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2016年11月11日 (金)

2016年11月13日の「聖書と典礼」

1113() 年間第33主日  (C年)

忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。

(ルカによる福音書2119節)

 

 〔マラキ書は紀元前5世紀前半に書かれたと考えられている。バビロン捕囚から解放され、エルサレムの神殿は再建されたものの、社会にも、祭儀の上にも混乱があった。悪事を行って栄える者がいる中で、預言者は主の裁きを約束する。〕

第一朗読           マラキ書

あなたたちには義の太陽が昇る。

(3章1920節a)

マラキの預言

19見よ、その日が来る
炉のように燃える日が。
高慢な者、悪を行う者は
すべてわらのようになる。
到来するその日は、と万軍の主は言われる。
彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。

20aしかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには
義の太陽が昇る。
その翼にはいやす力がある。

(註)20義の太陽……ここでは正義と輝きに満ちた神の救いの介入の象徴。なお、古代の人は、太陽に翼があり、その翼で大空を移動している、と考えていた。

 

 〔この手紙はキリストの再臨について語ってきた。しかし、テサロニケの教会には、この終末についての教えを誤解し、終わりが来るのなら、今の生活や労働はどうでもよいと考え、怠慢な生活をしているものがいたようである。このような問題についてパウロは厳しい態度を示している。〕

第二朗読    (二)テサロニケの信徒への手紙

働きたくない者は、食べてはならない。

(3章712節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

〔皆さん、あなたがたは、〕わたしたちにどのように倣えばよいか、よく知っています。わたしたちは、そちらにいたとき、怠惰な生活をしませんでした。また、だれからもパンをただでもらって食べたりはしませんでした。むしろ、だれにも負担をかけまいと、夜昼大変苦労して、働き続けたのです。援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした。実際、あなたがたのもとにいたとき、わたしたちは、「働きたくない者は、食べてはならない」と命じていました。ところが、聞くところによると、あなたがたの中には怠惰な生活をし、少しも働かず、余計なことをしている者がいるということです。そのような者たちに、わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。

 

 〔イエスの宣教活動の結びにあたる終末についての説教。イエスはこの世に残していく弟子たちに苦難や迫害を予告し、その中で保護と助けを約束する。〕

福音朗読        ルカによる福音書

忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。

(21章519節)

ルカによる福音

 5〔そのとき、〕ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。6「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
 
7そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」8イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。9戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」10そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。11そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。12しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。13それはあなたがたにとって証しをする機会となる。14だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。15どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。16あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。17また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。18しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。19忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

(註) 6一つの石も崩されずに~……エルサレム神殿崩壊の予告であるが、ルカ福音書が書かれた時点で、神殿崩壊はすでに現実のことになっていた(紀元70年のこと)。しかし、それは世の終わりそのものではなかった(9節参照)。

(註)18髪の毛一本……神の確かな配慮と守りを表す表現。ルカによる福音127節参照。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20161113より)

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