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2017年11月 4日 (土)

2017年11月 5日の「聖書と典礼」

2017年11月 5日の「聖書と典礼」

「年間第31主日」 A

彼らは言うだけで、実行しない。

(福音朗読主題句 マタイ福音書23 3節より)

 

  〔「マラキ」とは「使者」の意味。紀元前五世紀の前半、神殿は再建されたが、正しい礼拝は行われておらず、祭司は不正を行っていた。〕

第一朗読           マラキ書

あなたたちは道を踏み外し、教えによって多くの人をつまずかせた。

(1章14節b-2章2節b、810節)

マラキの預言

114bわたしは大いなる王で、わたしの名は諸国の間で畏れられている、と万軍の主は言われる。
21祭司たちよ、今あなたたちにこの命令が下される。2abもし、あなたたちがこれを聞かず、心に留めず、わたしの名に栄光を帰さないなら、と万軍の主は言われる。わたしはあなたたちに呪いを送り、祝福を呪いに変える。

                             

8あなたたちは道を踏みはずし
 教えによって多くの人をつまずかせ
 レビとの契約を破棄してしまったと
 万軍の主は言われる。
9わたしも、あなたたちを
 民のすべてに軽んじられる価値なき者とした。
 あなたたちがわたしの道を守らず
 人を偏り見つつ教えたからだ。

 

10我々は皆、唯一の父を持っているではないか。
 我々を創造されたのは唯一の神ではないか。
 なぜ、兄弟が互いに裏切り
 我々の先祖の契約を汚すのか。

(註)21この命令・・・・・・16節、14節との関連からは、神を畏れ、心を尽くして礼拝を行うことへの命令と思われる。

(註) 8レビとの契約・・・・・・旧約時代、祭司の務めはレビ族にゆだねられた。ここでは申命記33811節にあるような、教える任務が考えられているのであろう。

 

 〔パウロは自分のテサロニケの人々に対する宣教が、不純な動機によるものではなく、神に喜ばれるためであったことを強調して語る。〕

第二朗読     一テサロニケの信徒への手紙

私は神の福音を伝えるばかりでなく、

自分の命さえ喜んで与えたいと願った。

(2章7b9節、13節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

7b〔皆さん、わたしたちは、〕あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、8わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。9兄弟たち、わたしたちの労苦と骨折りを覚えているでしょう。わたしたちは、だれにも負担をかけまいとして、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えたのでした。
13このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。

(註) 7幼子のようになりました・・・・・・前の文との関係では、高ぶらなかったという意味だろう。しかし、ここの「幼子」を「優しく」と読む可能性もある。その場合、あとの「母親がその子どもを……」とつながり「優しくふるまいました」と訳すことができる。

(註) 9労苦と骨折り・・・・・・(二)コリントの信徒への手紙1127節、()テサロニケの信徒への手紙38節参照。

 

 〔マタイ福音書では、エルサレムの神殿での、ファリサイ派やユダヤ人の指導者たちとの論争の後、律法学者やファリサイ派に対する強烈な批判のことばが続く(23136節)〕

福音朗読          マタイ福音書 

彼らは言うだけで、実行しない。

23・112

マタイによる福音

 1〔そのとき、〕イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。2「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。3だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。4彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。5そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。6宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、7また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。8だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。9また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。10『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。11あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。12だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

(註) 2モーセの座・・・・・・律法学者やファリサイ派は民衆に律法を教え、彼らの教えはモーセと同じ権威を持つものと考えられた。

(註) 5聖句の入った小箱・・・・・・信仰深いユダヤ人が朝の祈りのときに、左腕と額につけた小箱。中に入っている革に聖句が書き記されている(申命記68節参照)。

(註) 衣服の房・・・・・・律法を思い出すためにつけた(民数記1538節、申命記2212節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201711 5より)

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