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2016年9月30日 (金)

10月 2日の「聖書と典礼」

10 2() 年間第27主日  (C年)

しなければならないことをしただけです。

(ルカによる福音書1710節より)

 

 〔ハバククはユダ王国末期の預言者で、紀元前六百年ごろ活躍したらしい。国内の不正の横行や外国からの圧迫(15-17節参照)の中で、預言者は神に訴え、神からの答えを受け取っていく。

第一朗読          ハバクク書

神に従う人は信仰によって生きる。

(1章23節、 2章24節)

ハバククの預言

12主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのに
いつまで、あなたは聞いてくださらないのか。
わたしが、あなたに「不法」と訴えているのに
あなたは助けてくださらない。

3どうして、あなたはわたしに災いを見させ
労苦に目を留めさせられるのか。
暴虐と不法がわたしの前にあり
争いが起こり、いさかいが持ち上がっている。

                             

22主はわたしに答えて、言われた。
「幻を書き記せ。
走りながらでも読めるように
板の上にはっきりと記せ。
定められた時のために
もうひとつの幻があるからだ。

3それは終わりの時に向かって急ぐ。
人を欺くことはない。
たとえ、遅くなっても、待っておれ。
それは必ず来る、遅れることはない。
見よ、高慢な者を。
彼の心は正しくありえない。

4しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」

(註)22……幻という形で神はハバククに答えるが、その内容は4節で語られることである。3節の「もう一つの幻」も同じことを指す。

(註) 4神に従う人は~……パウロはローマの信徒への手紙117節でこのことばを引用しているが、そこでは「正しい者は~」となっている。

 

 〔パウロが晩年、弟子のテモテに書き送った手紙。テモテはエフェソの教会の指導者であった。〕

第二朗読       (二)テモテへの手紙

わたしたちの主を証しすることを、恥じてはならない。

(1章68節、1314節)

使徒パウロのテモテへの手紙

6〔愛する者よ、〕わたしが手を置いたことによってあなたに与えられている神の賜物を、再び燃えたたせるように勧めます。7神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。8だから、わたしたちの主を証しすることも、わたしが主の囚人であることも恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。13キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。14あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。

(註) 6手を置いた……特別な使命が授与されたことを意味する。与えられた賜物とは聖霊のことである。なお教会は伝統的にテモテを「司教」と呼んできた。

(註) 8主の囚人……ここでは「主のために捕らわれの身になった人」の意味であろう。殉教(紀元67年か)の直前、パウロはローマの獄中にいた。

 

  〔「17回ゆるしなさい」ということばに続く個所。ここでもイエスは弟子たちのあるべき姿を教える。〕

福音朗読        ルカによる福音書

もしあなたがたに信仰があれば~。

(17章510節)

ルカによる福音

 5使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、6主は言われた。「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、『抜け出して海に根を下ろせ』と言っても、言うことを聞くであろう。
 7あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、『すぐ来て食事の席に着きなさい』と言う者がいるだろうか。8むしろ、『夕食の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕してくれ。お前はその後で食事をしなさい』と言うのではなかろうか。9命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。10あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」

(註) 6からし種一粒ほどの進行……からし種は非常に小さい者のたとえ。

(註) 桑の木……地中海沿岸に多く見られる。マルコによる福音書1122-23節などでは「山」になっている。いずれにせよ、誇張されたたとえで、信仰がすべてを可能にすることを教える。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 10 2より)

2016年9月23日 (金)

9月25日の「聖書と典礼」

925() 年間第26主日  (C年)

神は、定められた時にキリストを現してくださいます。

(一テモテへの手紙615節より)

 

 〔アモスは、北イスラエルがアッシリアに滅ぼされる直前の時代(紀元前8世紀)に活動した預言者。〕

第一朗読           アモス書

今や彼らは寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。

(6章1節a、47節)

アモスの預言

〔主は言われる。〕
1a災いだ、シオンに安住し
 サマリアの山で安逸をむさぼる者らは。
4お前たちは象牙の寝台に横たわり
 長いすに寝そべり
 羊の群れから小羊を取り
 牛舎から子牛を取って宴を開き
5竪琴の音に合わせて歌に興じ
 ダビデのように楽器を考え出す。
6大杯でぶどう酒を飲み
 最高の香油を身に注ぐ。
 しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。
7それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き
 寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。
 

(註) 1シオン サマリアの山……シオンは南王国の首都エルサレムを指す。サマリアは北王国の首都。ここで批判されているのは、イスラエルの民の支配者たちである。

(註) 6ヨセフ……北イスラエルの中心部族の祖。ここでは北王国全体を意味している。

 

