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2016年6月18日 (土)

6月19日の「聖書と典礼」

619() 年間第12主日  (C年)

日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。

(ルカによる福音書 923節より)

 

〔ゼカリヤ書914章は、本来のゼカリヤ書(18章)とは別の預言者のものと考えられる。この個所はエルサレムの救いと罪からの清めが預言される個所。〕

第一朗読          ゼカリヤ書

(12章1011節、13章1節)

ゼカリヤの預言

1210 〔主は言われる。〕「わたしはダビデの家とエルサレムの住民に、憐れみと祈りの霊を注ぐ。彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者であるわたしを見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。11その日、エルサレムにはメギド平野におけるハダド・リモンの嘆きのように大きな嘆きが起こる。131その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れを洗い清める一つの泉が開かれる。」

()10彼ら自らが刺し貫いたものであるわたし……誰のことを指していたかは不明だが、神と等しいような神の代理者であろう。ヨハネによる福音書1937節はこれを十字架のイエスにあてはめている。

()11ハダド・リモン……異教の神(および、その聖所)の名と考えられるが、正確なことはわからない。ここでは大きな嘆きのたとえとしてこの名が用いられている。

 

〔ガラテア人のような異邦人キリスト者にユダヤ教の習慣を押し付けようとした人々に反対して、パウロは、キリスト信者がキリストへの信仰によって律法と罪の支配から解放されることを力説してきた。ここではその信仰によってもたらせるものが何であるかをはっきりと述べる。〕

第二朗読       ガラテヤの信徒への手紙

(3章2629節)

使徒パウロのガラテヤの教会への手紙

26〔皆さん、〕あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。27洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。28そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。29あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。

 

()27キリストを着ている……衣服のようにキリストに包まれること。すなわち、キリストのうちにいてキリストと結ばれることを意味する。洗礼式のときの白衣はこのことを象徴的に表現している。

()29約束による相続人……パウロはアブラハムに与えられた祝福の約束が、彼の信仰に基づくものであることを述べている(ガラテヤの信徒への手紙3614節参照)。パウロにとってこの祝福を受け継ぐアブラハムの子孫とは、キリストとキリストに結ばれたキリスト者のことである。

 

 

〔イエスのガリラヤでの活動を見、イエスによって宣教に派遣された弟子たちがイエスに対する信仰を表現する。ルカによる福音書ではこの後(951節以下)、エルサレムに向かうイエスの旅が始まっていく。〕

福音朗読        ルカによる福音書

(9章1824節)

ルカによる福音

18イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。19弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」20イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」
21イエスは弟子たちを戒め、このことをだれにも話さないように命じて、22次のように言われた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」23それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。24自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。」

()18ひとりで祈って……ルカによる福音書は、重要な場面で、いつもイエスが祈っている姿を伝えている(321節、516節、612節、92829節、111節、224445節など)。

()19エリヤ……紀元前9世紀の北イスラエルの預言者。神がこの世界に決定的に介入する前に遣わされると考えられた。

()20神からのメシア……「メシア」はギリシア語では「クリストス(キリスト)」。どちらも「油注がれた者」の意。ここでは称号の意味で「メシア」と訳されている。なお、「神からの」は意訳で、直訳では「神のキリスト」。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016619より)

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