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2016年5月 6日 (金)

5月 8日の「聖書と典礼」

5月 8日() 主の昇天 (C年)

イエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、

またおいでになる。

(使徒言行録111節より)

 

第一朗読          使徒言行録 

イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた。

(1章111節)

「ルカ福音書」はイエスの活動を昇天の出来事で結んでいる(福音書朗読参照)が、そのつづきとしてルカが書いた「使徒言行録」は同じ出来事に始まり、聖霊に満たされた使徒たちの活動を描いていく。

使徒たちの宣教

1-2テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
 3イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。4そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。5ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
 6さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。7イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」9こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

() 1テオフィロ……ルカ福音書も同じ人にささげられている。「第1巻」とはルカ福音書のこと。

() 3四十日……この日数に合わせて、本来は復活祭後四十日目に「主の昇天」を祝うが、この日は木曜日になるので、日本では日曜日に移して祝われている。

() 4父の約束されたもの……聖霊のこと。ルカ福音書2449節参照。

() 5聖霊による洗礼……聖霊に浸されること、すなわち、使徒たちが聖霊に覆われること(聖霊降臨)を意味している。

() 6国を建て直してくださる……使徒たちは、この時はまだ、この世の国の再建のことを考えていたようである。イエスの方は、7節で神の国の完成について語る。

()10二人の人……天使である。

                             

第二朗読       ヘブライ人への手紙

キリストは、天そのものに入られた。

(9章24-28節、10章19-23節)

 ヘブライ書はキリストによる救いの業の素晴らしさを、旧約との対比の中で明らかにする。キリストこそが新しい契約の仲介者であり、キリストによって人は神に近づくことができるようになった。

ヘブライ人への手紙

924キリストは、まことのものの写しにすぎない、人間の手で造られた聖所にではなく、天そのものに入り、今やわたしたちのために神の御前に現れてくださった〔のです。〕25また、キリストがそうなさったのは、大祭司が年ごとに自分のものでない血を携えて聖所に入るように、度々御自身をお献げになるためではありません。26もしそうだとすれば、天地創造の時から度々苦しまねばならなかったはずです。ところが実際は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。27また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、28キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。
1019それで、兄弟たち、わたしたちは、イエスの血によって聖所に入れると確信しています。20イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのです。21更に、わたしたちには神の家を支配する偉大な祭司がおられるのですから、22心は清められて、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗われています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。23約束してくださったのは真実な方なのですから、公に言い表した希望を揺るがぬようしっかり保ちましょう。

()924写し……モーセが造った幕屋は山で示された天にある幕屋の写しにすぎない。

()25自分のものでない血……いけにえとしてささげられる動物の血のこと。

()1019聖所……地上の聖所(神殿)のことではなく、神ご自身の住まいである天のこと。

()20垂れ幕……旧約では大祭司だけが年に一度この垂れ幕を通って至聖所に入ることができた。イエスをとおしてすべての人が神に近づくことができるようになったので、このようにいう。

()21偉大な祭司……イエスのこと。ヘブライ書は神と人とを結び合わせるイエス・キリストを大祭司と呼ぶ。

 

 

上に掲載した第2朗読(ヘブライ人への手紙)C年のための任意の箇所。次に掲載する各年共通の第2朗読「エフェソの信徒への手紙」(11723)を読むこともできる。

第二朗読      エフェソの信徒への手紙

(1章1723節)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 〔皆さん、〕どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

 

 

福音朗読        ルカによる福音書

イエスは、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。

(24章46-53節)

ルカ福音書の結びの部分。復活して、弟子たちに姿を現したイエスは、イエスが生きていることを信じられないでいる弟子たちに手と足を見せ、魚を食べて見せた。

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「聖書には〕46次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。47また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、48あなたがたはこれらのことの証人となる。49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
50イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。51そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。52彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、53絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

()46次のように書いてある……旧約聖書の特定の箇所の引用ではない。旧約聖書全体がこのことを述べている、という意味。

()47罪の赦しを得させる悔い改め……「悔い改めと罪の赦し」となっている写本も数多い。罪の赦しのための派遣についてはヨハネ福音書2023節参照。「悔い改め」はルカ福音書においてたびたび強調される(532節、1013節、1132節、1335節、157)

()49父が約束されたもの……聖霊のこと。「高い所からの力」も聖霊を意味する。

()50ベタニア……エルサレムから3キロほどの所にある町。

()52伏し拝んだ……イエスを主と知った弟子たちによる最初の礼拝行為を表す。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 58より)

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