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2016年3月31日 (木)

4月 3日の「聖書と典礼」

復活節第2主日(神のいつくしみの主日)

信じないものではなく、信じるものになりなさい。

(ヨハネによる福音20章27節より)

 

 

第一朗読      使徒言行録 

(5章1216節)

                              使徒言行録2章42-47節(A年)、4章32-35節(B年)に続いて、生まれたばかりの教会の様子を伝える個所。ここでは特にペトロの活躍が目立っている。

 使徒たちの宣教

12使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、13ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。14そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。15人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。16また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった。

()12ソロモンの回廊……神殿の異邦人の庭の東側にある回廊。

()13他のもの……本来は、使徒たちに反感を抱いていた長老たちのことを意味していたようである(41-21節参照)

 

第二朗読       黙示録

(1章911節a、1213節、1719節)

 C年の復活節主日の第2朗読ではヨハネの黙示録が読まれていく。黙示録は復活して天に上げられたキリストへの信頼と救いの希望を示し、迫害と苦難の中にいる信徒たちを励ます書である  

ヨハネの黙示

9わたし〔ヨハネ〕は、あなたがたの兄弟であり、共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっている〔者〕である。わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた。10ある主の日のこと、わたしはに満たされていたが、後ろの方でラッパのように響く大声を聞いた。11aその声はこう言った。「あなたの見ていることを巻物に書いて、〔アジア州にある〕七つの教会に送れ。」
12わたしは、語りかける声の主を見ようとして振り向いた。振り向くと、七つの金の燭台が見え、13燭台の中央には、人の子のような方がおり、足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた。
17わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、18また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。19さあ、見たことを、今あることを、今後起ころうとしていることを書き留めよ。」

() 9パトモス……エーゲ海の南にある岩地の小島。

()10主の日……今の日曜日のこと(福音朗読の注参照)

()11 七つの教会……本書には小アジアの七つの教会名が挙げられているが、「七」という数は完全さを表す数であり、全教会を指すとも考えられる。

()12七つの金の燭台……七つの教会を表すシンボル。

()13人の子のような方……イエス・キリストを指す(ダニエル書713節参照)。その衣の描写は、イエスを栄光に満ちた裁き主として示している。

 

福音朗読     ヨハネによる福音

(20章1931節)

 ヨハネ福音書で、復活したイエスが最初に弟子たちに姿を表す個所。復活の日(つまりペトロたちが空の墓を見た日)の夕方の出来事と、それから1週間目の出来事。

 ヨハネによる福音

19その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。20そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。21イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」22そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。23だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
24十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。25そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」26さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。27それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」28トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。29イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
30このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。31これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

()19週の初めの日……安息日の翌日で、この日にイエスは復活した。このため、キリスト教にとってこの日は特別な日(主の日)となった。

()19平和があるように……ヨハネ1427節で「平和を与える」と約束されていた。

()20手とわき腹……十字架に釘づけられた手の傷、槍で貫かれたわき腹。

()22息を吹きかけて……聖霊が与えられることを表す動作。創世記27節参照。

()23だれの罪でも……マタイによる福音1619節、1818節参照。

()24ディディモ……ギリシャ語で「双子」の意味。「トマス」はアラム語でやはり「双子」を意味する。

()28わたしの主、わたしの神よ……詩編3523節参照。

()30-31……本来のヨハネ福音書の結びのことばと考えられる(21章は後で書きくわえられた)

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 4 3より)

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