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2017年2月10日 (金)

2017年 2月12日の「聖書と典礼」

212日 年間第6主日 (A年)

わたしが来たのは律法や預言者を……完成するためである。

(マタイによる福音書 517節より)

 

 〔「主が初めに人間を造られたとき、自分で判断する力をお与えになった。」(14節)。だから、人が罪を犯すのは神の意志ではなく、あくまで人間の意志と責任に基づくことが主張されている。〕

第一朗読            シラ書

主は、不信仰であれとは、だれにも命じたことはなかった。

(15章1520節)

シラ書

15その意志さえあれば、お前は掟を守り、
しかも快く忠実にそれを行うことができる。
16主は、お前の前に火と水を置かれた。
手を差し伸べて、欲しい方を取ればよい。
17人間の前には、生と死が置かれている。
望んで選んだ道が、彼に与えられる。
18主の知恵は豊かであり、
主の力は強く、すべてを見通される。
19主は、御自分を畏れる人たちに目を注がれる。
人間の行いはすべて主に知られている。
20主は、不信仰であれとは、
だれにも命じたことはなく、
罪を犯すことを、許されたこともなかった。

(註)15その意志さえあれば~……申命記301114節参照。

(註)18すべてを見通される……詩編331315節参照。

 

 〔パウロのコリントでの宣教は「知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるもの」(24節)だった。〕

第二朗読     一コリントの信徒への手紙

神はわたしたちに栄光を与えるために、

世界の始まる前から知恵を定めておられた。〕

(2章610節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 6〔皆さん、〕わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。7わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。8この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。9しかし、このことは、
 「目が見もせず、耳が聞きもせず、
 人の心に思い浮かびもしなかったことを、
 神は御自分を愛する者たちに準備された」
と書いてあるとおりです。
10わたしたちには、神がによってそのことを明らかに示してくださいました。は一切のことを、神の深みさえも究めます。

(註) 7神秘としての神の知恵……神がキリストの十字架によって世を救われる、ということ。パウロは十字架につけられたキリストこそ「神の力、神の知恵」(124節)であるという。

(註) 9目が見もせず~……イザヤ書643節、5215節、シラ書110節参照。厳密な引用とは言えない。

(註)10 “霊”……神の霊のこと。

 

 〔山上の説教(マタイ福音書57章)は初代教会の中で新しく信者になった人々への教えとして集められたとも考えられている。ここで、ファリサイ派や律法学者の儀と異なる、キリスト者の儀が語られる。〕                              

福音朗読      マタイによる福音書 

昔の人はこのように命じられている。しかし、わたしは言っておく

(5章1737節 または 5章2022節a、2728節、3334節a、37節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕17「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。18はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。19だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」
20「言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。
 
21あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。22しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。
兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。
23だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、24その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。25あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。26はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。
 
27あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。28しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
29もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。30もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。
 
31『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。32しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。
 
33また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。34しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。
天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。
35地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。36また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。
37あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」

(註)17律法や預言者を~……「律法と預言者」は旧約聖書全体を示すことば。同じ山上の説教の中で、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ、律法と預言者である」(712節)と言われている。このような形でイエスは律法を「完成する」のである

(註)21殺すな~……出エジプト記2013節、申命記517節にある「十戒」のことば。後半は出エジプト記2112節、レビ記2417節に似ている。

(註)22兄弟に「ばか」~……明らかに誇張された表現であるが、「殺しさえしなければ罪にならない」という考えに陥りがちな律法主義に反対している。

(註)22一クァドランス……当時の一日の賃金の64分の1

(註)27姦淫するな……出エジプト記2014節、申命記518節参照。

(註)28他人の妻……前後関係からこう訳されているが、原語は女性一般を意味することば。

(註)2930もし、右の目が~……マタイ福音書1889節、マルコ福音書94347節参照。

(註)31妻を離縁する者は~……・申命記241節の引用。マルコ福音書104節、マタイ福音書197節参照。

(註)32不法な結婚……「不法な」の元のことばは、売春行為、転じて不道徳な性関係一般を指すが、この訳は近親結婚など(レビ記186節以下)を指すと解している。

(註)33偽りの誓いを~……レビ記1912節、民数記302節、申命記232224節参照。

(註)35大王の都……「大王」は神のこと(詩編483節参照)。

(註) 頭にかけて……「自分の生命にかけて」の意味。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2017 212より)

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