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2016年9月23日 (金)

9月25日の「聖書と典礼」

925() 年間第26主日  (C年)

神は、定められた時にキリストを現してくださいます。

(一テモテへの手紙615節より)

 

 〔アモスは、北イスラエルがアッシリアに滅ぼされる直前の時代(紀元前8世紀)に活動した預言者。〕

第一朗読           アモス書

今や彼らは寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。

(6章1節a、47節)

アモスの預言

〔主は言われる。〕
1a災いだ、シオンに安住し
 サマリアの山で安逸をむさぼる者らは。
4お前たちは象牙の寝台に横たわり
 長いすに寝そべり
 羊の群れから小羊を取り
 牛舎から子牛を取って宴を開き
5竪琴の音に合わせて歌に興じ
 ダビデのように楽器を考え出す。
6大杯でぶどう酒を飲み
 最高の香油を身に注ぐ。
 しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。
7それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き
 寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。
 

(註) 1シオン サマリアの山……シオンは南王国の首都エルサレムを指す。サマリアは北王国の首都。ここで批判されているのは、イスラエルの民の支配者たちである。

(註) 6ヨセフ……北イスラエルの中心部族の祖。ここでは北王国全体を意味している。

 

 〔エフェソの教会の指導者であるテモテに充てた指示の結びと神への賛美。〕

第二朗読        (一)テモテへの手紙

主が再び来られるときまで、掟を守りなさい。

(6章1116節)

使徒パウロのテモテへの手紙

11神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。12信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。13万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。14わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。15神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、16唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。

(註)13ポンティア・ピラトの面前で・・・・・・イエスが逮捕され、尋問を受けたときのこと。

(註)15王の王……「最高の王」の意味。次の「主の主」も同様。

 

 〔このたとえは、「金に執着するファリサイ派」(14節)に向けて語られた。律法に忠実に生きると言いながら、実は金に執着し、貧しい人を顧みないファリサイ派の態度をイエスは痛烈に批判する。〕

福音朗読        ルカによる福音書

お前は良い物をもらっていたが、ラザロは悪い物をもらっていた。

今は、ここで彼は認められ、お前はもだえ苦しむ。

(16章1931節)

ルカによる福音

〔そのとき、イエスはファリサイ派の人々に言われた。〕19「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。20この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、21その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。22やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。23そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。24そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』25しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。26そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』27金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。28わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』29しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』30金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』31アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

(註)20ラザロ……たとえ話に人命が出るのはめずらしい。「ラザロ」はヘブライ語では「エレアザル」で「神は助けたもう」という意味。

(註)21……不浄の動物と考えられていた。

(註)22宴席にいるアブラハムのすぐそばに~……神の国に招き入れられたことを示す表現。ラザロが特に義人であったとは述べられていない。 神が貧しい人を顧みられる、というのはルカによる福音の特徴である(153節、620-26節など参照)。                                                                                      

(註)23陰府でさいなまれ~……これらの描写は、当時の人々の来世に関する考え方に基づいている。イエスの意図は、死後の世界を具体的に描写することにあるのではない。

(註)29モーセと預言者……旧約聖書全体を意味する。その中で繰り返し、貧しい人に配慮すべきことが語られていた(申命記1511節、イザヤ書586-7節など参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2016 925より)

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