« 3月 6日の「聖書と典礼」 | トップページ | 3月20日の「聖書と典礼」 »

2016年3月11日 (金)

3月13日の「聖書と典礼」

3月13日『四旬節第5主日』

罪を犯したことのない者が、

まず、この女に石を投げなさい。

(ヨハネによる福音87節より)

 

第一朗読           イザヤ

(43章1621節)

バビロン捕囚で打ちひしがれていた民に向かって、預言者は、神がまったく新しい救いの業を行うことを告げる。

ザヤの預言

16主はこう言われる。
海の中に道を通し
恐るべき水の中に通路を開かれた方
17戦車や馬、強大な軍隊を共に引き出し
彼らを倒して再び立つことを許さず
灯心のように消え去らせた方。
18初めからのことを思い出すな。
昔のことを思いめぐらすな。
19見よ、新しいことをわたしは行う。
今や、それは芽生えている。
あなたたちはそれを悟らないのか。
わたしは荒れ野に道を敷き
砂漠に大河を流れさせる。
20野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。
荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ
わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。

21わたしはこの民をわたしのために造った。
彼らはわたしの栄誉を語らねばならない。

(註)16-17海の中に・・・・・・ここではエジプト脱出の時に、紅海を渡ったことが思い起こされている。

(註)19荒れ野に道を・・・・・・荒れ野の道は、捕囚から解放された民がエルサレムに戻る道であり、この解放こそ、神のなさる「新しい」業である。

(註)20水・・・・・・砂漠では、水はまさに救いのシンボルである。

 

第二朗読      フィリピの信徒への手紙

(3章814節)

生粋のユダヤ人でありファリサイ派の一員であり、キリスト者を迫害していたパウロがキリストを信じるものになった。このパウロにとって、キリストを信じることはすべてにまさることであった。

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

8〔皆さん、わたしは、〕わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。キリストを得、9キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。10わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、11何とかして死者の中からの復活に達したいのです。
12わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。13兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、14神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

(註)8すべてを失い・・・・・・ユダヤ人、ファリサイ派としての誇りのすべてを失った。

(註)9律法から生じる自分の義・・・・・・これこそ、パウロがファリサイ派だった時に、求めていたものだった。「義」とは、神との正しい関係を意味することばである。

*  

福音朗読         ヨハネによる福音

(8章111節)

                              ヨハネ福音書に後から挿入されたと考えられるこの個所は、「わたしはだれをも裁かない」(815節)というイエスの言葉につながっていく。

ヨハネによる福音

  1〔そのとき、〕イエスはオリーブ山へ行かれた。2朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。3そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、4イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。5こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」6イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。7しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」8そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。9これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。10イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」11女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」

(註)1オリーブ山・・・・・・エルサレムの東側すぐのところにある小さな山脈。ルカによる福音2137節によれば、エルサレムを訪れたイエスは夜そこで過ごした。

(註)5こういう女は・・・・・・レビ記2010節、申命記2222節参照。律法では、貫通した場合、男女とも死刑になるはずであった。

(註)6訴える口実・・・・・・この時代のユダヤ人は、死刑を行う権限をローマ帝国に奪われていた(ヨハネによる福音1831節参照)。そこで、イエスが石でこの女を撃ち殺せと言えば、ローマ総督に訴えることができ、逆に、死刑に反対すれば、律法を否定したことになってしまう。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016・ 3・13より)

« 3月 6日の「聖書と典礼」 | トップページ | 3月20日の「聖書と典礼」 »