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2018年2月23日 (金)

2018年 2月25日の「聖書と典礼」

2018年 2月25日の「聖書と典礼」

「四旬節第2主日」 B

あなたは、自分の独り子である息子すら、

わたしにささげることを惜しまなかった。

(創世記2212節より)

 

 〔四旬節の第一朗読は、旧約時代の救いの歴史を思い起こさせる。第二主日には毎年アブラハムの出来事が読まれる。〕

第一朗読創世記 

先祖アブラハムの献げ物。

(22章12節、9節a、1013節、1518節)

創世記

1 〔その日、〕神はアブラハムを試された。
 神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、

2神は命じられた。
 「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
9a神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ〔た。〕10そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
11そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、12御使いは言った。
 「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」
13アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
15主の御使いは、再び天からアブラハムに呼びかけた。16御使いは言った。
 「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこの事を行い、自分の独り子である息子すら惜しまなかったので、17あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。18地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」

(註) 2イサク・・・イサクは高齢のアブラハムにとって、初めて妻サラとの間に生まれた子供であった。神は、このイサクをとおして多くの子孫が生まれると約束していた(創世記1715-21節参照)

(註) モリヤ・・・位置は不明。「(神を)見る地」の意味か。

(註) 焼き尽くす捧げ物・・・牛や羊などを全部焼いて神にささげること(レビ記1)。古代社会では人身御供も行われたが、イスラエルはこれを異教の風習として厳しく禁じた。ここでは神が子どもを犠牲としてささげることを命じたことではなく、それを直前に止めたことの意義が大きい。

(註)11主の御使い・・・神から遣わされた超人的な存在であるが、旧約聖書ではしばしば神ご自身として人に語りかける。

(註)17祝福・・・アブラハムとその子孫への祝福は、祝福の源となり、すべての民にその祝福が及ぶ(創世記122-3節参照)

 

 〔パウロはここで、わたしたちに聖霊を注ぎ、ご自分の子どもとしてくださった(815)神の愛を確信して語る。〕

                             

第二朗読      ローマの信徒への手紙 

神はその御子をさえ惜しまなかった。

(8章31b34節)

使徒パウロのローマの教会への手紙

31b〔皆さん、〕もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。32わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。33だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。34だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。

(註)32渡された・・・十字架にかけられるために、人々に引き渡されることを表すことば。

(註)33義としてくださる・・・「義とする」は、神との正しい関係の中に導き入れられることを意味する。

 

 〔最初の受難予告(マルコ福音書831)から六日後の出来事。この出来事によって、イエスが苦しみをとおして栄光に入ることが前もって示される。〕

福音朗読       マルコによる福音書 

これはわたしの愛する子。

(9章210節)

マルコによる福音

2 〔そのとき、〕イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、3服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。4エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。5ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」6ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。7すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」8弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
9 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。10彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。

(註) 4エリヤがモーセと共に・・・エリヤは預言者を代表する。「律法と預言者」という言い方は、旧約聖書全体を表す。

(註) 5仮小屋・・・ペトロはこの素晴らしい光景が永続することを望んで三人の住まいを立てようとしたようである。

(註) 7・・・神の栄光(神ご自身)の現れのしるしである(出エジプト記4034-38節参照)

(註) これはわたしの愛する子・・・ヨルダン川での洗礼のときにも同じ声が聞こえた(マルコ福音書111節。なお、イザヤ書421節も参照のこと)

(註) 聞け・・・ただ耳で聞くだけでなく、「聞き従う」の意味。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018 225より)

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2018年2月17日 (土)

2018年 2月18日の「聖書と典礼」

2018年 2月18日の「聖書と典礼」

「四旬節第1主日」 B

わたしは雲の中にわたしの虹を置く。

(創世記913節より)

 

 〔洪水の後、箱舟から出たノアと息子たちに神の約束が告げられる。この約束はすべての生き物に及ぶ。新約聖書では、この洪水は洗礼を前もって表すものとされる(第二朗読参照)。〕

第一朗読            創世記 

洪水から救われたノアと結ばれた神の契約。

(9章815節)

創世記

8 神はノアと彼の息子たちに言われた。
9 「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。10あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。11わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」
12 更に神は言われた。
 「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。13すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。14わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、15わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。」 

(註) 9契約を立てる・・・この契約は神と人との双方によって結ばれるのではなく、神の一方的な約束によって立てられる。

(註)11肉なるもの・・・「生き物」のことであるが、滅びゆく弱い者としての生き物を意味することば。

(註)12契約のしるし・・・アブラハムとの契約では割礼がしるしとなる(創世記1711)

