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2017年12月17日 (日)

2017年12月17日の「聖書と典礼」

2017年12月17日の「聖書と典礼」

「待降節第3主日」 B

あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。

(ヨハネによる福音書 126節より)

 

 〔イザヤ書の第三の部分(5666章)はバビロンから解放され、帰国した民に向かって預言したもので「第三イザヤ」と呼ばれる。この個所では、預言者自身の召命が語られる。救いの訪れを告げるこの箇所は、降誕祭を間近にした待降節第三主日(「喜びの主日」とも言われる)の雰囲気をよく表している。〕

第一朗読           イザヤ書

私は主によって喜び楽しむ。

(61章12節a、1011節)

イザヤの預言

1 主はわたしに油を注ぎ

主なる神の霊がわたしをとらえた。
わたしを遣わして
貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。
打ち砕かれた心を包み
捕らわれ人には自由を
つながれている人には解放を告知させるために。

24主が恵みをお与えになる年
わたしたちの神が報復される日を告知〔させるために。〕

                             

10わたしは主によって喜び楽しみ
わたしの魂はわたしの神にあって喜び躍る。
主は救いの衣をわたしに着せ
恵みの晴れ着をまとわせてくださる。
花婿のように輝きの冠をかぶらせ
花嫁のように宝石で飾ってくださる。

11大地が草の芽を萌えいでさせ
園が蒔かれた種を芽生えさせるように
主なる神はすべての民の前で
恵みと栄誉を芽生えさせてくださる。

(註) 1油を注ぎ・・・・・・ここでは預言者として立てられたことを意味する。油を注ぐことは元来王の即位のときに行われた。メシア(キリスト)とは「油注がれた者」の意味であり、イエスはこの預言の成就を宣言した(ルカ福音書41621節参照)。

(註) 2恵みをお与えになる年・・・・・・ヨベルの年と呼ばれ、五十年ごとに土地は元の所有者に返却され、負債は免除され、奴隷が解放される年のこと(レビ記25854節、271724節参照)。

 

 〔新約聖書中、最も早く書かれたこの手紙の結びの一節である。信仰者の生き方への勧告を要約し、祈りへと続く。〕

第二朗読    (一)テサロニケの信徒への手紙

主が来られるとき、あなたがたの霊も魂も体も守られるように。

(5章1624節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

16〔皆さん、〕いつも喜んでいなさい。17絶えず祈りなさい。

18どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。19の火を消してはいけません。20預言を軽んじてはいけません。21すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。22あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。
23どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。24あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。

(註)19“霊”・・・・・・新共同訳聖書では、「聖霊」を意味する「霊」ということばには、“ ”が付けられている。ここでは一コリントの信徒への手紙1214章に見られるような「霊的な賜物」(カリスマ)のことが言われているようである。

 

 〔ヨハネ福音書1118節は福音書全体を暗示する序文にあたる。そこでも言及される洗礼者ヨハネのあかしを、19節からはより詳しく物語る。〕

福音朗読       ヨハネによる福音書

あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。

(1章68節、1928節)

ヨハネによる福音

6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。7彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。8彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
19 さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、20彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。21彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。22そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」

23ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。
 「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。
 『主の道をまっすぐにせよ』と。」
24遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。25彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、26ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。27その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」28これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。

(註) 7・・・・・・「世に来てすべての人を照らす」(9節)光とはイエスのことである。

(註)20メシア・・・・・・油そそがれた者の意味。神が遣わす救い主。

(註)21エリヤ・・・・・・紀元前九世紀の北イスラエルの預言者。マラキ書では、終末の審判の前に人々を回心させるため、再び世に遣わされると預言されている(マラキ書323節)。

(註) あの預言者・・・・・・神が立て、神のことばを伝えるモーセのような預言者(申命記181518節)のこと。

(註)23わたしは荒れ野で~・・・・・・イザヤ書403節の引用。他の福音書も同じことばで洗礼者ヨハネを紹介するが、ヨハネ福音書だけは、洗礼者ヨハネ自身の口からこのことばを語らせている。

(註)26わたしは水で洗礼を授ける・・・・・・このことばは、聖霊で授けるイエスの洗礼との対比を暗示する。この対比はこの後の箇所(12934節)で述べられる(マタイ福音書311節、マルコ福音書18節、ルカ福音書316節参照)。

(註)27履物のひもを解く・・・・・・これは奴隷の仕事であった。

(註)28ベタニア・・・・・・正確な位置は不明だが、ヨハネ福音書1112章に出てくるエルサレム近郊のベタニアとは別の場所。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171217より)

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