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2016年8月26日 (金)

8月28日の「聖書と典礼」

828() 年間第22主日  (C年)

宴会を催すときには、むしろ、貧しい人を招きなさい。

(ルカによる福音書1413節より)

 

 〔シラ書は「集会の書」とも呼ばれ、紀元前二世紀に著された。新共同訳では、「旧約聖書続編」の中に置かれているが、カトリック教会では「第二正典」に含まれている。「すべての知恵は、主からくる」(11節)ということばから始まる多くの格言は、主からくる知恵に従う生活を人々に教えようとするものである。ここでは謙遜についての格言が集められている。〕

第一朗読           シラ書

自らへりくだれ。そうすれば、主は喜んで受け入れてくださる。

(3章1718節、20節、2829節)

シラ書

17子よ、何事をなすにも柔和であれ。
そうすれば、施しをする人にもまして愛される。
18偉くなればなるほど、自らへりくだれ。
そうすれば、主は喜んで受け入れてくださる。
20主の威光は壮大。
主はへりくだる人によってあがめられる。

                             

28高慢な者が被る災難は、手の施しようがない。
彼の中には悪が深く根を下ろしている。
29賢者の心は、格言を思い巡らし、
知者の耳は、格言を熱心に聴く。

 

 

 〔「すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい」(1214節)という著者は、イエスによって開かれた新しい生きた道(1020節)の行き着く先を語る。〕

第二朗読       ヘブライ人への手紙

あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都。

(12章1819節、2224節a)

 ヘブライ人への手紙

18-19〔皆さん、〕あなたがたは手で触れることができるものや、燃える火、黒雲、暗闇、暴風、ラッパの音、更に、聞いた人々がこれ以上語ってもらいたくないと願ったような言葉の声に、近づいたのではありません。22あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、23天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊、24a新しい契約の仲介者イエス〔なのです。〕

(註)18-19燃える火~言葉の声……ここで語られるのは、シナイ山での神の現れのこと(出エジプト記191619節参照)。

(註)20-24シオンの山~イエス……これらはすべて、イエス・キリストにおいて実現した新約の救いの素晴らしさを表すことばである。

 

 〔食事は神の国の共同体を表すものと考えられたが、罪びとや貧しい人と共にしたイエスの食事と、このファリサイ派の家での人々の食事との相違は際立っている。ここでイエスは、単なる世間的な知恵や道徳ではなく、神の国について語っておられるのである。〕

福音朗読        ルカによる福音書

だれでも高ぶるものは低くされ、へりくだる者は高められる。

(14章1節、714節)

ルカによる福音

 1安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。
 
7イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。8「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、9あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。10招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。11だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」12また、イエスは招いてくれた人にも言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。13宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。14そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」

(註)11だれでも高ぶる者は~……ルカによる福音書1814節、マタイによる福音書2312節参照。

(註) 低くされ~高められる……これらの受動形は、神が行為の主体であることを示す。

(註)14報われる……前注と同様、神が報いてくださることをいう。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 828より)

2016年8月19日 (金)

8月21日の「聖書と典礼」

821() 年間第21主日  (C年)

狭い戸口から入るように努めなさい。

(ルカによる福音書 1324節より)

 

 イザヤ書の最終章。神の栄光が諸国に現され、散らされた民が集められることが預言される。ここで集められる人々の中には異邦人も含まれている。

第一朗読          イザヤ書

彼らはあなたたちのすべての兄弟を、

あらゆる国民の間から連れてくる。

(66章1821節)

                             イザヤの預言

*  〔主は言われる。〕18わたしは彼らの業と彼らの謀のゆえに、すべての国、すべての言葉の民を集めるために臨む。彼らは来て、わたしの栄光を見る。19わたしは、彼らの間に一つのしるしをおき、彼らの中から生き残った者を諸国に遣わす。すなわち、タルシシュに、弓を巧みに引くプルとルドに、トバルとヤワンに、更にわたしの名声を聞いたことも、わたしの栄光を見たこともない、遠い島々に遣わす。彼らはわたしの栄光を国々に伝える。20彼らはあなたたちのすべての兄弟を主への献げ物として、馬、車、駕籠、らば、らくだに載せ、あらゆる国民の間からわたしの聖なる山エルサレムに連れて来る、と主は言われる。それは、イスラエルの子らが献げ物を清い器に入れて、主の神殿にもたらすのと同じである、と主は言われる。21わたしは彼らのうちからも祭司とレビ人を立てる、と主は言われる。