 〔エフェソの教会の指導者であるテモテに充てた指示の結びと神への賛美。〕

第二朗読        (一)テモテへの手紙

主が再び来られるときまで、掟を守りなさい。

(6章1116節)

使徒パウロのテモテへの手紙

11神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。12信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。13万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。14わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。15神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、16唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。

(註)13ポンティア・ピラトの面前で・・・・・・イエスが逮捕され、尋問を受けたときのこと。

(註)15王の王……「最高の王」の意味。次の「主の主」も同様。

 

 〔このたとえは、「金に執着するファリサイ派」(14節)に向けて語られた。律法に忠実に生きると言いながら、実は金に執着し、貧しい人を顧みないファリサイ派の態度をイエスは痛烈に批判する。〕

福音朗読        ルカによる福音書

お前は良い物をもらっていたが、ラザロは悪い物をもらっていた。

今は、ここで彼は認められ、お前はもだえ苦しむ。

(16章1931節)

ルカによる福音

〔そのとき、イエスはファリサイ派の人々に言われた。〕19「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。20この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、21その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。22やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。23そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。24そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』25しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。26そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』27金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。28わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』29しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』30金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』31アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

(註)20ラザロ……たとえ話に人命が出るのはめずらしい。「ラザロ」はヘブライ語では「エレアザル」で「神は助けたもう」という意味。

(註)21……不浄の動物と考えられていた。

(註)22宴席にいるアブラハムのすぐそばに~……神の国に招き入れられたことを示す表現。ラザロが特に義人であったとは述べられていない。 神が貧しい人を顧みられる、というのはルカによる福音の特徴である(153節、620-26節など参照)。                                                                                      

(註)23陰府でさいなまれ~……これらの描写は、当時の人々の来世に関する考え方に基づいている。イエスの意図は、死後の世界を具体的に描写することにあるのではない。

(註)29モーセと預言者……旧約聖書全体を意味する。その中で繰り返し、貧しい人に配慮すべきことが語られていた(申命記1511節、イザヤ書586-7節など参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 925より)

2016年9月16日 (金)

9月18日の「聖書と典礼」

918() 年間第25主日  (C年)

この方はすべての人の贖いとしてご自身を捧げられました。

(一テモテへの手紙26節より)

 

 〔アモスは紀元前8世紀に北イスラエル王国で活動した預言者。王や富んだ人々の不正を厳しく批判した。〕

第一朗読           アモス

弱い者を金で買い取る人に対する主のことば。

(8章47節)

アモスの預言

4このことを聞け。
 貧しい者を踏みつけ
 苦しむ農民を押さえつける者たちよ。
5お前たちは言う。「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。6弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。」
7主はヤコブの誇りにかけて誓われる。
 「わたしは、彼らが行ったすべてのことを
 いつまでも忘れない。」

(註) 4苦しむ農民……直訳では「地の貧しい者」。

(註) 5新月祭……月の初めの日で、安息日とともに、祭日として守られた。

(註) エファ升……1エファは約23リットルにあたる。升を小さくすれば、売る側のもうけは当然大きくなる。

(註) 7ヤコブの誇り……アモス書68節では「神殿」を指すが、ここでは神ご自身のことであろう。

 

 

 〔教会の指導者であるテモテに与える指示として、パウロはまず、礼拝について述べる。〕

第二朗読        一テモテへの手紙

祈りをすべての人々のためにささげなさい。

神は、すべての人々が救われることを望んでおられる。

(2章18節)

使徒パウロのテモテへの手紙

 1〔愛する者よ、〕まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。2王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。3これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。4神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。5神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。
 だから、わたしが望むのは、男は怒らず争わず、清い手を上げてどこででも祈ることです。

(註) 1すべての人々……ここで「すべての人々」が強調されるのは、4節の神の望みに基づいているのであろう。

(註) 2王たち……ローマ皇帝のことであるが、当時のローマ皇帝はキリスト者を迫害していた。イエスも「迫害する者のために祈れ」と命じている(マタイによる福音書544節)。

(註) 8清い手を上げて~祈る……当時の人は普通、手を上げて祈った。「清い手」はもちろん、心の清さを意味する。

 

 

 〔この話は、ルカだけが伝えるたとえ話である。ルカ16章には、金銭に関する教えが集められている。〕

福音朗読       ルカによる福音書

あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。

(16章113節、 または 16章1013節)

ルカによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕1「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。2そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』3管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。4そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』5そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。6『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』7また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』8主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。9そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」
10「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。11だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。12また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。13どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

(註) 1弟子たちに……新共同訳の本文では「弟子たちにも」となっている。この話はファリサイ派も聞いていた(14節参照)。

(註) 6バトス……容量の単位。約23リットル。

(註) 書き直しなさい……これは単に偽りの文章を作るということではなく、律法で禁じられていた利息分(あるいは自分の手数料分)を差し引いたとも考えられる。

(註) 7コロス……約230リットル。

(註) 9不正にまみれた富……直訳は「不正なマンモン」であるが、不正な手段で得た富という意味ではなく、「この世の富」という意味。

(註) 友達を作りなさい……貧しい人に施しをしてその友となれ、という意味にもとれるが、そうすることによって神の友になりなさい、という意味にもとれる。

(註)11本当に価値あるもの……弟子たちに任された真理の言葉のことであろうか。

(註)12他人のもの……この世の財産は神から人に任されたものである。

(註) あなたがたのもの……神が本当に弟子たちに与えてくださる天の宝のこと。

(註)13どんな召使も~……本節の教えは、マタイによる福音書624節にも見られる。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 918より)

2016年9月 9日 (金)

9月11日の「聖書と典礼」

911() 年間第24主日  (C年)

見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください。

(ルカによる福音書156節より)

 

 〔モーセが神のことばを聞くためにシナイ山に登り、四十日四十夜そこにとどまっていた間に、山のふもとで待っていた民とアロンは神の戒めに背き、金の子牛を造ってそれを礼拝した。〕

第一朗読         出エジプト記

主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。

(32章711節、1314節)

出エジプト記

 7〔その日、〕主はモーセに仰せになった。「直ちに下山せよ。あなたがエジプトの国から導き上った民は堕落し、8早くもわたしが命じた道からそれて、若い雄牛の鋳像を造り、それにひれ伏し、いけにえをささげて、『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ』と叫んでいる。」9主は更に、モーセに言われた。「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である。10今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅ぼし尽くし、あなたを大いなる民とする。」11モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出した』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。

13どうか、あなたの僕であるアブラハム、イサク、イスラエルを思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓って、『わたしはあなたたちの子孫を天の星のように増やし、わたしが与えると約束したこの土地をことごとくあなたたちの子孫に授け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」14主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。

(註) 8若い雄牛の鋳像を造り……偶像を造り、それを礼拝することは十戒で厳しく禁じられていた(出エジプト記204-6節参照)。

(註)13イスラエル……イサクの子ヤコブの別名。イスラエルの民がヤコブの子孫であることを強調している。

(註)  わたしはあなたたちの子孫を……創世記264節、3511-12節などに示された神の確かな約束のことば。

 

 〔パウロは、「信仰によるまことの子」と呼ぶテモテに教会の指導に関する指示を書き送る。きょうの箇所はパウロ自信の体験についての神への感謝と、自分の使徒職について述べている。〕

第二朗読       (一)テモテへの手紙

キリストは罪びとを救うために世に来られた。

(1章1217節)

使徒パウロのテモテへの手紙

 12〔愛する者よ、わたしは、〕わたしを強くしてくださった、わたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして務めに就かせてくださったからです。

13以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。14そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。15「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。16しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。17永遠の王、不滅で目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

(註)13神を冒瀆するもの~……ここでパウロは自分がかってキリスト者を迫害していたこと、ダマスコ途上でキリストに出会い、回心したことを思い出している。

 

 〔イエスの罪びととの会食はファリサイ派の人々を躓かせた。彼らの批判にこたえてイエスが語ったこれらのたとえ話は、イエスの行動の意味を明らかにし、神の望みが何であるかを示すものであった。〕

福音朗読       ルカによる福音書

悔い改める一人の罪びとについては、大きな喜びが天にある。

(15章132節、 または 15章110節)                              

ルカによる福音

1〔そのとき、〕徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。2すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。3そこで、イエスは次のたとえを話された。4「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。5そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、6家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。7言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。
 
8あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。9そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。10言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」
 また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。
 ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

(註) 7悔い改める必要のない……自分が正しいと思っているファリサイ派の人や律法学者のことを指しているようである(ルカによる福音書532節参照)。

(註) 8ドラクメ銀貨……ギリシャの銀貨で、1デナリオンに相当する。1デナリオンは一日の日当にあたる額。

(註)10神の天使たちの間に~……7節の「喜びが天にある」と同様、「神が喜ばれる」ということの婉曲な言い方。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 911より)

