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2016年2月25日 (木)

2月28日の「聖書と典礼」

2月28日『四旬節第3主日』

「わたしはある」という方がわたしをあなたたちに遣わされた。

(第1朗読主題句 出エジプト記314節より)

 

第一朗読         出エジプト記

(3章18節a、1315節)

                              四旬節第3主日の第1朗読は毎年、出エジプト記からとられている。今年の箇所はモーセが神に召し出しされる場面。

出エジプト記

 1〔そのころ、〕モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。2そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。3モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」
 
4主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、5神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」6神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。
 
7主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。8それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地へ彼らを導き上る。」
 
13モーセは神に尋ねた。
 「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」
 
14神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」15神は、更に続けてモーセに命じられた。
 「イスラエルの人々にこう言うがよい。あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主がわたしをあなたたちのもとに遣わされた。
 これこそ、とこしえにわたしの名
 これこそ、世々にわたしの呼び名。」

(註)1ミディアンの祭司であるエトロ・・・・・・ミディアン人はらくだ遊牧民として知られる。居住地域は定かでない。エジプトを逃れたモーセはエトロのもとに身を寄せ、その娘を妻としていた。

(註)ホレブ・・・・・・別名「シナイ山」。

(註)13名・・・・・・古代人にとって、名は単なる呼び名ではなく、そのものの本性を表すものである。

(註)14わたしはある・・・・・・さまざまな解釈があるが、文脈から考えると、他の神々のような虚しい偶像ではなく、生ける唯一の神、イスラエルを救う力のある方であることの宣言といえよう。

 

第二朗読      一コリントの信徒への手紙

(10章16節、1012節)

 異教の祭儀が盛んであったコリントの町のキリスト者に向けて、そのような祭儀に加わり、偶像礼拝に陥ることのないようにパウロは命じ、この前例を語る。

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 1兄弟たち、次のことはぜひ知っておいてほしい。わたしたちの先祖は皆、雲の下におり、皆、海を通り抜け、2皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなる洗礼を授けられ、3皆、同じ霊的な食物を食べ、4皆が同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らが飲んだのは、自分たちに離れずについて来た霊的な岩からでしたが、この岩こそキリストだったのです。5しかし、彼らの大部分は神の御心に適わず、荒れ野で滅ぼされてしまいました。6これらの出来事は、わたしたちを戒める前例として起こったのです。彼らが悪をむさぼったように、わたしたちが悪をむさぼることのないために。

10彼らの中には不平を言う者がいたが、あなたがたはそのように不平を言ってはいけない。不平を言った者は、滅ぼす者に滅ぼされました。11これらのことは前例として彼らに起こったのです。それが書き伝えられているのは、時の終わりに直面しているわたしたちに警告するためなのです。12だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけ〔なさい。〕

(註)1雲・・・・・・神の臨在のしるし。

(註)34霊的な食べ物 霊的な飲み物・・・・・・荒れ野でイスラエルの民の与えられたマナと岩から涌き出た水のことであるが、パウロはその中に聖体のパンとぶどう酒が暗示されていると考えている。

(註)4霊的な岩・・・・・・水がわき出した岩は荒れ野の旅の間、ずっとイスラエルの民とともにあった、と考えられていた。

(註)6前例・・・・・・原語の「テュポス」は刻印を打ち付けた後にできた型。来たるべきものを前もって示す影としての型の意味で、「予型」とも訳される。11節も同じ。

 

福音朗読         ルカによる福音

(13章19節)

  12章の終わりから終末の裁きについての警告と回心の勧めが語られており、きょうの箇所は今こそが回心の時であることを強調している。

ルカによる福音

 1ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。2イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。3決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。4また、シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたほかのどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか。5決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」
 
6そして、イエスは次のたとえを話された。「ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。7そこで、園丁に言った。『もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。』8園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。9そうすれば、来年は実がなるかもしれません。もしそれでもだめなら、切り倒してください。』」

(註)1ピラトがガリラヤ人の血を・・・・・・過越祭にエルサレムの神殿にいけにえをささげに来たガリラヤ人がピラト(ローマ総督)の兵士によって殺された、という当時の実際の事件を指しているのであろう。