(註)19一つのしるし……イザヤ書714節での「しるし」は、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を生み、その名をインマヌエルと呼ぶ」というものであった(マタイによる福音書12223節参照)。

(註) タルシシュ……鉱物の産地として知られる西方の国。

(註)   プルとルド トバルとヤワン……これらの地名は小アジアを指しているようである。

 

〔「あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません」(4節)という著者は、主による鍛錬を受け入れるように励ます。〕

第二朗読       ヘブライ人への手紙

主は愛するものを鍛えられる。

(12章57節、1113節)

ヘブライ人への手紙

5〔皆さん、あなたがたは、〕子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。
 「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
 主から懲らしめられても、
 力を落としてはいけない。
 
6なぜなら、主は愛する者を鍛え、
 子として受け入れる者を皆、
 鞭打たれるからである。」
7あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。11およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
 
12だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。13また、足の不自由な人が踏み外すことなく、むしろいやされるように、自分の足でまっすぐな道を歩きなさい。

(註)56わが子よ~……箴言31112節の引用。

(註) 5鍛錬……「こども(パイス)ということばから派生した語で、子どもに対する教育やしつけを意味する。以下の「鍛える」も同じ。

(註) 7これを……原文にはないことばだが、新共同訳では、罪との戦い(4節)を指していることになろう。

(註)12萎えた手と弱くなったひざを~……イザヤ書353節参照。

(註)13まっすぐな道を歩きなさい……直訳では「まっすぐなわだちを作りなさい」。車輪が通ってわだちができるように、後の人のために道筋をつけるということか。

 

 〔マタイ福音書では山上の説教(57章)に集められている話が、ルカ福音書ではエルサレムへの旅の途中に置かれ、イエスに従うことについての教えとなっている。〕

福音朗読        ルカによる福音書

人々は、東から西から来て、神の国で宴会の席に着く。

(13章2230節)

 

ルカによる福音

22〔そのとき、〕イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。23すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。24「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。25家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。26そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。27しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。28あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。29そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。30そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

(註)24狭い戸口から~……マタイによる福音書713節参照。

(註)2527家の主人が~……マタイによる福音書72223節参照。

(註)29東から西から~……第1朗読で預言されたような異邦人の救いが示される。

(註)30後の人で~……人の考えとは異なる神の救いの実現の仕方を述べる格言のようなことば。マルコによる福音書1031節、マタイによる福音書1930節、2016節参照。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 821より)

2016年8月12日 (金)

8月15日の「聖書と典礼」

815() 聖母の被昇天の祭日  (C年)

いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう

(ルカによる福音書 148節より)

 

 

〔ここに現れる一人の女性の姿の中に、教会とその母であるマリアの姿を見るのがカトリック教会の伝統である。〕

1朗読         ヨハネの黙示録

ひとりの女が身に太陽をまとい、月を足の下にしていた。

1119a1216節、10ab

ヨハネの黙示

1119a天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え〔た。〕
12・1また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。2女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。3また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。4竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。5女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。6女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。
10abわたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。
 「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。
 神のメシアの権威が現れた。」

(註)19契約の箱……旧約時代の神殿では、神の現存のしるしである契約の箱は至聖所の幕の奥にあり、見ることができなかった。

(註) 1一人の女……旧約と新約の神の民全体を表すという考えが一般的である。

(註) 十二の星……イスラエルの十二部族、また、新約の十二使徒を暗示する。

(註) 2子を産む痛みと苦しみ……エバを思い出させる表現(創世記316節参照)。

(註) 3……サタンのこと。

(註) 七つの頭……バビロニアの悪魔の象徴的な姿。

(註) 十本の角……ダニエル書77節からとられたイメージ。

(註) 5男の子……イエスのこと。

 

 

