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2016年5月30日 (月)

こどもワクワク食堂開設

~~~こどもワクワク食堂開設~~~

 

528日(土)こどもワクワク食堂が行われました。

当日の様子は、下記をクリック、または、検索してください。

 

◇「子ども食堂」神戸に開設Yahoo!ニュース(神戸新聞NEXT

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160529-00000004-kobenext-l28

 

◇「こどもワクワク食堂」プロジェクト

Facebookhttps://www.facebook.com/kodomowakuwaku/

2016年5月27日 (金)

5月29日の「聖書と典礼」

5月29日の「聖書と典礼」

~~~~~~~キリストの聖体の祭日について~~~~~~~

  教会は聖木曜日に聖体の制定を祝ったが、復活節が終わった後、もう一度聖体を祝う(本来は聖霊降臨後の第2木曜日だが、日本では日曜日に移して祝う)

キリストの死と復活によってもたらされた救いの恵みが、今も教会の中で生きていることを深く味わうのが聖体の秘跡である。

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529() キリストの聖体  (C年)

メルキゼデクは、パンとぶどう酒を持って来た。

(1朗読主題句 創世記1418節より)

 

第一朗読            創世記 

  エラムの王ケドルラオメルとその味方の王たちに捕らえられた甥のロトを救い出し、これらの王たちを打ち破ったアブラム(後のアブラハム)は、他の王たちに歓迎されることになった。

(14章18-20節)

創世記

18〔その日、〕いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデク〔は〕、パンとぶどう酒を持って来た。19彼はアブラムを祝福して言った。
 「天地の造り主、いと高き神に
 アブラムは祝福されますように。
 
20敵をあなたの手に渡された
 いと高き神がたたえられますように。」
 アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。

()18サレム……詩編763節によれば、エルサレムのことである。

() メルキゼデク……詩編110(今日の答唱詩編)とヘブライ書は王であるメシアとこの名を結び付けている。

() パンとぶどう酒……教父たちは、聖体を前もって表すしるしと考えた。

 

                             

第二朗読      一コリントの信徒への手紙

コリントの教会の中では、主の晩さんを行いながら、分裂や愛の欠如が見られた。そのためパウロは主の晩さんが、キリストの愛の記念祭儀であることを強調する。本書の執筆は福音書よりも早く、この個所は、新約聖書の中で最も古い聖体制定の記録である。

(11章23-26節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

23〔皆さん、〕わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、24感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。25また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。26だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。

 

 

福音朗読         ルカによる福音

 ルカ福音書では、ヘロデがイエスのことを「いったい、何者だろう」と言った(979)後に、このパンの増加の出来事が起こり、そのすぐ後で、ペトロがイエスを「神からのメシアです」と告白する(91820)。つまり、パンの増加の出来事によって、イエスは何者かという問いの答えが導き出されていく。

(9章11b-17節)

ルカによる福音

 11b〔そのとき、イエスは群集に〕神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。12日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」13しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」14というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。15弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。16すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。17すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。

()12 十二……弟子の中から選ばれて使徒と名付けられた十二人(613)。宣教への派遣(916)から戻って来ていた(910)

()16 五つのパンと二匹の魚を取り……「取り」「賛美の祈りを唱え」「裂いて」「弟子たちに渡して」という四つの動作は、最後の晩さんにおける聖体制定のときの動作に対応している。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 529より)

2016年5月20日 (金)