(註)3滅びる・・・・・・ここでは終末の裁きにおける滅びのことを意味している。

(註)4シロアムの塔・・・・・・エルサレムの地下水道の出口、シロアムの池の近くにあった塔。

(註)6ブドウ園にいちじくの木を・・・・・・パレスチナでは、ブドウ園にほかの実のなる木を植えるのは普通のことだった。

(註) 実・・・・・・ここでは、回心の表れとしての生活のたとえであろう(ルカによる福音38節参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 228より)

2016年2月17日 (水)

2月21日の「聖書と典礼」

2月21日『四旬節第2主日』

これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け。

(ルカによる福音935節より)

 

第一朗読            創世記

四旬節の主日のミサの第1朗読は救いの歴史を思い起こす内容になっている。第2主日にはいつもアブラハムの出来事が読まれるが、今年(C)は神とアブラム(後のアブラハム)との契約締結の場面。

(15章512節、1718節)

                             

創世記

5〔その日、主はアブラム〕を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」
 
6アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
 
7主は言われた。
 「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」
 
8アブラムは尋ねた。
 「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」
 
9主は言われた。
 「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」
 
10アブラムはそれらのものをみな持って来て、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせて置いた。ただ、鳥は切り裂かなかった。11禿鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。
 
12日が沈みかけたころ、アブラムは深い眠りに襲われた。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。
 
17日が沈み、暗闇に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。18その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。
 「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで。」

(註)5あなたの子孫・・・・・・この時、アブラムは年老いていたが、子供がなかった。

(註)6アブラムは主を信じた~・・・・・・このアブラハムの信仰を、パウロはキリスト者の信仰の模範としている(ローマの信徒への手紙4112節参照)。

(註)7カルデアのウル・・・・・・南バビロニアの都市(今のイラク南部にあたる)。

(註)10真っ二つに切り裂き・・・・・・当時の契約の儀式に従っている。契約を破った場合、このように切り裂かれるということを示すのであろう。

(註)17煙を吐く炉と燃える松明・・・・・・これらのしるしは、神ご自身がそこにおられることを表している。

 

第二朗読      フィリピの信徒への手紙

3章17節〜4章1節、 または 3章20節〜4章1節)

キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中から復活に達したい(31011節)というパウロは、同じ希望に人々を招く。

 

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

317 兄弟たち、
皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい。
18何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。19彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、
20わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。21キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。
 
41だから、わたしが愛し、慕っている兄弟たち、わたしの喜びであり、冠である愛する人たち、このように主によってしっかりと立ちなさい。

(註)19腹を神とし~・・・・・・ユダヤ教の習慣を押し付けようとする人々のことを指しているようである。「腹」は食事規定、「恥ずべきもの」は割礼、「この世のこと」は祭儀のことであろう。

(註)21御自分の栄光あるからだ・・・・・・きょうの福音でかいま見られるような復活したキリストの体。

 

福音朗読         ルカ による福音

(9章28節b36節)

この出来事は、最初の受難予告のすぐ後に起こり、受難を通して栄光の姿を弟子たちにかいま見させる。四旬節第2主日の福音では、毎年この場面が読まれる。

*  

ルカによる福音

28b 〔そのとき、〕イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。29祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。30見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。31二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。32ペトロと仲間は、ひどく眠かったが、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。33その二人がイエスから離れようとしたとき、ペトロがイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、自分でも何を言っているのか、分からなかったのである。34ペトロがこう言っていると、雲が現れて彼らを覆った。彼らが雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。35すると、「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」と言う声が雲の中から聞こえた。36その声がしたとき、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。

(註)30モーセとエリヤ・・・・・・モーセは律法を、エリヤは預言者を代表する人物。「律法と預言者」は旧約聖書全体を指す表現。

(註)31最期・・・・・・もちろん十字架の死のことで、彼らはそれが神の計画であることを話し合っていたのであろう。

(註)33仮小屋・・・・・・ペトロはこの素晴らしい光景が消えてしまわないように願って、3人の住まいを建てようとしたのであろう。

(註)34雲・・・・・・神の栄光(神ご自身)の現れのしるし(出エジプト記403438節参照)。

(註)36当時・・・・・・イエスが地上で生活していた時。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 221より)

2016年2月11日 (木)