(註)13・・・「虹」は天と地を結ぶものと考えられている。

(註)15契約に心を留める・・・契約に心を留めるのも人間ではなく、神ご自身である。神はご自分の契約を忘れられない。

 

 〔この手紙は洗礼を受けて新しく信者になった人々への説教がもとになっていると考えられている。〕

第二朗読        (一)ペトロの手紙 

洗礼は今やあなたがたをも救う。

(3章1822節)

使徒ペトロの手紙

18 〔愛する皆さん、キリストは、〕罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです。キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。19そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。20この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。21この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。22キリストは、天に上って神の右におられます。天使、また権威や勢力は、キリストの支配に服しているのです。 

(註)18ただ一度苦しまれました・・・十字架の苦しみを指す。

(註)19捕らわれていた霊たち・・・ノアの時代に堕落した「神の子ら」のことを指すと思われる。創世記614節参照。

(註)20ノアの時代・・・創世記69章の洪水が起こった時代。

(註) 箱舟・・・本節と次節から、箱舟は後に教会の前表と考えられるようになった。

(註)21前もって表された・・・旧約の出来事の中に、今のわたしたちの救いが暗示されていると考えられている。

 

〔ヨルダン川でイエスが洗礼を受けた直後のこと。〕

                             福音朗読       マルコによる福音書 

イエスはサタンから誘惑を受けられた。天使たちがイエスに仕えていた。

(1章1215節)

 

 

マルコによる福音

 

12 〔そのとき、〕はイエスを荒れ野に送り出した。13イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、15「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

(註)12 “霊”・・・聖霊のこと。聖霊は、洗礼のときイエスに降り、イエスの活動を常に導いている。

(註)13四十日間・・・四旬節はこれを原型としているが、40という数は試練や苦しみを表す。

(註) 野獣・・・人を脅かすもの。天使と一緒に出てくるのは詩編911113節を思わせる。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018 218より)

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2018年2月14日 (水)

2018年 2月14日の「聖書と典礼」

2018年 2月14日の「聖書と典礼」

「灰の水曜日」 B

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。

(マタイ福音書66節より)

 

 〔ヨエルが預言をした時代はペルシア帝国の支配の末期にあたるといわれる。当時は恐ろしいイナゴの襲来があったようで(14節参照)、ヨエルはこれを主の怒りの日の予兆として、民に回心を求めた。〕

第一朗読           ヨエル書

衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け。

(2章1218節)

                             

 

ヨエルの預言

 

12主は言われる。
「今こそ、心からわたしに立ち帰れ
断食し、泣き悲しんで。

13衣を裂くのではなく
お前たちの心を引き裂け。」

 

あなたたちの神、主に立ち帰れ。
主は恵みに満ち、憐れみ深く
忍耐強く、慈しみに富み
くだした災いを悔いられるからだ。

14あるいは、主が思い直され
その後に祝福を残し
あなたたちの神、主にささげる穀物とぶどう酒を
残してくださるかもしれない。

 

15シオンで角笛を吹き
断食を布告し、聖会を召集せよ。

16民を呼び集め、会衆を聖別し
長老を集合させよ。
幼子、乳飲み子を呼び集め
花婿を控えの間から
花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。

17祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き
主に仕える者は言うがよい。
「主よ、あなたの民を憐れんでください。
あなたの嗣業である民を恥に落とさず
国々の嘲りの種としないでください。
『彼らの神はどこにいるのか』と
なぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」

 

18そのとき
主は御自分の国を強く愛し
その民を深く憐れまれた。

(註)13衣を裂く・・・これ自体回心のしるしだが、さらに「心を引き裂け」という表現で、徹底した回心を求めている。

 

(註) 主は恵に満ち~・・・出エジプト記346節参照。

(註) くだした災い・・・いなごの群れのこと。神に捧げる作物も残らないほどの被害がもたらされた。

(註)15聖会・・・礼拝のために召集された集会のこと。

(註)17嗣業・・・賜物、所有、相続財産のこと。イスラエルの民は、神がエジプトから導き出し、ご自分のものとされた民であるので、神の嗣業といわれる。

 

 〔この手紙の中で、自分の使徒としての任務を明らかにしてきたパウロは、それが「和解のために奉仕する任務」(518節)であると言う。そして、続くこの個所で、キリストによる神との和解を受け入れるよう呼びかける。〕

第二朗読     (二)コリントの信徒への手紙 

神と和解させていただきなさい。今や恵みの時。

(5章20節〜6章2節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

520〔皆さん、〕神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。21罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。
61わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。2なぜなら、
 「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
 救いの日に、わたしはあなたを助けた」
と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

(註)62「恵みの時に~」・・・イザヤ書498節からの引用。

 

 〔山上の説教の一節。「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(548節)ということばに続く個所。〕

