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2017年12月29日 (金)

2017年12月31日の「聖書と典礼」

2017年12月31日の「聖書と典礼」

「聖家族」 B

わたしはこの目であなたの救いを見た。

(ルカによる福音書 230節より)

 

 〔アブラム(のちのアブラハム)は神の呼びかけに答え、約束を信じて出発した(創世記1214節)。しかし、彼には子供がなく、彼も妻も高齢になっていた。〕

第一朗読            創世記

あなたから生まれる者が跡を継ぐ。

(15章16節、21章13節)

創世記

 〔その日、〕主の言葉が幻の中でアブラムに臨んだ。
 「恐れるな、アブラムよ。
 わたしはあなたの盾である。
 あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」
 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」アブラムは言葉をついだ。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」
 見よ、主の言葉があった。
 「その者があなたの跡を継ぐのではなく、あなたから生まれる者が跡を継ぐ。」
 主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」
 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
 〔やがて、〕主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。アブラハムは、サラが産んだ自分の子をイサクと名付け〔た。〕

 

 

 〔著者は、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(ヘブライ人への手紙111節)と言う。ここでは、昔の人々の信仰の模範が思い起こされる。〕

第二朗読 ヘブライ人への手紙

アブラハム、サラ、イサクの信仰。

(11章8節、1112節、1719節)

ヘブライ人への手紙

8 〔皆さん、〕信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。11信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。12それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。
17信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクを献げました。つまり、約束を受けていた者が、独り子を献げようとしたのです。18この独り子については、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる」と言われていました。19アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいましたが、それは死者の中から返してもらったも同然です。

(註) 8アブラハムは~・・・・・・創世記1214節参照。

(註)11子をもうける・・・・・・創世記2117節参照。

(註)17試練を受けたとき・・・・・・創世記22118節。息子イサクを通してアブラハムの子孫がひろがっていくという約束は、イサクをいけにえとしてささげてしまえば、無に帰することになる。

 

 〔ルカの伝えるイエスの幼年時代の出来事。そこには神の救いを待ち望んでいたさまざまな人が登場する。〕

福音朗読        ルカによる福音書

幼子は育ち、知恵に満ちていた。

(2章2240節、 または 2章22節、3940節)

ルカによる福音

22モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親は〔イエス〕を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。
23それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。24また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。26そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。

27シメオンがに導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。28シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
29「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます。
30わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
31これは万民のために整えてくださった救いで、
32異邦人を照らす啓示の光、
 あなたの民イスラエルの誉れです。」
33父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。34シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。35――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
36また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、37夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、38そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。
39親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。40幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

(註)22清めの期間・・・・・・男子を出産した女性の清めは主産後四十日(レビ記1218節)。

(註)23初めて生まれる男子は~・・・・・・出エジプト記132節、12節、民数記181516節参照。

(註)24山鳩一つがい~・・・・・・レビ記128節参照。これは貧しい人のささげ物であった。

(註)25慰められる・・・・・・神がもたらせる救いのこと。イザヤ書401節、4913節参照。

(註)34御覧なさい~・・・・・・シメオンのこの言葉は、イエスの活動と受難を預言するものである。またイエスの受難に際してのマリアの苦しみをも告げている。

(註)36アシェル族・・・・・・イスラエルの十二部族の一つ。ガリラヤ地方西部の土地が与えられた部族である。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171231より)

パンダネ「週報」2017年12月31日号

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2017年12月24日 (日)

2017年12月25日の「聖書と典礼」

2017年12月25日の「聖書と典礼」

「主の降誕 (日中のミサ)」 B

(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

わたしたちはその栄光を見た。

(ヨハネによる福音書114節より)

 

 〔紀元前六世紀、イスラエルの民がバビロンで捕囚になっていた時代の預言。王も民も失い、廃墟のようになっていたエルサレムの町に救いが告げられる。〕

第一朗読           イザヤ書

地の果てまで、すべての人がわたしたちの神の救いを仰ぐ。

(52章710節)