2月14日の「聖書と典礼」

2月14日『四旬節第1主日』

イエスは・・・・40日間、悪魔から誘惑を受けられた。

(ルカによる福音4章1‐2節より)

 

第一朗読           申命記

(26章410節)

イスラエルの民が約束の地に入り、その地で取れた

最初の実りを神にささげるときに行う信仰告白。

申命記

                              〔モーセは民に言った。〕4「祭司はあなたの手から〔初物を入れた〕籠を受け取って、あなたの神、主の祭壇の前に供える。
 
5あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい。
 『わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。
6エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。7わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、8力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、9この所に導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。10わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。』
 あなたはそれから、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前にひれ伏し〔なさい〕。」

(註)5私の先祖は・・・・・・エジプトに下ったのは、太祖ヤコブ(イスラエル)。その祖父アブラハムは、アラム人の地から来た。「滅びゆく」は迷ってさすらう羊のようなありさまを指す。

(註)10地の実りの初物・・・・・・初物をささげることは、すべてが神から与えられたものであることを意味する。

 

第二朗読        ローマの信徒への手紙

(10章813節)

ユダヤ人と異邦人の救いについて語るパウロは、

すべての人の救いが信仰にかかっていることを述べる。

使徒パウロのローマの教会への手紙

8〔皆さん、聖書には〕何と言われているのだろうか。
 「御言葉はあなたの近くにあり、
 あなたの口、あなたの心にある。」
これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。
9口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。10実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。11聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。12ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。13「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。

(註)8御言葉はあなたの近くに・・・・・・申命記3014節の引用。

(註)9イエスは主である 神がイエスを死者の中から復活させられた・・

・・・・この二つのことばは初代教会の基本的な信仰告白であった。(フィリピの信徒への手紙211節、㈠コリントの信徒への手紙123節、使徒言行録224節、㈠コリントの信徒への手紙1534節など参照)

(註)11主を信じる者は・・・・・・イザヤ書2816節参照。

(註)13主の名を・・・・・・ヨエル書35節の引用。

 

福音朗読        ルカによる福音

(4章113節)

* 四旬節の原型となった、荒れ野でのイエスの40日間の出来事。

* ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けた後、

* 宣教活動を始める前のことである。

 ルカによる福音

  1〔そのとき、〕イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中をによって引き回され、2四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。3そこで、悪魔はイエスに言った。「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」4イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。5更に、悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。6そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。7だから、もしわたしを拝むなら、みんなあなたのものになる。」8イエスはお答えになった。
 「『あなたの神である主を拝み、
 ただ主に仕えよ』
と書いてある。」
9そこで、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて言った。「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。10というのは、こう書いてあるからだ。
 『神はあなたのために天使たちに命じて、
 あなたをしっかり守らせる。』
11また、
 『あなたの足が石に打ち当たることのないように、
 天使たちは手であなたを支える。』」
12イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』と言われている」とお答えになった。悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。

(註)1聖霊に満ちて・・・・・・ヨルダン川で洗礼を受けた時に聖霊がイエスに降り、それ以降のイエスの歩みはすべて聖霊に導かれてゆく(使徒言行録1038節参照)。

(註)2 四十日間・・・・・・イスラエルの荒れ野の旅が40年であったように40という数は試練や苦しみのシンボルである。

(註)4人はパンだけで・・・・・・申命記83節。イエスの答えは、3回ともイスラエルの荒れ野の旅に関連した申命記からとられている。

(註)6それはわたしに任されていて・・・・・・ルカによる福音1022節に似ている。悪魔はここで「神の子」の権威を主張し、イエスに礼拝を求める。

(註)8あなたの神である書を・・・・・・申命記613節、1020節。

(註)1011神はあなたのために・・・・・・次の節とともに、詩編911112節の引用

(註)12あなたの神である主を・・・・・・申命記616節。

(註)13時・・・・・・イエスの受難の時のこと。(ルカによる福音223節、53節など参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 214より)

2016年2月10日 (水)

2月10日(水)「灰の水曜日」(大斎・小斎)

2月10日(水)「灰の水曜日」(大斎・小斎)

