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2017年10月13日 (金)

2017年10月15日の「聖書と典礼」

2017年10月15日の「聖書と典礼」

「年間第28主日」 A

あなたは、・・・・・・わたしのために会食を整え。

(詩編235節より 答唱詩編)

 

 〔イザヤ書2427章は、「イザヤの黙示」と呼ばれ、バビロン捕囚からの解放を待ち望む状況の中で、紀元前六世紀半ばにまとめられた預言と考えられている。祝宴のイメージとともに、神が最終的に完成してくださる救いを語る。〕

第一朗読           イザヤ書

主は祝宴を開き、すべての顔から涙をぬぐってくださる。

(25章610節a)

イザヤの預言

6万軍の主はこの山で祝宴を開き
すべての民に良い肉と古い酒を供される。
それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。

7主はこの山で
すべての民の顔を包んでいた布と
すべての国を覆っていた布を滅ぼし

8死を永久に滅ぼしてくださる。
主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい
御自分の民の恥を
地上からぬぐい去ってくださる。
これは主が語られたことである。

9その日には、人は言う。
見よ、この方こそわたしたちの神。
わたしたちは待ち望んでいた。
この方がわたしたちを救ってくださる。
この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。
その救いを祝って喜び躍ろう。

10a主の御手はこの山の上にとどまる。

(註) 6この山・・・・・・直接には、神殿のあるシオンの山(エルサレム)を指すが、特定の場所を超えた、終末的な神との出会いの場のイメージがある(イザヤ書225節参照)。

(註) 古い酒・・・・・・元は「ぶどう酒の澱」の意味。よくねかせた上等の強いぶどう酒を意味する。

(註) 7顔を包んでいた布・・・・・・喪に服している様子を表す。(サムエル記下1530節、195節参照)とも考えられるが、さらに覆い布が取り去られるということは、主の栄光を直接見て、その栄光に照らされる、終末的な救いの完成のイメージ(出エジプト記342935節、()コリント3718節参照)であるともいえる。

(註) 8死を永久に~・・・・・・一コリントの信徒への手紙1554節、黙示録214節参照。

 

 〔手紙全体のしめくくりにあたり、フィリピの教会が獄中のパウロを援助してくれたことに感謝し、神とキリストに満たされる生き方を賛美をこめて語る。〕

第二朗読 フィリピの信徒への手紙

わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能である。

(4章1214節、1920節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

12〔皆さん、わたしは、〕貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。13わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。14それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。
19わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。20わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

 

 

 〔マタイ福音書は、ルカ福音書での位置(ルカ福音書141524節)と異なり、このたとえ話をエルサレムの神殿でイエスが祭司長と民の長老たちと対決する場面に置く。キリストを受け入れなかったユダヤ人の運命と、異邦人に救いがもたらされた歴史が描き込まれているようである。〕

福音朗読 マタイによる福音書

見かけた者は誰でも婚宴に連れてきなさい。

(22章114節、 または 22章110節)

マタイによる福音

1 〔そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに〕たとえを用いて語られた。2「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。3王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。4そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』5しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、6また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。7そこで、王は怒り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。8そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。9だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』10そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。」
11「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。12王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、13王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』14招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」》

(註) 2婚宴・・・・・・婚宴は神の国の完成の姿を表す(マタイ福音書25113節など参照)。

(註) 3家来たち・・・・・・旧約の預言者たちを指す。

(註) 4別の家来たち・・・・・・初代教会の宣教者を指すようである。

(註) 6殺してしまった・・・・・・ここにはキリストとその弟子の受けた迫害が語られているのであろう。

(註) 7町を焼き払った・・・・・・紀元70年のエルサレム滅亡のことが語られている。

(註)11婚礼の礼服・・・・・・・ここでは、神の国に入るのにふさわしい「行い」のことを指しているようである。しかし、1113節はもともと独立したたとえ話だったらしい。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171015より)

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