イザヤの預言

7いかに美しいことか
山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。
彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
救いを告げ
あなたの神は王となられた、と
シオンに向かって呼ばわる。

8その声に、あなたの見張りは声をあげ
皆共に、喜び歌う。
彼らは目の当たりに見る
主がシオンに帰られるのを。

9歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。
主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。

10主は聖なる御腕の力を
国々の民の目にあらわにされた。
地の果てまで、すべての人が
わたしたちの神の救いを仰ぐ。

(註) 7・・・・・・良い知らせ(福音)を伝えるために走っていく伝令のイメージである。この伝令は預言者自身であろう。

(註) 8見張り・・・・・・エルサレムの城壁の上に立って、周囲を警戒し町を守っている人。この人が真っ先に良い知らせを聞き、民に伝える。

(註) 9贖われた・・・・・・「贖う」はもともとは、「売られた物や人を買い戻すこと。代価を払って奴隷を自由の身にすること」を意味した。

 

 〔ヘブライ書は、試練の中にあるキリスト信者に、信仰にとどまるよう励ます。その冒頭でイエスの偉大さと、イエスによって実現したことの素晴らしさが語られる。

第二朗読 ヘブライ人への手紙

神は、御子によってわたしたちに語られた。

(1章16節)

ヘブライ人への手紙

1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、2この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。3御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。4御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。
5いったい神は、かつて天使のだれに、
 「あなたはわたしの子、
 わたしは今日、あなたを産んだ」
と言われ、更にまた、
 「わたしは彼の父となり、
 彼はわたしの子となる」
と言われたでしょうか。
6〔むしろ、〕神はその長子をこの世界に送るとき、
 「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」
と言われました。

(註) 2終わりの時代・・・・・・神が人類の歴史に介入する時のこと。この時代はイエスによって始まった。

(註) 5あなたはわたしの子~・・・・・・詩編27節の引用。

(註) わたしは彼の~・・・・・・サムエル記下714節の引用。その個所では、「彼」はダビデの子ソロモンを指しているが、ヘブライ書はこのことばをダビデの子孫であるキリストにあてはめる。

(註) 6神の天使たちは~・・・・・・旧約聖書ギリシア語訳からの引用(申命記3243節、詩編977節)。

 

 〔ヨハネ福音書の序文と言われる部分。イエス・キリストが世に来られたことの深い意味を語る。〕

福音朗読        ヨハネによる福音書

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

1・118、 または 1・15、914

ヨハネによる福音

1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

2この言は、初めに神と共にあった。3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。5光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
 
6神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。7彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。8彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
9その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。10言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。11言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。12しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。13この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
14言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
15ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」16わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。17律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。18いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

(註) 1初めに・・・・・・このことばは創世記11節と同じことば。

(註)  言(ことば)・・・・・・ギリシア語では、「ロゴス」。この箇所では、創世記13節で「光あれ」と言われた神のことばや、知恵919節などに見られるような「神の知恵(ソフィア)」のことを思わせる。

(註) 5暗闇は光を理解しなかった・・・・・・「闇は光に打ち勝たなかった」とも訳せる。

(註) 6ヨハネ・・・・・・洗礼者ヨハネを指す。

(註)14・・・・・・「肉」は人間を意味するが、特に、弱く滅びゆくものとしての人間を指すときに用いられることば。

(註) 宿られた・・・・・・元のことばの意味は「天幕を張る」。神の幕屋(神殿)のイメージで、神が民の中に住むことを表すことばである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171225より)

2017年12月23日 (土)

2017年12月25日の「聖書と典礼」

2017年12月25日の「聖書と典礼」

「主の降誕 (夜半のミサ)」 B

今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

(福音朗読主題句 ルカによる福音書211節より)

 

 〔紀元前八世紀、ガリラヤ地方はアッシリア帝国の属州となった。エルサレムから遠く離れ、同胞から切り離されてしまったガリラヤの人々は暗黒の中にいた。預言者はこの民に救いを告げ知らせる。〕