兵庫教会のミサ 19:00~

司式司祭   Fr.エマニュエル

 

~~~~~カトリック教会の典礼~~~~~

「灰の水曜日」・「四旬節」・「復活祭」

カトリックの典礼は、復活祭の40日前(日曜日を除く)2月10日は、灰の水曜日です。この日から四旬節に入ります。

1年の典礼の頂点である復活祭前の準備期間である四旬節は「40日の期間」という意味です。40という数字は、イエス様が荒れ野で40日間断食をされたことに由来しています。それに倣って教会は、この期間を、なによりも主イエスの受難と死を思い起こし、救いの「時」に向かって、回心と償いの期間として過ごします。

キリスト教国でない日本では、四旬節のはじめである灰の水曜日と主の受難(聖金曜日3月25日)を、大斎(たいさい)・小斎(しょうさい)の日と定めています。

大斎1日に一度だけの十分な食事と、その外に朝ともう一回、わずかな食事を取ることができます。満60歳に達するまで、すべての成人が守ります。小斎は肉類を食べないことです。これは、各自の判断で他の償いの形、愛徳のわざ、信心業、節制のわざの実行をもって替えることができます。大斎も小斎も、病人や妊婦などは免除されます。

灰の水曜日に行われる「灰の式」は、「土から出て土に帰っていく私たちが、四旬節の努めに励み、罪のゆるしを受けて新しいいのちを得ることができるように」願って、昨年枝の主日に祝福していただいた、棕櫚(しゅろ)やオリーブの枝を燃やした灰を司祭は一人ひとりの額にかける式が行われます。

 

2月10日の「聖書と典礼」

2月10日『灰の水曜日』

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。

(マタイによる福音66節より)

 

第一朗読           ヨエル書

(2章1218節)

 ヨエルが預言した時代はペルシャ帝国の支配の末期にあたると言われる。当時は恐ろしいイナゴの襲来があったようで(ヨエル書14節参照)、ヨエルはこれを主の怒りの日の予兆として、民に回心を求めた。

 

                             

 

ヨエルの預言

 

12主は言われる。
「今こそ、心からわたしに立ち帰れ
断食し、泣き悲しんで。
13衣を裂くのではなく
お前たちの心を引き裂け。」

 

あなたたちの神、主に立ち帰れ。
主は恵みに満ち、憐れみ深く
忍耐強く、慈しみに富み
くだした災いを悔いられるからだ。
14あるいは、主が思い直され
その後に祝福を残し
あなたたちの神、主にささげる穀物とぶどう酒を
残してくださるかもしれない。

 

15シオンで角笛を吹き
断食を布告し、聖会を召集せよ。
16民を呼び集め、会衆を聖別し
長老を集合させよ。
幼子、乳飲み子を呼び集め
花婿を控えの間から
花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。
17祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き
主に仕える者は言うがよい。
「主よ、あなたの民を憐れんでください。
あなたの嗣業である民を恥に落とさず
国々の嘲りの種としないでください。
『彼らの神はどこにいるのか』と
なぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」

 

18そのとき
主は御自分の国を強く愛し
その民を深く憐れまれた。

(註)13衣を裂く・・・・・・これ自体回心のしるしだが、さらに「心を引き裂け」という表現で徹底した回心を求めている。

(註)主はめぐみに満ち・・・・・・出エジプト記346節参照。

(註)くだした災い・・・・・・イナゴの群れのこと。神にささげる作物も残らないほどの被害がもたらされた。

(註)15聖会・・・・・・拝礼のために召集された集会のこと。

(註)17嗣業・・・・・・賜物、所有、相続財産のこと。イスラエルの民は、神がエジプトから導き出し、ご自分のものとされた民であるので、神の嗣業と言われる。

 

 

第二朗読        二 コリントの信徒への手紙

(5章20節〜6章2節)

この手紙の中で、自分の使徒としての任務を明らかにしてきたパウロは、それが「和解のために奉仕する任務」(518節)であるという。そして、続くこの個所で、キリストによる神との和解を受け入れるよう呼びかける。

 

 

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 520〔皆さん、〕神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。21罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。
 
61わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。2なぜなら、
 「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
 救いの日に、わたしはあなたを助けた」
と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

(註)62「恵みの時に――」・・・・・・イザヤ書498節からの引用。

 

 

福音朗読        マタイによる福音

(6章16節、1618節)

山上の説教の一節。「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者になりなさい」(548節)ということばに続く個所。

 

 

 

 

マタイによる福音

 

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕1「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
 
2だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。3施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。4あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
 5祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。6だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
 
16断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

(註)2偽善者・・・・・・マタイでは律法学者やファリサイ派を指す。(2313節)。原語は「俳優」の意味があり、表の態度と心の中とが違うことを指す意味合いがある(1578節、2218節参照)。

 