2016年9月 2日 (金)

9月 4日の「聖書と典礼」

9 4() 年間第23主日  (C年)

主の御旨を悟りうる者がいるでしょうか。

(第1朗読主題句 知恵の書 913節より)

 

 

 〔「神がくださるのでなければ、知恵を得ることはできない」(821節)と知った人の知恵を求める祈り。本書が書かれたのは紀元前1世紀ごろであるが、知恵を神に願ったソロモン王(紀元前10世紀)の祈りという形で記されている。列王記3515節参照〕

第一朗読           知恵の書

主の御旨を悟りうる者がいるのでしょうか。

(9章1318節)

知恵の書

13「神の計画を知りうる者がいるでしょうか。
主の御旨を悟りうる者がいるでしょうか。

14死すべき人間の考えは浅はかで、
わたしたちの思いは不確かです。

15朽ちるべき体は魂の重荷となり、
地上の幕屋が、悩む心を圧迫します。

16地上のことでさえかろうじて推し量り、
手中にあることさえ見いだすのに苦労するなら、
まして天上のことをだれが探り出せましょう。

17あなたが知恵をお与えにならなかったなら、
天の高みから聖なる霊を遣わされなかったなら、
だれが御旨を知ることができたでしょうか。

18こうして地に住む人間の道はまっすぐにされ、
人はあなたの望まれることを学ぶようになり、
知恵によって救われたのです。」

(註)15地上の幕屋……肉体のこと。

 

 

 〔フィレモンはコロサイの裕福なキリスト者であった。フィレモンのもとから逃れ、パウロに出会ってキリスト者になった逃亡奴隷のオネシモを、元の主人フィレモンのもとに送り返すにあたっての手紙。〕

第二朗読       フィレモンへの手紙

もはや奴隷としてではなく、愛する兄弟として、彼を迎え入れてください。

(9b10節、1217節)

使徒パウロのフィレモンへの手紙

9〔愛する者よ、〕年老いて、今はまた、キリスト・イエスの囚人となっている、このパウロ〔は、〕10監禁中にもうけたわたしの子オネシモのことで、頼みがあるのです。12わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。13本当は、わたしのもとに引き止めて、福音のゆえに監禁されている間、あなたの代わりに仕えてもらってもよいと思ったのですが、14あなたの承諾なしには何もしたくありません。それは、あなたのせっかくの善い行いが、強いられたかたちでなく、自発的になされるようにと思うからです。15恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。16その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。オネシモは特にわたしにとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。
 
17だから、わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください。

(註) 9キリスト・イエスの囚人……「キリストに捕らえられている」ということと「キリストゆえに囚人となっている」ことの両方の意味がある。この手紙は獄中から書かれたものであるが、その場所は定かではない。

(註)16奴隷……当時の社会は奴隷制度によって成り立っていた。パウロはこの制度自体を完全に否定しているわけではないが、奴隷制度を超える道を示している。

 

 

                              〔この塔と王のたとえはルカだけが伝えるもの。イエスはエルサレムへ向かう旅、十字架を経て天に向かう旅を続けている。従う人々へのイエスのことばは厳しさを増してきている。〕

福音朗読        ルカによる福音書

自分の持ち物を一切捨てないならば、わたしの弟子ではありえない。

(14章2533節)

ルカによる福音

  25〔そのとき、〕大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。26「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。

27自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。28あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。29そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、30『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。31また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。32もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。33だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」 

(註)26憎まないなら……「憎む」はここでは、「より少なく愛する」という意味。マタイによる福音書1037節参照。

(註)28まず腰を据えて……次のたとえ(31節)でも繰り返されるこのことばは、この二つのたとえ話のメッセージの中心であると考えられる。

 (オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 9 4より)

 

 

◇被造物を大切にする世界祈願日(9月の第1日曜日)

 回勅『ラウダート・シ──ともに暮らす家を大切に』(2015年)で、全世界の人に向けて、エコロジー(自然保護)に取り組むよう訴えた教皇フランシスコは、東方正教会にならって、環境保護のための助けを願う日をカトリック教会の暦に加えました。
 地球規模の環境悪化が進む中、自然を破壊することなく、「わたしたち皆の家」である地球を大切にし、調和のうちに発展していくことができるよう、この日、全世界のカトリック教会で祈りがささげられます。
いのちの与え主である神に賛美と感謝をささげるとともに、自然を大切にする視点から、ライフスタイルを見直し、考え方を改める機会としていきたいものです。

(カトリック中央協議会刊『毎日のミサ』2016年9月号 より)

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