第一朗読           イザヤ書

一人の男の子がわたしたちに与えられた。

(9章13節、56節)

イザヤの預言

                             1闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

2あなたは深い喜びと
大きな楽しみをお与えになり
人々は御前に喜び祝った。
刈り入れの時を祝うように
戦利品を分け合って楽しむように。

3彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を
あなたはミディアンの日のように
折ってくださった。

5ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。
ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「驚くべき指導者、力ある神
永遠の父、平和の君」と唱えられる。

6ダビデの王座とその王国に権威は増し
平和は絶えることがない。
王国は正義と恵みの業によって
今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

(註) 3ミディアンの日・・・・・・ミディアン人はラクダ遊牧民として知られる。士師ギデオンは侵入してきたミディアン人を打ち破り、イスラエルを救ったが、この勝利は人間に力によるのではなく、まったく神の力によるものとされた(士師記68章)。

(註) 5ひとりのみどりごが・・・・・・メシア王の即位を歌う詩編27bを思わせる。

(註) その名は~・・・・・・「名」は単なる呼称ではなく、そのものの本質を表す。ここにあげられているさまざまな名は、その子どもが神的な王であることを表している。

(註) 6万軍の主の熱意・・・・・・「万軍」は神の威厳と力を表すことば。「熱意」は、民に対する神の熱く激しい思いを表すために用いられる語。

 

 〔パウロはテトスを「信仰を共にするまことの子」(14節)と呼ぶ。そのテトスに、語るべき教えの中心を述べる。〕

 第二朗読         テトスへの手紙

すべての人々に神の恵みが現れた。

(2章1114節)

使徒パウロのテトスへの手紙

 

11〔愛する者よ、〕すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。12その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、13また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。14キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。

 

 

 〔ローマ帝国が地中海一帯を支配していた時代、その世界の片隅に起こった救い主イエスの誕生の様子が伝えられる。〕

福音朗読        ルカによる福音書

今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

(2章114節)

 

 

ルカによる福音

1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。

6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
8 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
14 「いと高きところには栄光、神にあれ、
 地には平和、御心に適う人にあれ。」

(註) 1アウグストゥス・・・・・・ローマ帝国の初代皇帝。在位紀元前27~後14年。

(註) 2最初の住民登録・・・・・・紀元前86年のことと考えられる。これは人頭税を聴取するための人口調査であった。

(註) 4ダビデの家・・・・・・ダビデは紀元前1000年ころのイスラエルの王。来たるべき救い主はこのダビデの家系から出ると期待されていた。

(註) ベツレヘム・・・・・・「パンの家」の意味。ダビデ王の故郷として知られ、預言者ミカによってダビデ王再来の地とされた(ミカ書51節参照)。

(註) 9主の栄光・・・・・・神がそこにおられることを表す表現。

(註)11メシア・・・・・・本来は「油そそがれた者」の意味。ギリシア語では「クリストス(キリスト)」。「救い主」を意味し、ユダヤ人の間では、ダビデ王の再来である理想的な王と考えられていた。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171225より)

2017年12月24日の「聖書と典礼」

2017年12月24日の「聖書と典礼」

「待降節第4主日」 B

あなたは身ごもって男の子を産む。

(福音朗読主題句 ルカ福音書 131節より)

 

 〔紀元前1000年頃、ダビデはイスラエルの王となり、主の箱をエルサレムに運び入れ、天幕の中に安置した。〕

第一朗読         サムエル記(下)

ダビデの王国は、ダビデの行く手にとこしえに続く。

(7章15節、8b12節、14節a、16節 

または 7章15節、8b11節、16節)

サムエル記

1 〔ダビデ〕王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。2王は預言者ナタンに言った。「見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。」3ナタンは王に言った。「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」4しかし、その夜、ナタンに臨んだ主の言葉は次のとおりであった。
5 「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。
8bわたしは牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。9あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大いなる者に並ぶ名声を与えよう。10わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。11わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。
 《
12あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。14aわたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。》
16あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」