5月22日の「聖書と典礼」

5月22日の「聖書と典礼」

~~~~~~~~三位一体の主日について~~~~~~~~

先週の聖霊降臨の主日で復活節は終わり、典礼歴は年間に戻るが、聖霊降臨後の二つの主日は、四旬節・復活節に祝ってきたことを踏まえた特別な祭日になっている。

きょうの三位一体の主日は、キリストの受難、死、復活、聖霊降臨という救いの御業を通して示された神のいのちの神秘を祝う。父である神は、みことばである御子イエスと聖霊を遣わして、ご自身をあらわしてくださったのである。

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522() 三位一体の主日  (C年)

大地に先立って、知恵は生み出されていた。

(1朗読主題句 箴言82324節より)

 

第一朗読            箴言 

 この個所だけでなく、知恵文学の中でしばしば知恵は人格化して語られる。知恵は神の創造の業に先立ってあり、そのみわざに参与している。この考えは、新約聖書において、永遠の神のことばであるイエス・キリストにあてはめられていく(ヨハネ福音書113節、コロサイの信徒への手紙11517節参照)

(8章22-31節)

箴言

〔神の知恵は語る。〕
22「主は、その道の初めにわたしを造られた。
いにしえの御業になお、先立って。
23永遠の昔、わたしは祝別されていた。
太初、大地に先立って。
24わたしは生み出されていた
深淵も水のみなぎる源も、まだ存在しないとき。
25山々の基も据えられてはおらず、丘もなかったが
わたしは生み出されていた。
26大地も野も、地上の最初の塵も
まだ造られていなかった。
27わたしはそこにいた
主が天をその位置に備え
深淵の面に輪を描いて境界とされたとき
28主が上から雲に力をもたせ
深淵の源に勢いを与えられたとき
29この原始の海に境界を定め
水が岸を越えないようにし
大地の基を定められたとき。
30御もとにあって、わたしは巧みな者となり
日々、主を楽しませる者となって
絶えず主の御前で楽を奏し
31主の造られたこの地上の人々と共に楽を奏し
人の子らと共に楽しむ。」

()22いにしえの御業……天地創造のわざのことであるが、ここでの創造の描写は古代人の宇宙観に基づいている(創世記第1章参照)

()30巧みな者……ここでは「知恵」が、神の世界創造に参加し、中心的な役割を果たす建築家のように考えられているのであろう。

 

                             

第二朗読      ローマの信徒への手紙

 前章まで、パウロは律法の行いではなく、キリストへの信仰によって義とされることを述べてきた。ここでは救いへの大きな希望が語られる。

(5章1-5節)

 使徒パウロのローマの教会への手紙

 1〔皆さん、〕わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、2このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。3そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、4忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。5希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

() 1義とされた……ここに見られるように、神との正しい関係に入ること、神に受け入れられることを意味する。

() 4練達……試練によって高められた信仰の状態を意味する。フランシスコ会訳では、「試練に磨かれた徳」。

 

福音朗読       ヨハネによる福音書

 最後の晩餐の席でのイエスの説教の終わりに近い部分。世を去るにあたって、世に残していく弟子たちに向かって語られたイエスの約束。

(16章12-15節)

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕12「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。13しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。14その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。15父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

()13その方……聖霊のこと。ヨハネ福音書では、人格を持つもののように語られている。

() 真理の霊……この「真理」には、覆いを取り去ってすべてを明らかにするという意味と、確かなもの、頼りになるものという意味がある。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 522より)

2016年5月13日 (金)

こどもワクワク食堂

「こどもワクワク食堂」のお知らせ

 

日 時 : 2016528()

              12時~15

場 所 : カトリック兵庫教会

             神戸市兵庫区塚本通4-4-4

               (兵庫大開小学校南)

 

詳しくはここをクリックしてください⇒「a4.pdf」をダウンロード

5月15日の「聖書と典礼」

515() 聖霊降臨 (C年)

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると

(使徒言行録21節より)

 

第一朗読          使徒言行録 

一同は聖霊に満たされ、話しだした。

(2章111節)

                              イエスが昇天したのち、120人ほどの弟子たちが、エルサレムの町のひとつの家に集まり、約束された聖霊を待ち望んで祈っていた。

使徒たちの宣教

 1五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
 
5さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、6この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。7人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。8どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。9わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、10フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、11ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

() 1五旬祭……旧約聖書で「七週の祭」と言われ、過越祭から50日目に祝われた。元来は「刈り入れの祭」であった。過越祭に始まる大きな祭の期間を締めくくる5旬祭には、多くの巡礼者がエルサレムに集まっていた。

() 2……聖霊のしるし。霊(プネウマ)はもともと「風」を意味する。

() 3……原語「グロッサ」は4節で「言葉」と訳された語と同じ。

() 9パルティア、メディア……これらの地名は、東は今のイランから西はローマまで、さらに北アフリカをも含む非常に広い地域を示す。

 

第二朗読        ローマの信徒への手紙

神の霊によって導かれるものは皆、神の子である。

(8章8-17節)

  キリストによって罪と死の法則から解放されたキリスト者の新しい生命原理としての霊について語られる個所。

 使徒パウロのローマの教会への手紙

 8〔皆さん、〕肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。9神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。10キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、は義によって命となっています。11もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。
 
12それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。13肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。14神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。15あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。16この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。17もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。 

() 8-9肉の支配下~霊の支配下……「肉」と「霊」が対比して語られるが、肉体と精神のような人間の構成部分として考えられているのではない。神とのつながりなしに生きることと、神によって生かされていることが対比されている。

()15アッバ……アラム語で、子どもが父親を呼ぶときのことば。イエスは神に向かってこう呼びかけ(マルコによる福音書1436節)、弟子たちにもそう祈るように教えた(「主の祈り」参照)。

