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2017年12月 1日 (金)

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

「待降節第1主日」 B

気を付けて、目を覚ましていなさい。

(マルコによる福音書1333節より)

 

 〔バビロン捕囚から解放され、帰国したイスラエルの民が目にしたのは、廃墟と化したエルサレムの都であった。困難の中から預言者は神の救いを願い、神ご自身の到来を祈り求める。〕

第一朗読        イザヤ書 

どうか、天を裂いて降ってください。

(63章16b17節、19節b、64章2b7節)

イザヤの預言

6316b主よ、あなたはわたしたちの父です。
「わたしたちの贖い主」
これは永遠の昔からあなたの御名です。
17なにゆえ主よ、あなたはわたしたちを
あなたの道から迷い出させ
わたしたちの心をかたくなにして
あなたを畏れないようにされるのですか。
立ち帰ってください、あなたの僕たちのために
あなたの嗣業である部族のために。

                             

19bどうか、天を裂いて降ってください。
御前に山々が揺れ動くように。

 

642b〔あなたが〕降られれば
あなたの御前に山々は揺れ動く。
3あなたを待つ者に計らってくださる方は
神よ、あなたのほかにはありません。
昔から、ほかに聞いた者も耳にした者も
目に見た者もありません。
4喜んで正しいことを行い
あなたの道に従って、あなたを心に留める者を
あなたは迎えてくださいます。
あなたは憤られました
わたしたちが罪を犯したからです。
しかし、あなたの御業によって
わたしたちはとこしえに救われます。

 

5わたしたちは皆、汚れた者となり
正しい業もすべて汚れた着物のようになった。
わたしたちは皆、枯れ葉のようになり
わたしたちの悪は風のように
わたしたちを運び去った。
6あなたの御名を呼ぶ者はなくなり
奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。
あなたはわたしたちから御顔を隠し
わたしたちの悪のゆえに、力を奪われた。
7しかし、主よ、あなたは我らの父。
わたしたちは粘土、あなたは陶工
わたしたちは皆、あなたの御手の業。

(註)16贖い・・・・・・元来は奴隷を買い戻して、自由にすること(また、そのための代金)を意味した。神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放されたこと、さらに罪の奴隷状態から人間を救い出すわざにも用いられることばである。

(註)17嗣業・・・・・・元来は「賜物」を意味する。そこから「財産」「相続財産」などの意味になった。イスラエルは神が選び、エジプトから導き出し、ご自分のものとされたので、嗣業の民といわれる。

(註) 4わたしたちが罪を犯した・・・・・・ここではバビロン捕囚という苦しみをもたらした、イスラエルの王国時代の罪のことが考えられている。この罪の自覚のため、民は神に対してまったく誇ることができない。

(註) 6御顔を隠し・・・・・・捕囚の苦難の中で、神の救いが見えなくなっていた状態を表す。4515節、548節、5717節にも同様の表現がある。

 

 〔コリントの教会はパウロによって創設された。この教会の諸問題を聞いたパウロがコリントの教会に書き送った手紙の冒頭、宛名に続く部分。パウロはまず、コリントの人々に信仰と希望を与えてくださった神への感謝を述べる。〕

第二朗読  (一)コリントの信徒への手紙 

わたしたちは主イエス・キリストの現れを待ち望んでいる。

(1章39節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

3〔皆さん、〕わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
 
4わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。5あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。6こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、7その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。8主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。9神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

(註) 7賜物・・・・・・(一)コリントの信徒への手紙12411節参照。

(註) 8イエス・キリストの日・・・・・・天に上げられたキリストが再び来られる日。

(註) 9神は真実な方・・・・・・神が信頼できる方、誠実な方であることをいう。

 

 〔イエスがオリーブ山でペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレの四人の弟子に語られた終末についての長い説教の結び。人の子の到来が告げられ、「その日、その時は、だれも知らない……」(1332節)といわれた後に続く言葉。〕

福音朗読 マルコによる福音書

目を覚ましていなさい。

いつ家の主人が帰ってくるのか、

あなたがたには分からないからである。

(13章3337節)

マルコによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕33「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。34それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。35だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。36主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。37あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」

(註)33目を覚ましていなさい・・・・・・きょうの箇所に何度も繰り返されるこのことばは、待降節第一主日のテーマをはっきりと示す。待降節とは神の到来を待ち望む季節であり、その到来に向かって生きる態度が「目を覚ましている」ことである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201712 3より)

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