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2017年5月28日 (日)

2017年 5月28日の「聖書と典礼」

2017年 5月28日の「聖書と典礼」

「主の昇天」

わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。

(マタイによる福音書28章20節より)

 

 〔ルカ福音書はイエスの活動を昇天の出来事で結んでいるが、その続きとして書かれた「使徒言行録」は同じ出来事に始まり、聖霊に満たされた使徒たちの活動を描く。〕

第一朗読          使徒言行録

イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた。

(1章111節) 

使徒たちの宣教

1-2テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
3イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。4そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。5ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
6さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。7イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」9こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

(註) 1テオフィロ……この名の意味は、「神を愛する人」あるいは「神に愛された人」。ルカ福音書も同じ名前の人にささげられている。「第1巻」とはルカ福音書のこと。

(註) 4父の約束されたもの……聖霊のこと(ルカ福音書24章49節参照)。

(註) 5聖霊による洗礼……「洗礼」の元の意味は「沈める、浸す」。聖霊の中に浸されること、すなわち弟子たちが聖霊に覆われる聖霊降臨の出来事を指している。

(註) 6国を建て直し……弟子たちは地上の王国を考えているようであるが、イエスの答えは、神の国の完成とそのために弟子たちに授けられる使命を語っている。

(註)10二人の人……天使である。

 

 〔パウロがエフェソのキリスト者のためにささげる祈り。人々のための祈りは、後半で神の偉大な恵みの力への賛美となっていく。〕

第二朗読      エフェソの信徒への手紙

神はキリストを天において御自分に右の座につかせた。

(1章1723節)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

17〔皆さん、〕どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、18心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。19また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。20神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、21すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。22神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。23教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

(註)20右の座……詩編1101節参照。神から全権を委任された者のつくべき座。

(註)22すべてのものを~足者に従わせ……詩編87節からとられた表現。

(註) 頭として教会に……23節にあるように、パウロはたびたび教会を「キリストの体」と呼んだが、キリストをその頭と呼ぶのが、エフェソ書やコロサイ書(118節参照)の特徴である。

 

  〔マタイ福音書の結びの部分。人々をイエスの「弟子にする」ということは、イエス自身が初めからしてきたこと(418節以下参照)であるが、同じ氏名がこの弟子たちに引き継がれていくことになる。〕

福音朗読        マタイによる福音書 

わたしは天と地の一切の権能を授かっている。

(28章1620節)

マタイによる福音

16〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。17そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

(註)19父と子と聖霊の名によって……聖書の中で、ここだけに見られる表現。直訳は「父と子と聖霊の名の中に(沈める)」(なお、洗礼については第1朗読の注参照)。洗礼は父と子と聖霊のいのちの中に人々を招き入れるものである。

(註)20共にいる……マタイ福音書123節参照。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2017528より)

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