〔パウロはキリストが復活したこと、そして、このキリストの復活にこそ、わたしたちの希望がかかっていることを力強く述べる。〕

2朗読      コリントの信徒への手紙一

最初にキリスト、次いで、キリストに属している人たち。

(コリントの信徒への手紙一152027a

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 20〔皆さん、〕キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。21死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。22つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。23ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、24次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。25キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。26最後の敵として、死が滅ぼされます。27「神は、すべてをその足の下に服従させた」からです。

(註)20初穂……最初の実りのことであり、その後に多くの実りが続くことを表すことば。

(註)23キリストに属している人たち……この第一人者であるマリアがキリストの復活に完全にあずかるものとなった、と教会は信じる。

(註)27神は~……詩編87節参照。

 

 

 〔イエスも身ごもったことを知ったマリアは洗礼者ヨハネを身ごもっているエリザベトのもとに行った。エリザベトや、救いを待ち望むすべての人と心を合わせてマリアは神の救いのわざをたたえる。〕

福音朗読        ルカによる福音書

力ある方が、わたしに偉大なことをなさいました。

主は身分の低い者を高くあげられます。

(1章3956節)

ルカによる福音

39そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。40そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。41マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、42声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。43わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。44あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。45主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
46そこで、マリアは言った。
 「わたしの魂は主をあがめ、
47わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
48身分の低い、この主のはしためにも
 目を留めてくださったからです。
 今から後、いつの世の人も
 わたしを幸いな者と言うでしょう、
49力ある方が、
 わたしに偉大なことをなさいましたから。
 その御名は尊く、
50その憐れみは代々に限りなく、
 主を畏れる者に及びます。
51主はその腕で力を振るい、
 思い上がる者を打ち散らし、
52権力ある者をその座から引き降ろし、
 身分の低い者を高く上げ、
53飢えた人を良い物で満たし、
 富める者を空腹のまま追い返されます。
54その僕イスラエルを受け入れて、
 憐れみをお忘れになりません、
55わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
56マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自

分の家に帰った。

(註)39出かけて……マリアはガリラヤのナザレに住んでいた。

(註)42女の中で祝福された方……ヘブライ的表現で「最も祝福された女」の意味(士師記524節参照)。

(註)47わたしの魂は~……このマリアの歌は旧約のハンナの歌(サムエル記上2110節)に似ている。イエスを身ごもったマリアの個人的な賛美に始まるが、後半では救いを待ち望むすべての人の祈りになっていく。教会はこの歌を「教会の祈り」の中で毎晩、自分たちの祈りとして歌う。

(註)48身分の低い~……直訳では「はしための身分の低さ」。52節の「身分の低い者」の救いにつながるようなことば。

(註)49尊く……「聖である」こと。神が「聖である」ことは、その救いの力によって示される(レビ記1145節など参照)。

(註)50畏れる……「恐怖」というより、神との関係の中で人間が感じ取る無力さ・小ささを表すことば。そこからさらに神に対する人間の正しい態度全体(信頼や愛をも含む)を表すことになる。

(註)54僕イスラエル……イザヤ書418節、493節、参照。イザヤ書4055章では、捕囚の苦しみの中にある民や迫害される預言者自身が、このように呼ばれている。

(註)55アブラハムとその子孫……神の約束を受けた人々の意味。新約聖書では、これは特定の民族を超えて、神を信じ、救いのあずかるすべての人を指す(ルカによる福音書38節、ローマの信徒への手紙411節参照)。イエスは特に、救いを必要としている病人や罪びとを「アブラハムの子孫」と呼んだ(ルカによる福音書1316節、199節参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 815より)

 