(註) 2預言者ナタン・・・・・・素性は不明だが、ダビデ王の時代やソロモン王の即位にあたり重要な役割を果たす人物(サムエル記(下)12章、列王記(上)1章参照)。

(註) レバノン杉・・・・・・香柏とも呼ばれる。マツ科の常緑樹で樹高は2430メートルになる。建築材として重んじられた。

(註) 神の箱・・・・・・神の臨在を表す聖なる箱で、十戒を刻んだ二枚の石の板が収められている契約の箱のこと。

(註) 8羊の群れの後ろ・・・・・・ダビデは預言者サムエルによって、イスラエルの王として見いだされたとき、父の羊の番をしていた(サムエル記上1611節)。

(註)11士師・・・・・・イスラエルが王国となる前の時代、外敵の侵入からイスラエルを守るために、十二部族をまとめた指導者。世襲ではない。

(註)16あなたの家、あなたの王国は~とこしえに続き・・・・・・この約束は後々までイスラエルの人々の希望となり、ダビデの家系から理想の王(メシア)が出て、イスラエルに救いと繁栄をもたらすと考えられるようになっていった。

 

 〔ローマの教会への手紙の結びにある神への賛美のことば。原文では、2526節の全体が27節の「神」にかかる長い修飾句である。〕

第二朗読      ローマの信徒への手紙

世々にわたって隠されていた秘められた計画は、今や現された。

(16章2527節)

使徒パウロのローマの教会への手紙

25〔皆さん、〕神は、わたしの福音すなわちイエス・キリストについての宣教によって、あなたがたを強めることがおできになります。この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。26その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。

27この知恵ある唯一の神に、イエス・キリストを通して栄光が世々限りなくありますように、アーメン。 

(註)25秘められた計画・・・・・・神が、ユダヤ人であれ異邦人であれ、すべての人をキリストを通して救おうとされた計画のこと。

 

 〔ザカリアの妻エリザベトが洗礼者ヨハネを身ごもって六か月目の出来事。〕

福音朗読        ルカによる福音書

あなたは身ごもって男の子を産む。

(1章2638節)

ルカによる福音

26〔そのとき、〕天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。27ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。28天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」29マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。30すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。31あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。32その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。33彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」34マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」35天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。36あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。37神にできないことは何一つない。」38マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

(註)26ガブリエル・・・・・・「神の人」の意味。ダニエルに夢を解きあかし、ザカリアにヨハネの誕生を告げた天使(ダニエル書921節、ルカ福音書119節参照)。

(註)31あなたは身ごもって~・・・・・・イザヤ書714節、マタイ福音書123節参照。

(註)31イエス・・・・・・「ヨシュア」のギリシア語名。ユダヤ人の男の普通の名前であるが、この名には「主の救い」という意味がある(マタイ福音書121節参照)。

(註)32いと高き方・・・・・・神のこと。

(註)32-33神である主は~・・・・・・サムエル記(下)7章(きょうの第1朗読)参照。

(註)35聖なる者、神の子と呼ばれる・・・・・・イエスがこのような者であることは、神殿での奉献(223節)や悪霊追放の出来事(434節、41節)にも示される。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171224より)

パンダネ「週報」2017年12月24日号

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2017年12月17日 (日)

2017年12月17日の「聖書と典礼」

2017年12月17日の「聖書と典礼」

「待降節第3主日」 B

あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。

(ヨハネによる福音書 126節より)

 

 〔イザヤ書の第三の部分(5666章)はバビロンから解放され、帰国した民に向かって預言したもので「第三イザヤ」と呼ばれる。この個所では、預言者自身の召命が語られる。救いの訪れを告げるこの箇所は、降誕祭を間近にした待降節第三主日(「喜びの主日」とも言われる)の雰囲気をよく表している。〕

第一朗読           イザヤ書

私は主によって喜び楽しむ。

(61章12節a、1011節)

イザヤの預言

1 主はわたしに油を注ぎ

主なる神の霊がわたしをとらえた。
わたしを遣わして
貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。
打ち砕かれた心を包み
捕らわれ人には自由を
つながれている人には解放を告知させるために。

