは、同じ唯一のの働きであって、は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです 

(註)4賜物・・・・・・原語は「カリスマ」で、聖霊の力によるさまざまな働きのこと。

(註)7 “霊” ・・・・・・以下たびたび現れる“霊”という表記は、それが「聖霊」を意味することを明示している。

(註)10預言・・・・・・理解できる言葉で神のことばを告げること。

(註)異言・・・・・・普通では理解できないような言葉で語られる祈りや賛美。内容は無意味ではなく、本筋にあるとおり、解釈され得るものである。

 

 

福音朗読         ヨハネによる福音

(2章111節)

 イエスの活動が始まったばかりのころ、フィリポとナタナエルが弟子となって「三日目」の出来事である。

 

ヨハネによる福音

1 〔そのとき、〕ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。 2イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。 3ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。 4イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」  5 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。 6 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。 7 イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。 8イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。 9 世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、 10 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」 11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

(註)1婚礼・・・・・・第1朗読にあるように、神と人との交わりは婚姻の比喩で語られることが多い。また、宴は週末の救いの宴を連想させる。

(註)3ぶどう酒・・・・・・週末に神が与える救いのシンボル(イザヤ書256節など)。

(註)4婦人よ、わたしとどんなかかわりが・・・・・・拒絶のように聞こえることばであるが、必ずしもそうではない。イエスが「わたしの時」と呼ぶのは十字架の時であり。それこそが救いの時なのである。この節全体は、母を十字架に招くことばであると考えることもできよう。(ヨハネによる福音192527節参照)。ちなみにヨハネ福音書では「マリア」という母の名は言及されない。

(註)6メトレテス・・・・・・約39リットル。

(註)9花婿・・・・・・ここで突然登場する花婿はキリストを暗示しているようである。

(註)11しるし・・・・・・単なる奇跡ではなく、イエスの生涯と活動の意味を表す出来事が「しるし」と呼ばれる。

 

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 117より)

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