 

~~~~~~~815 聖母の被昇天の祭日~~~~~~~

5世紀のエルサレムで8月15日に祝われていた神の母マリアの記念は、6世紀には、マリアの死去の日として東方教会で祝われるようになった。
 7世紀半ばに西方教会にも受け継がれ、マリアの被昇天の名で知られるようになったのは、8世紀になってからである。1950年ピオ12世教皇は、マリアが霊肉ともに天に上げられたことを教義として宣言した。
 教会は、キリストと最も深く結ばれていたマリアが、真っ先にキリストの復活と栄光にあずかっていることを祝っている。
(カトリック中央協議会刊/日本カトリック典礼委員会編・監修『毎日の読書』より)

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8月14日の「聖書と典礼」

814() 年間第20主日  (C年)

わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。

(ルカによる福音書1249節より)

 

 

 〔紀元前6世紀初頭、バビロニア軍の脅威が迫る中で、預言者エレミヤは都にとどまれば滅びしかなく、投降すれば生き延びられるという神のことばを告げたので、交戦を主張する人々の反感を買った。〕

第一朗読          エレミヤ書

あなたは国中で争いの絶えない男である

わたしを産んだ。(エレミヤ書1510節参照)

(38章4-6節、8-10節)

                             エレミヤの預言

4〔その日、役人たちはエレミヤについて〕王に言った。
 「どうか、この男を死刑にしてください。あのようなことを言いふらして、この都に残った兵士と民衆の士気を挫いています。この民のために平和を願わず、むしろ災いを望んでいるのです。」
 5ゼデキヤ王は答えた。
 「あの男のことはお前たちに任せる。王であっても、お前たちの意に反しては何もできないのだから。」
 6そこで、役人たちはエレミヤを捕らえ、監視の庭にある王子マルキヤの水溜めへ綱でつり降ろした。水溜めには水がなく泥がたまっていたので、エレミヤは泥の中に沈んだ。
 
8エベド・メレクは宮廷を出て王に訴えた。
 9「王様、この人々は、預言者エレミヤにありとあらゆるひどいことをしています。彼を水溜めに投げ込みました。エレミヤはそこで飢えて死んでしまいます。もう都にはパンがなくなりましたから。」
10王はクシュ人エベド・メレクに、「ここから三十人の者を連れて行き、預言者エレミヤが死なないうちに、水溜めから引き上げるがよい」と命じた。

() 5ゼデキヤ王……ユダ王国最後の王(在位、紀元前596587年)

() 8エベド・メレク……「王のしもべ」を意味する。ゼデキア王の宮廷に仕えていた宦官であった。10節の「クシュ」はエチオピアのことである。

 

 

 11章で信仰によって生きた旧約時代の人々を思い起こした後、ここではキリスト信者を励ますことばが語られる。〕

第二朗読       ヘブライ人への手紙

自分に定められている競争を忍耐強く走り抜こう。

(12章1-4節)

ヘブライ人への手紙

1〔皆さん、わたしたちは、〕このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、2信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。3あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。
 
4あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません。

() 1おびただしい証人の群れ……神の約束の実現を待ち望み、信仰によって歩んだ旧約時代の人々のこと。

() 2信仰の創始者また完成者……「創始者(アルケーゴス)」には「導きて」と「草分け」の両方の意味がある。イエスによって神への道が開かれ、イエスとともに神のもとに行く約束が成就することを示す。

 

 

 〔先週の福音の続き。厳しいことばは、今が決定的な決断の時であることを表している。〕

福音朗読        ルカによる福音書

わたしが平和をもたらすために来たと思うのか。

そうではない。むしろ分裂だ。

(12章49-53節)

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕49「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。50しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。51あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。52今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。

53父は子と、子は父と、
 母は娘と、娘は母と、
 しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、
 対立して分かれる。」

()49……はっきりとした意味は不明だが、聖霊との関連が考えられる(ルカによる福音書31617節、使徒言行録23節参照)。

()50洗礼……ここでは受難と死(さらに復活)を指す。

()51平和……ここでいう平和は、単に平穏無事な状態のことである。

()  むしろ分裂だ……イエスのメッセージは人々に神の国を受け入れるか否かの決断を迫るので、必然的に分裂が起こるということ。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016814より)

2016年8月 5日 (金)

「夏休みいっしょにべんきょうしよう会」

「夏休みいっしょにべんきょうしよう会」のお知らせ

 

夏休みの毎週水曜日、午前10時から午後3時まで

みんなで夏休みの宿題をする

「夏休みいっしょにべんきょうしよう会」

を開きます。

お問い合わせ:こどもワクワク食堂 えのもと まで

Tel : 070-5463-8902)

◆くわしくは、ここをクリックしてください「a.pdf」をダウンロード

8月 7日の「聖書と典礼」

8 7() 年間第19主日  (C年)

信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクをささげました。

(ヘブライ人への手紙1117節より)

 

 

 〔知恵の書1019章では、イスラエルの歴史の中で働いた神の知恵を思い起こす。ここではエジプト脱出の夜のことが語られ、「待つ」というテーマが福音につながっていく。〕

第一朗読           知恵の書

あなたは、反対者への罰に用いたその出来事で、

わたしたちを招き、光栄を与えてくださった。

(18章69節)

知恵の書

6あの〔過越の〕夜のことは、我々の先祖たちに

前もって知らされており、
彼らはあなたの約束を知って
それを信じていたので、
動揺することなく安心していられた。

7神に従う人々の救いと、敵どもの滅びを、
あなたの民は待っていた。

8あなたは、反対者への罰に用いたその出来事で、
わたしたちを招き、光栄を与えてくださった。

9善き民の清い子らは、ひそかにいけにえを献げ、
