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2016年9月16日 (金)

9月18日の「聖書と典礼」

918() 年間第25主日  (C年)

この方はすべての人の贖いとしてご自身を捧げられました。

(一テモテへの手紙26節より)

 

 〔アモスは紀元前8世紀に北イスラエル王国で活動した預言者。王や富んだ人々の不正を厳しく批判した。〕

第一朗読           アモス

弱い者を金で買い取る人に対する主のことば。

(8章47節)

アモスの預言

4このことを聞け。
 貧しい者を踏みつけ
 苦しむ農民を押さえつける者たちよ。
5お前たちは言う。「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。6弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。」
7主はヤコブの誇りにかけて誓われる。
 「わたしは、彼らが行ったすべてのことを
 いつまでも忘れない。」

(註) 4苦しむ農民……直訳では「地の貧しい者」。

(註) 5新月祭……月の初めの日で、安息日とともに、祭日として守られた。

(註) エファ升……1エファは約23リットルにあたる。升を小さくすれば、売る側のもうけは当然大きくなる。

(註) 7ヤコブの誇り……アモス書68節では「神殿」を指すが、ここでは神ご自身のことであろう。

 

 

 〔教会の指導者であるテモテに与える指示として、パウロはまず、礼拝について述べる。〕

第二朗読        一テモテへの手紙

祈りをすべての人々のためにささげなさい。

神は、すべての人々が救われることを望んでおられる。

(2章18節)

使徒パウロのテモテへの手紙

 1〔愛する者よ、〕まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。2王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。3これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。4神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。5神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。
 だから、わたしが望むのは、男は怒らず争わず、清い手を上げてどこででも祈ることです。

(註) 1すべての人々……ここで「すべての人々」が強調されるのは、4節の神の望みに基づいているのであろう。

(註) 2王たち……ローマ皇帝のことであるが、当時のローマ皇帝はキリスト者を迫害していた。イエスも「迫害する者のために祈れ」と命じている(マタイによる福音書544節)。

(註) 8清い手を上げて~祈る……当時の人は普通、手を上げて祈った。「清い手」はもちろん、心の清さを意味する。

 

 

 〔この話は、ルカだけが伝えるたとえ話である。ルカ16章には、金銭に関する教えが集められている。〕

福音朗読       ルカによる福音書

あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。

(16章113節、 または 16章1013節)

ルカによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕1「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。2そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』3管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。4そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』5そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。6『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』7また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』8主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。9そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」
10「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。11だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。12また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。13どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

(註) 1弟子たちに……新共同訳の本文では「弟子たちにも」となっている。この話はファリサイ派も聞いていた(14節参照)。

(註) 6バトス……容量の単位。約23リットル。

(註) 書き直しなさい……これは単に偽りの文章を作るということではなく、律法で禁じられていた利息分(あるいは自分の手数料分)を差し引いたとも考えられる。

(註) 7コロス……約230リットル。

(註) 9不正にまみれた富……直訳は「不正なマンモン」であるが、不正な手段で得た富という意味ではなく、「この世の富」という意味。

(註) 友達を作りなさい……貧しい人に施しをしてその友となれ、という意味にもとれるが、そうすることによって神の友になりなさい、という意味にもとれる。

(註)11本当に価値あるもの……弟子たちに任された真理の言葉のことであろうか。

(註)12他人のもの……この世の財産は神から人に任されたものである。

(註) あなたがたのもの……神が本当に弟子たちに与えてくださる天の宝のこと。

(註)13どんな召使も~……本節の教えは、マタイによる福音書624節にも見られる。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 918より)

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