24主が恵みをお与えになる年
わたしたちの神が報復される日を告知〔させるために。〕

                             

10わたしは主によって喜び楽しみ
わたしの魂はわたしの神にあって喜び躍る。
主は救いの衣をわたしに着せ
恵みの晴れ着をまとわせてくださる。
花婿のように輝きの冠をかぶらせ
花嫁のように宝石で飾ってくださる。

11大地が草の芽を萌えいでさせ
園が蒔かれた種を芽生えさせるように
主なる神はすべての民の前で
恵みと栄誉を芽生えさせてくださる。

(註) 1油を注ぎ・・・・・・ここでは預言者として立てられたことを意味する。油を注ぐことは元来王の即位のときに行われた。メシア(キリスト)とは「油注がれた者」の意味であり、イエスはこの預言の成就を宣言した(ルカ福音書41621節参照)。

(註) 2恵みをお与えになる年・・・・・・ヨベルの年と呼ばれ、五十年ごとに土地は元の所有者に返却され、負債は免除され、奴隷が解放される年のこと(レビ記25854節、271724節参照)。

 

 〔新約聖書中、最も早く書かれたこの手紙の結びの一節である。信仰者の生き方への勧告を要約し、祈りへと続く。〕

第二朗読    (一)テサロニケの信徒への手紙

主が来られるとき、あなたがたの霊も魂も体も守られるように。

(5章1624節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

16〔皆さん、〕いつも喜んでいなさい。17絶えず祈りなさい。

18どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。19の火を消してはいけません。20預言を軽んじてはいけません。21すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。22あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。
23どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。24あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。

(註)19“霊”・・・・・・新共同訳聖書では、「聖霊」を意味する「霊」ということばには、“ ”が付けられている。ここでは一コリントの信徒への手紙1214章に見られるような「霊的な賜物」(カリスマ)のことが言われているようである。

 

 〔ヨハネ福音書1118節は福音書全体を暗示する序文にあたる。そこでも言及される洗礼者ヨハネのあかしを、19節からはより詳しく物語る。〕

福音朗読       ヨハネによる福音書

あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。

(1章68節、1928節)

ヨハネによる福音

6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。7彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。8彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
19 さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、20彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。21彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。22そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」

23ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。
 「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。
 『主の道をまっすぐにせよ』と。」
24遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。25彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、26ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。27その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」28これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。

(註) 7・・・・・・「世に来てすべての人を照らす」(9節)光とはイエスのことである。

(註)20メシア・・・・・・油そそがれた者の意味。神が遣わす救い主。

(註)21エリヤ・・・・・・紀元前九世紀の北イスラエルの預言者。マラキ書では、終末の審判の前に人々を回心させるため、再び世に遣わされると預言されている(マラキ書323節)。

(註) あの預言者・・・・・・神が立て、神のことばを伝えるモーセのような預言者(申命記181518節)のこと。

(註)23わたしは荒れ野で~・・・・・・イザヤ書403節の引用。他の福音書も同じことばで洗礼者ヨハネを紹介するが、ヨハネ福音書だけは、洗礼者ヨハネ自身の口からこのことばを語らせている。

(註)26わたしは水で洗礼を授ける・・・・・・このことばは、聖霊で授けるイエスの洗礼との対比を暗示する。この対比はこの後の箇所(12934節)で述べられる(マタイ福音書311節、マルコ福音書18節、ルカ福音書316節参照)。

(註)27履物のひもを解く・・・・・・これは奴隷の仕事であった。

(註)28ベタニア・・・・・・正確な位置は不明だが、ヨハネ福音書1112章に出てくるエルサレム近郊のベタニアとは別の場所。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171217より)

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2017年12月 8日 (金)

2017年12月10日の「聖書と典礼」

2017年12月10日の「聖書と典礼」

「待降節第2主日」 B

神の子イエス・キリストの福音の初め。

(マルコによる福音書11節)

 