神聖な掟を守ることを全員一致で取り決めた。
それは、聖なる民が、順境も逆境も
心を合わせて受け止めるということである。
そのとき彼らは先祖たちの賛歌をうたっていた。

() 6あの夜……主がエジプト人の初子を撃ち、イスラエルの民を救い出した夜のこと(出エジプト記12章参照)。

() 9いけにえ……ここでは過越しの子羊のことを指している。

 

 

 〔神に近づくための新しい生きた道をイエスが開いてくださった(101922節)ことを確信する著者は、人々に忍耐と信仰を求める。〕

第二朗読      ヘブライ人への手紙

アブラハムは、神が設計者であり建設者である都を待望していた。

(11章12節、819節 または 11章12節、812節)

                             ヘブライ人への手紙

  1〔皆さん、〕信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。2昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。
 8信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。9信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。10アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。11信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。12それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。
 
13この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。14このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。15もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。16ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。
17信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクを献げました。つまり、約束を受けていた者が、独り子を献げようとしたのです。18この独り子については、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる」と言われていました。19アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいましたが、それは死者の中から返してもらったも同然です。

() 8アブラハムは~……創世記12章参照。

() 9約束の地……アブラハムが住んだのはカナンの地であるが、神が真に約束されたのは神の安息にあずかることである、とヘブライ書では考えられている(4111節)。次節の「都」、13節の「約束されたもの」、14節の「故郷」もこれと同じことを指している。

()11サラ……アブラハムの妻。創世記1812節では、サラは信じなかった、と伝えられる。

()15出てきた土地……アブラハムの故郷は、二ネべと小アジアを結ぶ隊商路にあったハランという町であった。

()17イサクを献げました~……創世記22章参照。アブラハムへの神の約束は、土地と子孫に関するものだった。この子孫はイサクを通してもたらされるはずのもので、イサクが死んでしまえば、約束は無に帰する。

 

 

 〔「思い悩むな」「ただ、神の国を求めなさい。そうすればこれらのものは加えて与えられる」ということばに続く個所。〕

福音朗読       ルカによる福音書

あなたがたも用意しておきなさい。

(12章3248節、 または 12章3540節)

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕
 
32「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。33自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。34あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。」
35 「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。36主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。37主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。38主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。39このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。40あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」
 
41そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、42主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。43主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。44確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。45しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、46その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。47主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。48しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」

()32小さな群れ……ここでは、直接には、イエスに従ってきた弟子たちを指す。

()37主人は~給仕してくれる……主人が僕に給仕するのはまったく異例なことであるが、イエスの姿によく合う(ルカ福音書2227節参照)。

()41わたしたち……ここでは弟子たちの中での特別な者たちの意味である。すなわち、3540節のたとえはすべての人のために言われているが、4248節のたとえは、共同体の中で特別な役割を持つ人について語られている、と言えよう。

()4748……このことばは、本来はファリサイ派の人や律法学者に向けられたものだったのかもしれないが、ここではもちろん教会の指導者たちへの警告として使われている。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20168 7より)

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