(省略された715節では、祈りについての教えが続き、「主の祈り」が教えられる。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 210より)

2016年2月 5日 (金)

2月7日の「聖書と典礼」

2月7日『年間第5主日』

恐れることはない。

今から後、あなたは人間をとる漁師になる。

(ルカによる福音510節より)

 

第一朗読      イザヤの預言

(6章12節a、38節)

ウジヤ王が死んだ紀元前735年頃、アモツの子イザヤがエルサレムの神殿で預言者として召し出される場面。

イザヤの預言

 1ウジヤ王が死んだ年のことである。
 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。
2a上の方にはセラフィムがい〔た。〕3彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。
 主の栄光は、地をすべて覆う。」
 
4この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。5わたしは言った。
 「災いだ。わたしは滅ぼされる。
 わたしは汚れた唇の者。
 汚れた唇の民の中に住む者。
 しかも、わたしの目は
 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
 
6するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。7彼はわたしの口に火を触れさせて言った。
 「見よ、これがあなたの唇に触れたので
 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
 
8そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
 「誰を遣わすべきか。
 誰が我々に代わって行くだろうか。」
 わたしは言った。
 「わたしがここにおります。
 わたしを遣わしてください。」

(註)2セラフィム・・・・・・天にいる神との仲介者。セラフィムという名は「燃える」という意味の動詞と関連している。

(註)3聖なる・・・・・・イザヤは神のことをしばしば「イスラエルの聖なる方」と呼ぶ。ミサの感謝の賛歌の始めの句はここからとられている。

(註)5災いだ。わたしは滅ぼされる・・・・・・神の聖性の前では、罪に汚れた人間は堪えられず、滅ぼされる、と考えられた。

 

 

                             

第二朗読    一コリントの信徒への手紙

(15章111節、 または 15章38節、11節)

コリントの教会のさまざまな問題について述べた後、パウロは最も大切なこととして復活について語る。

 

 

使徒パウロのコリントの教会への手紙

  〔兄弟たち、〕
1わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。2どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。
3最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、4葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、5ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。6次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。7次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、8そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。
9わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。10神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。とにかく、
11わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。

(註)3わたしが―――伝えた・・・・・・コリントの教会はパウロから福音を聞き、信仰に入った。

(註)わたしも受けたもの・・・・・・35節は、キリストの復活について新約聖書の中で最も古い伝承である。(この手紙が書かれたのは紀元50年代のことである)

(註)聖書に書いてあるとおり・・・・・・特定の箇所というよりも、旧約聖書全体の意味。何度も繰り返されるこのことばは、それが神の計画であったことを強調している。

(註)5ケファ・・・・・・使徒ペトロのこと。「ケファ」はアラム語で、意味はペトロと同じく「岩」。復活したキリストのペトロへの出現についてはルカによる福音2434節にも述べられている。

(註)7ヤコブ・・・・・・「主の兄弟」といわれるヤコブのことと考えられる。エルサレムの教会の指導者であった。

(註)8月足らずで・・・・・・パウロは、教会の迫害者であった自分が使徒とされたことをこのように表現する。パウロへのキリストの出現については、使徒言行録919節参照。

 

 

福音朗読      ルカによる福音

(5章111節)

ルカ福音書では、福音を告げ、病人をいやすイエスの活動が始まってしばらくしてから、最初の弟子たちが呼び出されることになる。(マルコによる福音11620節参照)

 

 

 

ルカによる福音

 1イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。2イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。3そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。6そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。7そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。8これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。9とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

(註)5夜通し・・・・・・ガリラヤ湖の漁師たちは魚が水面近くに上がってくる夜に漁をした。

(註)8主よ、わたしから離れてください・・・・・・第1朗読の預言者イザヤ同様、イエスの神的な力を目の当たりにしたペトロは、その威光に堪えることができないと感じてこのように言った。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 27より)

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