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2017年9月 9日 (土)

2017年 9月10日の「聖書と典礼」

2017年 9月10日の「聖書と典礼」

「年間第23主日」 A

二人または三人がわたしの名によって集まるところには、

わたしもその中にいる。

(マタイによる福音書1820節より)

 

 〔エゼキエルは紀元前六世紀のバビロン捕囚の時代に、捕囚の地で活動した預言者。彼の使命は民を断罪することではなく、民を回心させ、新しく生まれ変わらせることであった。〕

第一朗読         エゼキエル書

あなたが悪人に警告しないなら、

血の責任をわたしはお前の手に求める。

(33章79節)

エゼキエルの預言

 〔主の言葉がわたしに臨んだ。〕7「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが、わたしの口から言葉を聞いたなら、わたしの警告を彼らに伝えねばならない。8わたしが悪人に向かって、『悪人よ、お前は必ず死なねばならない』と言うとき、あなたが悪人に警告し、彼がその道から離れるように語らないなら、悪人は自分の罪のゆえに死んでも、血の責任をわたしはお前の手に求める。9しかし、もしあなたが悪人に対してその道から立ち帰るよう警告したのに、彼がその道から立ち帰らなかったのなら、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。」

(註) 7人の子・・・・・・一人の人間にすぎないが、同時に神との特別な関係に立つ人。ここではもちろん、エゼキエル自信を指す。

(註) イスラエルの家の見張り・・・・・・朗読個所の前の1-6節では、国が攻撃されたときに危険を告げる「見張り」の役割が語られている。預言者の指名もそれにたとえられる。

(註) 8必ず死なねばならない・・・・・・神に対する不従順の結末を表す。創世記217節参照。

(註) 血・・・・・・「血」は生命の宿るところと考えられていた。ここでは「命」と同じ意味。

 

 〔ローマ書12章から始まる、キリスト者の生き方を語る倫理的勧告の中の一節である。〕

第二朗読      ローマの信徒への手紙

愛は律法を全うする。

(13章810節)

使徒パウロのローマの教会への手紙

8 〔皆さん、〕互いに 愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。9「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。10愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

(註) 8借り・・・・・・「借りがある」とは義務を負うということ。前節137節につながる表現で、愛し合うと事こそが求められていることを示す。

(註) 9姦淫するな~・・・・・・十戒の後半にある人間関係の根本を律する言葉(出エジプト記201317節、申命記51721節参照)。

(註) 隣人を~・・・・・・レビ記1918節、マタイ福音書223440節参照。

 

 〔マタイ福音書18章は教会共同体のあり方について語る。その中で特に小さいものへの配慮が強調されている。罪を犯した兄弟も「小さい者」「迷った羊」なのであり、そのような兄弟をも見失わないようにする努力が求められる。〕

福音朗読          マタイ福音書

言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。

(18章1520節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕15「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。16聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。17それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。
18はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。19また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。20二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

(註)16すべてのことが、二人または三人の~・・・・・・申命記1915節参照。

(註)17異邦人か徴税人・・・・・・マタイの属したユダヤ人キリスト教会は、自分たちを「新しい神の民」と考えた。そういう考えが背景にある表現で、「異邦人」「徴税人」はその民に属さない人の意味である。

(註)18つなぐ 解く・・・・・・マタイ福音書1619節参照。

(註)20わたしもその中にいる・・・・・・マタイ福音書123節、2820節を思わせる表現。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2017910より)

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