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2016年7月29日 (金)

7月31日の「聖書と典礼」

731() 年間第18主日  (C年)

上にあるものを求めよ。そこには、キリストがおられる。

(第2朗読主題句 コロサイの信徒への手紙 31節より)

 

 

〔本書は「伝道の書」とも言われるが、コレヘトとは「集会の指導者」の意味であろう。本書の冒頭にある「エルサレムの王、ダビデの子、コレヘト」は紀元前十世紀のソロモン王を指すが、本書は実際には紀元前三世紀ごろに書かれたものである。人生の空しさを語る本書の結論は、「神を畏れ、その戒めを守れ」(1213)であった。〕

第一朗読         コヘレトの言葉

人間が苦労してみても何になろう。

(1章2節、2章2123節)

                             コヘレトの言葉

 12コヘレトは言う。
 なんという空しさ
 なんという空しさ、すべては空しい。

221知恵と知識と才能を尽くして労苦した結果を、まったく労苦しなかった者に遺産として与えなければならないのか。これまた空しく大いに不幸なことだ。22まことに、人間が太陽の下で心の苦しみに耐え、労苦してみても何になろう。一生、人の務めは痛みと悩み。夜も心は休まらない。これまた、実に空しいことだ。

 

 

 〔人間の規則や教えによる空しい戒律(22023節参照)に惑わされないようにと、パウロは語りかける。〕

第二朗読      コロサイの信徒への手紙

上にあるものを求めよ。そこには、キリストがおられる。

(3章15節、911節)

 使徒パウロのコロサイの教会への手紙

* 1〔皆さん、〕あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。2上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。3あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。4あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。
 
5だから、地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。
 9互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、10造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。11そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。

() 1復活させられた……キリスト者は、「洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられた」(212節)者である。

() 5偶像礼拝……神でないものを神としてあがめること。富への執着は、富を神とすることになる。

()11未開人……元は、ギリシャ語を話さない人の意味。

(スキタイ人……好戦的な遊牧民族として知られる。ここでは未開人の代表。

 

 

〔エルサレムに向かうイエスのもとに多くの人が集まってきた。この人々にイエスは神への信頼を求める。〕

福音朗読        ルカによる福音書

お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか。

(12章1321節)

 ルカによる福音

  〔そのとき、〕群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」それから、イエスはたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作だった。金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」

()13遺産を分けて……当時のユダヤ人は、このような問題についても律法学者に相談するのが常であった。

()1621ある金持ちの~……このたとえは、シラ書111921節を思い出させる。そこでは、富を蓄え、「これで安心だ。自分の財産で食っていけるぞ」という者に対して、「主を信じて、お前の労働を続けよ」と言われている。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016731より)

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