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2016年11月 4日 (金)

2016年11月6日の「聖書と典礼」

11 6() 年間第32主日  (C年)

すべての人は、神によって生きている。

(ルカによる福音書2038節より)

 

 〔紀元前2世紀、シリア王アンティオコス四世の時代の大迫害の中での出来事。この七人の兄弟と母親のすべてが殉教することになるが、この迫害の中で復活に対するする希望が表明される。〕

第一朗読        (二)マカバイ記

世界の王は、我々を永遠のいのちへとよみがえらせてくださる。

(7章12節、914節)

マカバイ記

1〔その日、〕七人の兄弟が母親と共に捕らえられ、鞭や皮ひもで暴行を受け、律法で禁じられている豚肉を口にするよう、王に強制された。2彼らの一人が皆に代わって言った。「いったいあなたは、我々から何を聞き出し、何を知ろうというのか。我々は父祖伝来の律法に背くくらいなら、いつでも死ぬ用意はできているのだ。」
 
9〔二番目の者も〕息を引き取る間際に言った。「邪悪な者よ、あなたはこの世から我々の命を消し去ろうとしているが、世界の王は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しい命へとよみがえらせてくださるのだ。」
10彼に続いて三番目の者もなぶりものにされた。彼は命ぜられると即座に舌を差し出し、勇敢に両手を差し伸べ、11毅然として言った。「わたしは天からこの舌や手を授かったが、主の律法のためなら、惜しいとは思わない。わたしは、主からそれらを再びいただけるのだと確信している。」12そこで、王自身も、供の者たちも、苦痛をいささかも意に介さないこの若者の精神に驚嘆した。
13やがて彼も息を引き取ると、彼らは四番目の者も同様に苦しめ、拷問にかけた。14死ぬ間際に彼は言った。「たとえ人の手で、死に渡されようとも、神が再び立ち上がらせてくださるという希望をこそ選ぶべきである。だがあなたは、よみがえって再び命を得ることはない。」 

(註) 1豚肉……ユダヤ人にとっては汚れた動物で、その肉を食べることは律法で禁じられていた。一方、ギリシャ人は子豚の血を清めに用いていた。

(註) 9世界の王……もちろん、神のこと。人間の王と対比してこういう。

(註)14立ち上がらせ……ギリシャ語で「アニステーミ」。新約聖書で「復活させる」と訳される語である。次の「よみがえって」は「アナスタシス」でその名詞形。

 

 〔パウロは第二回の宣教旅行でテサロニケに滞在して宣教した。この手紙はおそらくコリントから書き送ったもの。離れていても、パウロの心は祈りのうちにテサロニケの人々とつながっている。〕

第二朗読    (二)テサロニケの信徒への手紙

神があなたがたを強め、いつも善い働きをし、

良い言葉を語る者としてくださるように。

(2章16節〜3章5節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

216〔皆さん、〕わたしたちの主イエス・キリスト御自身、ならびに、わたしたちを愛して、永遠の慰めと確かな希望とを恵みによって与えてくださる、わたしたちの父である神が、17どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。
3-1終わりに、兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、あなたがたのところでそうであったように、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、2また、わたしたちが道に外れた悪人どもから逃れられるように、と祈ってください。すべての人に、信仰があるわけではないのです。3しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。4そして、わたしたちが命令することを、あなたがたは現に実行しており、また、これからもきっと実行してくれることと、主によって確信しています。5どうか、主が、あなたがたに神の愛とキリストの忍耐とを深く悟らせてくださるように。 

(註) 2道を外れた悪人ども……使徒言行録17章によれば、パウロはテサロニケで宣教したとき、ユダヤ人のねたみを買い、暴動がおこった。

 

 〔エルサレムの神殿での、イエスと当時の宗教的な指導者たちとの論争の一つ。〕

福音朗読       ルカによる福音書

神は死んだ者の神ではなく、生きているものの神なのだ。

(20章2738節、 または 20章27節、3438節)

ルカによる福音

27〔そのとき、〕復活があることを否定するサドカイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに尋ねた。
28「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が妻をめとり、子がなくて死んだ場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。29ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、子がないまま死にました。30次男、31三男と次々にこの女を妻にしましたが、七人とも同じように子供を残さないで死にました。32最後にその女も死にました。33すると復活の時、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです。」

34イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりするが、35次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。36この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。37死者が復活することは、モーセも『柴』の個所で、主をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼んで、示している。38神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。」

(註)27サドカイ……神殿と結びついていたユダヤ教の一派。保守的でモーセ五書(創世記~申命記)のみを正典として認め、天使や復活を信じなかった。

(註)28ある人の兄が~……申命記255節参照。このような結婚は「レビラト婚」と呼ばれる。家名を存続させ、財産が人手に渡るのを防ぐのが目的である。

(註)35めとることも嫁ぐこともない……復活のありさまがこの世のありさまとまったく異なることを指摘している。

(註)37モーセも「柴」の箇所で~……出エジプト記36節参照。サドカイ派が相手なので彼らが重んじているモーセ五書の箇所を用いて語っている。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201611 6より)

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