 〔イザヤ書第二の部分(4055章)はバビロン捕囚時代のイスラエルの民に、神による解放を告げる預言である。この個所はその冒頭のことば。〕

第一朗読           イザヤ書

主のために、道を備えよ。

(40章15節、911節)

イザヤの預言

1慰めよ、わたしの民を慰めよと

あなたたちの神は言われる。
2
エルサレムの心に語りかけ
 彼女に呼びかけよ
 苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
 罪のすべてに倍する報いを
 主の御手から受けた、と。

                             

3呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

4谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。

5主の栄光がこうして現れるのを
肉なる者は共に見る。
主の口が〔そう〕宣言される。

*  

9高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな
ユダの町々に告げよ。

*   

見よ、あなたたちの神

10見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ
御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
主の働きの実りは御前を進む。

11主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

(註) 2彼女・・・・・・エルサレムのこと。エルサレムはここでは単に一つの町の名ではなく、民全体を意味している。

(註) 3荒れ野 荒れ地・・・・・・バビロンからイスラエルの人々が帰国する道。砂漠の中であった。

(註) 5・・・・・・人間のこと。滅びゆく者としての人間、また、弱く、罪の中にある者としての人間を表すときの用いられることば。

(註) 9シオン・・・・・・かってエルサレムの神殿が建っていた丘の名。神殿が新バビロニア帝国によって破壊され、イスラエルの主だった人々が捕囚の身となってバビロンに連れて行かれたこの時代、シオン、エルサレム、ユダの町々は荒廃していた。

(註)10主のかち得られたもの・・・・・・解放された民のこと。

(註)11子羊・・・・・・イスラエルの民のこと。次の「その母」はエルサレムの町。

 

 〔ペトロの第二の手紙は新約聖書の中で最も遅く、一世紀末か二世紀前半に書かれた。ここでは、キリストの再臨の遅れが問題にされている。〕

第二朗読       (二)ペトロの手紙

わたしたちは新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。

(3章 814節)

使徒ペトロの手紙

 8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。9ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。10主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。11このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。12神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。13しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。
14 だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。

(註)10主の日・・・・・・キリストが再臨する日。キリストを信じる者にとって、救いが完成する日である。12節の「神の日」も同じ。

(註)13新しい天と新しい地・・・・・・週末における神の救いは新しい創造の業として考えられている(イザヤ書6517節、6622節、黙示録211節参照)。

 

 1節は福音書全体の表題と言ってもよい。マルコ福音書では洗礼者ヨハネの活動の出来事から福音(良い知らせ)が始まっていく。〕

福音朗読マルコ

主の道筋をまっすぐにせよ。

(1章18節)

マルコによる福音

1 神の子イエス・キリストの福音の初め。
2 預言者イザヤの書にこう書いてある。
 「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
 あなたの道を準備させよう。
3荒れ野で叫ぶ者の声がする。
 『主の道を整え、
 その道筋をまっすぐにせよ。』」
そのとおり、
4洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。5ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。6ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。7彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。8わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

(註) 2見よ~・・・・・・マラキ書31節の引用。

(註) 3荒れ野で~・・・・・・イザヤ書403節(第一朗読)の引用。

(註) 4洗礼・・・・・・元の意味は「水に浸す」「沈める」。

(註) 6野蜜・・・・・・岩の割れ目などに巣を作る野生の蜜蜂の蜜。

(註) 8聖霊で洗礼をお授けになる・・・・・・「聖霊で」とは、洗礼の方法というより、その洗礼のもたらすものを示しているといえるだろう。イエスの洗礼は、人を聖霊の中に沈め、新しいいのちへと生まれ変わらせることになる。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171210より)

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2017年12月 1日 (金)

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

「待降節第1主日」 B

気を付けて、目を覚ましていなさい。

(マルコによる福音書1333節より)

 

 〔バビロン捕囚から解放され、帰国したイスラエルの民が目にしたのは、廃墟と化したエルサレムの都であった。困難の中から預言者は神の救いを願い、神ご自身の到来を祈り求める。〕