()17相続人……アブラハムとその子孫に対する祝福という神の約束を受け継ぐもの。

 

福音朗読        ヨハネによる福音書

聖霊が、あなたがたにすべてのことを教えてくださる。

(14章15-16節、23b-26節)

  最後の晩餐の席で、イエスが弟子たちに聖霊を与えることを約束した個所。

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕15「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。
23bわたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。24わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
25わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。26しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」

()15わたしの掟……「互いに愛し合いなさい」という掟のことである。(ヨハネによる福音書1334節、1512節参照)

()16別の弁護者……「助け主」とも訳される弁護者(パラクレートス)の元の意味は「そばに呼ばれた者」。そばにいて助けてくださる方は、何よりもイエスご自身(一ヨハネの手紙21節参照)であるが、ここでは聖霊がもう一人の弁護士と言われる。聖霊はイエスと別の働きをするのではなく、人々をイエスの生き方と言葉に結び付ける(26節参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 515より)

2016年5月 6日 (金)

5月 8日の「聖書と典礼」

5月 8日() 主の昇天 (C年)

イエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、

またおいでになる。

(使徒言行録111節より)

 

第一朗読          使徒言行録 

イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた。

(1章111節)

「ルカ福音書」はイエスの活動を昇天の出来事で結んでいる(福音書朗読参照)が、そのつづきとしてルカが書いた「使徒言行録」は同じ出来事に始まり、聖霊に満たされた使徒たちの活動を描いていく。

使徒たちの宣教

1-2テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
 3イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。4そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。5ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
 6さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。7イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」9こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

() 1テオフィロ……ルカ福音書も同じ人にささげられている。「第1巻」とはルカ福音書のこと。

() 3四十日……この日数に合わせて、本来は復活祭後四十日目に「主の昇天」を祝うが、この日は木曜日になるので、日本では日曜日に移して祝われている。

() 4父の約束されたもの……聖霊のこと。ルカ福音書2449節参照。

() 5聖霊による洗礼……聖霊に浸されること、すなわち、使徒たちが聖霊に覆われること(聖霊降臨)を意味している。

() 6国を建て直してくださる……使徒たちは、この時はまだ、この世の国の再建のことを考えていたようである。イエスの方は、7節で神の国の完成について語る。

()10二人の人……天使である。

                             

第二朗読       ヘブライ人への手紙

キリストは、天そのものに入られた。

(9章24-28節、10章19-23節)

 ヘブライ書はキリストによる救いの業の素晴らしさを、旧約との対比の中で明らかにする。キリストこそが新しい契約の仲介者であり、キリストによって人は神に近づくことができるようになった。

ヘブライ人への手紙

924キリストは、まことのものの写しにすぎない、人間の手で造られた聖所にではなく、天そのものに入り、今やわたしたちのために神の御前に現れてくださった〔のです。〕25また、キリストがそうなさったのは、大祭司が年ごとに自分のものでない血を携えて聖所に入るように、度々御自身をお献げになるためではありません。26もしそうだとすれば、天地創造の時から度々苦しまねばならなかったはずです。ところが実際は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。27また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、28キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。
1019それで、兄弟たち、わたしたちは、イエスの血によって聖所に入れると確信しています。20イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのです。21更に、わたしたちには神の家を支配する偉大な祭司がおられるのですから、22心は清められて、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗われています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。23約束してくださったのは真実な方なのですから、公に言い表した希望を揺るがぬようしっかり保ちましょう。

()924写し……モーセが造った幕屋は山で示された天にある幕屋の写しにすぎない。

()25自分のものでない血……いけにえとしてささげられる動物の血のこと。

()1019聖所……地上の聖所(神殿)のことではなく、神ご自身の住まいである天のこと。

()20垂れ幕……旧約では大祭司だけが年に一度この垂れ幕を通って至聖所に入ることができた。イエスをとおしてすべての人が神に近づくことができるようになったので、このようにいう。

()21偉大な祭司……イエスのこと。ヘブライ書は神と人とを結び合わせるイエス・キリストを大祭司と呼ぶ。

 

 

上に掲載した第2朗読(ヘブライ人への手紙)C年のための任意の箇所。次に掲載する各年共通の第2朗読「エフェソの信徒への手紙」(11723)を読むこともできる。

第二朗読      エフェソの信徒への手紙

(1章1723節)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 〔皆さん、〕どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

 

 

福音朗読        ルカによる福音書

イエスは、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。

(24章46-53節)

ルカ福音書の結びの部分。復活して、弟子たちに姿を現したイエスは、イエスが生きていることを信じられないでいる弟子たちに手と足を見せ、魚を食べて見せた。

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「聖書には〕46次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。47また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、48あなたがたはこれらのことの証人となる。49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
50イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。51そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。52彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、53絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

()46次のように書いてある……旧約聖書の特定の箇所の引用ではない。旧約聖書全体がこのことを述べている、という意味。

()47罪の赦しを得させる悔い改め……「悔い改めと罪の赦し」となっている写本も数多い。罪の赦しのための派遣についてはヨハネ福音書2023節参照。「悔い改め」はルカ福音書においてたびたび強調される(532節、1013節、1132節、1335節、157)

()49父が約束されたもの……聖霊のこと。「高い所からの力」も聖霊を意味する。

()50ベタニア……エルサレムから3キロほどの所にある町。

()52伏し拝んだ……イエスを主と知った弟子たちによる最初の礼拝行為を表す。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 58より)

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