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2017年12月24日 (日)

2017年12月25日の「聖書と典礼」

2017年12月25日の「聖書と典礼」

「主の降誕 (日中のミサ)」 B

(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

わたしたちはその栄光を見た。

(ヨハネによる福音書114節より)

 

 〔紀元前六世紀、イスラエルの民がバビロンで捕囚になっていた時代の預言。王も民も失い、廃墟のようになっていたエルサレムの町に救いが告げられる。〕

第一朗読           イザヤ書

地の果てまで、すべての人がわたしたちの神の救いを仰ぐ。

(52章710節)

イザヤの預言

7いかに美しいことか
山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。
彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
救いを告げ
あなたの神は王となられた、と
シオンに向かって呼ばわる。

8その声に、あなたの見張りは声をあげ
皆共に、喜び歌う。
彼らは目の当たりに見る
主がシオンに帰られるのを。

9歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。
主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。

10主は聖なる御腕の力を
国々の民の目にあらわにされた。
地の果てまで、すべての人が
わたしたちの神の救いを仰ぐ。

(註) 7・・・・・・良い知らせ(福音)を伝えるために走っていく伝令のイメージである。この伝令は預言者自身であろう。

(註) 8見張り・・・・・・エルサレムの城壁の上に立って、周囲を警戒し町を守っている人。この人が真っ先に良い知らせを聞き、民に伝える。

(註) 9贖われた・・・・・・「贖う」はもともとは、「売られた物や人を買い戻すこと。代価を払って奴隷を自由の身にすること」を意味した。

 

 〔ヘブライ書は、試練の中にあるキリスト信者に、信仰にとどまるよう励ます。その冒頭でイエスの偉大さと、イエスによって実現したことの素晴らしさが語られる。

第二朗読 ヘブライ人への手紙

神は、御子によってわたしたちに語られた。

(1章16節)

ヘブライ人への手紙

1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、2この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。3御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。4御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。
5いったい神は、かつて天使のだれに、
 「あなたはわたしの子、
 わたしは今日、あなたを産んだ」
と言われ、更にまた、
 「わたしは彼の父となり、
 彼はわたしの子となる」
と言われたでしょうか。
6〔むしろ、〕神はその長子をこの世界に送るとき、
 「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」
と言われました。

(註) 2終わりの時代・・・・・・神が人類の歴史に介入する時のこと。この時代はイエスによって始まった。

(註) 5あなたはわたしの子~・・・・・・詩編27節の引用。

(註) わたしは彼の~・・・・・・サムエル記下714節の引用。その個所では、「彼」はダビデの子ソロモンを指しているが、ヘブライ書はこのことばをダビデの子孫であるキリストにあてはめる。

(註) 6神の天使たちは~・・・・・・旧約聖書ギリシア語訳からの引用(申命記3243節、詩編977節)。

 

 〔ヨハネ福音書の序文と言われる部分。イエス・キリストが世に来られたことの深い意味を語る。〕

福音朗読        ヨハネによる福音書

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

1・118、 または 1・15、914

ヨハネによる福音

1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

2この言は、初めに神と共にあった。3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。5光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
 
6神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。7彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。8彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
9その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。10言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。11言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。12しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。13この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
14言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
15ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」16わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。17律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。18いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

(註) 1初めに・・・・・・このことばは創世記11節と同じことば。

(註)  言(ことば)・・・・・・ギリシア語では、「ロゴス」。この箇所では、創世記13節で「光あれ」と言われた神のことばや、知恵919節などに見られるような「神の知恵(ソフィア)」のことを思わせる。

(註) 5暗闇は光を理解しなかった・・・・・・「闇は光に打ち勝たなかった」とも訳せる。

(註) 6ヨハネ・・・・・・洗礼者ヨハネを指す。

(註)14・・・・・・「肉」は人間を意味するが、特に、弱く滅びゆくものとしての人間を指すときに用いられることば。

(註) 宿られた・・・・・・元のことばの意味は「天幕を張る」。神の幕屋(神殿)のイメージで、神が民の中に住むことを表すことばである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171225より)

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