第一朗読        イザヤ書 

どうか、天を裂いて降ってください。

(63章16b17節、19節b、64章2b7節)

イザヤの預言

6316b主よ、あなたはわたしたちの父です。
「わたしたちの贖い主」
これは永遠の昔からあなたの御名です。
17なにゆえ主よ、あなたはわたしたちを
あなたの道から迷い出させ
わたしたちの心をかたくなにして
あなたを畏れないようにされるのですか。
立ち帰ってください、あなたの僕たちのために
あなたの嗣業である部族のために。

                             

19bどうか、天を裂いて降ってください。
御前に山々が揺れ動くように。

 

642b〔あなたが〕降られれば
あなたの御前に山々は揺れ動く。
3あなたを待つ者に計らってくださる方は
神よ、あなたのほかにはありません。
昔から、ほかに聞いた者も耳にした者も
目に見た者もありません。
4喜んで正しいことを行い
あなたの道に従って、あなたを心に留める者を
あなたは迎えてくださいます。
あなたは憤られました
わたしたちが罪を犯したからです。
しかし、あなたの御業によって
わたしたちはとこしえに救われます。

 

5わたしたちは皆、汚れた者となり
正しい業もすべて汚れた着物のようになった。
わたしたちは皆、枯れ葉のようになり
わたしたちの悪は風のように
わたしたちを運び去った。
6あなたの御名を呼ぶ者はなくなり
奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。
あなたはわたしたちから御顔を隠し
わたしたちの悪のゆえに、力を奪われた。
7しかし、主よ、あなたは我らの父。
わたしたちは粘土、あなたは陶工
わたしたちは皆、あなたの御手の業。

(註)16贖い・・・・・・元来は奴隷を買い戻して、自由にすること(また、そのための代金)を意味した。神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放されたこと、さらに罪の奴隷状態から人間を救い出すわざにも用いられることばである。

(註)17嗣業・・・・・・元来は「賜物」を意味する。そこから「財産」「相続財産」などの意味になった。イスラエルは神が選び、エジプトから導き出し、ご自分のものとされたので、嗣業の民といわれる。

(註) 4わたしたちが罪を犯した・・・・・・ここではバビロン捕囚という苦しみをもたらした、イスラエルの王国時代の罪のことが考えられている。この罪の自覚のため、民は神に対してまったく誇ることができない。

(註) 6御顔を隠し・・・・・・捕囚の苦難の中で、神の救いが見えなくなっていた状態を表す。4515節、548節、5717節にも同様の表現がある。

 

 〔コリントの教会はパウロによって創設された。この教会の諸問題を聞いたパウロがコリントの教会に書き送った手紙の冒頭、宛名に続く部分。パウロはまず、コリントの人々に信仰と希望を与えてくださった神への感謝を述べる。〕

第二朗読  (一)コリントの信徒への手紙 

わたしたちは主イエス・キリストの現れを待ち望んでいる。

(1章39節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

3〔皆さん、〕わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
 
4わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。5あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。6こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、7その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。8主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。9神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

(註) 7賜物・・・・・・(一)コリントの信徒への手紙12411節参照。

(註) 8イエス・キリストの日・・・・・・天に上げられたキリストが再び来られる日。

(註) 9神は真実な方・・・・・・神が信頼できる方、誠実な方であることをいう。

 

 〔イエスがオリーブ山でペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレの四人の弟子に語られた終末についての長い説教の結び。人の子の到来が告げられ、「その日、その時は、だれも知らない……」(1332節)といわれた後に続く言葉。〕

福音朗読 マルコによる福音書

目を覚ましていなさい。

いつ家の主人が帰ってくるのか、

あなたがたには分からないからである。

(13章3337節)

マルコによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕33「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。34それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。35だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。36主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。37あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」

(註)33目を覚ましていなさい・・・・・・きょうの箇所に何度も繰り返されるこのことばは、待降節第一主日のテーマをはっきりと示す。待降節とは神の到来を待ち望む季節であり、その到来に向かって生きる態度が「目を覚ましている」ことである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201712 3より)

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