福音朗読       マタイによる福音書 

隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。

(6章16節、1618節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕1「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
 2だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。3施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。4あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
 5祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。6だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
 16断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

(註) 2偽善者・・・マタイでは律法学者やファリサイ派を指す(2313節参照)。原語は「俳優」の意味があり、表の態度と心の中が違うことを指す意味合いがある(1578節、2218節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018 214より)

2018年2月 9日 (金)

2018年 2月11日の「聖書と典礼」

2018年 2月11日の「聖書と典礼」

「年間第6主日」 B

主は豊かなあがないに満ち、いつくしみ深い。

(答唱詩編 答唱句)

 

 〔蛇に誘惑されて人(アダム)が罪を犯した後の神のことば。罪によって神から離れてしまった人間の苦しみが描かれている。なお、この日の第一朗読の箇所は日本の教会のための独自の箇所である。ちなみに、ローマ規範版の『ミサの朗読配分』では、この日の第一朗読はレビ記1312節、4446節となっている。〕

第一朗読            創世記 

お前のゆえに、土は呪われる者となった。お前は生涯苦しむ。

(3章1619節)

創世記

16神は女に向かって言われた。
「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。
お前は、苦しんで子を産む。
お前は男を求め
彼はお前を支配する。」

17神はアダムに向かって言われた。
「お前は女の声に従い
取って食べるなと命じた木から食べた。
お前のゆえに、土は呪われるものとなった。
お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。

18お前に対して
土は茨とあざみを生えいでさせる
野の草を食べようとするお前に。

19お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。」

(註)16はらみ・・・孕(はら)むこと。つまり、子どもを身ごもること。

(註) 彼はお前を支配する・・・男が女を支配するということは、神の本来の意思によるのではなく、人間の罪の結果である。

(註)18茨とあざみ・・・共にとげのある雑草。食物となる草木が生えるのを妨げる。

(註)19土 塵・・・人は土の塵から形づくられ、「命の息」をふき入れられて生きるものとなった(創世記27節参照)。それゆえ、人は神から離れれば、むなしく滅び行くものでしかないのである。

 

 〔「『すべてのことが許されている。』 しかし、すべてのことが益になるわけではない」(1023節)というパウロは、偶像に供えられた肉を食べてもよいか、という問題に関連して、キリスト者の生き方全体がすべての人の救いのためであることを語る。〕

第二朗読    (一)コリントの信徒への手紙 

わたしがキリストに倣う者であるように、

あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい。

(10章31節〜11章 1節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

                             1031〔皆さん、〕あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。32ユダヤ人にも、ギリシア人にも、神の教会にも、あなたがたは人を惑わす原因にならないようにしなさい。33わたしも、人々を救うために、自分の益ではなく多くの人の益を求めて、すべての点ですべての人を喜ばそうとしているのですから。111わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい。

(註)1032神の教会・・・この手紙にたびたび登場する表現(12節、1116節、22)。教会が神のものであることを明示する。

(註)111キリストに倣う・・・ここでは徹底的に自分を低くされ、仕える者となられてキリストの姿(フィリピの信徒への手紙26節―8節参照)が考えられているのであろう。

 

〔ガリラヤでのイエスの活動の一コマ。〕

 福音朗読       マルコによる福音書 

重い皮膚病は去り、その人は清くなった。

(1章4045節)

マルコによる福音

40〔そのとき、〕重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。41イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、42たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。43イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、44言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」45しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

(註)40重い皮膚病・・・現代でいう「ハンセン病」を含むが、似たような病状全体を表すことば。古代には治療法がなく非常に恐れられていた。律法では、この病気の人は「汚れた者」と考えられ、共同体から追放され、健常者に近づくことを許されなかった(レビ記134546節参照)。

(註) 御心ならば・・・直訳は「あなたが望むならば」。次節の「よろしい」は、直訳では「わたしは望む」である。

(註)41深く憐れんで・・・はらわたが激しく動かされるさまを表す語で、深い共感を意味する。なお「怒って」とする写本もあり、その場合は、人間を苦しめているものへの怒りを表していると考えられる。

(註)43厳しく注意して・・・原語は、「息巻いて、がみがみ言う」といった意味合い。

(註)44話さないように・・・イエスはたびたびいやしを口止めしている(マルコ福音書543節など)

(註) 祭司に体を見せ~・・・清めの儀式については、レビ記14章に詳しい規定がある。この儀式を経なければ、病人は社会復帰することができなかった。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018 211より)

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2018年2月 2日 (金)

2018年 2月 4日の「聖書と典礼」

2018年 2月 4日の「聖書と典礼」

「年間第5主日」 B

イエスがそばに行き、手を取って起こされると・・・・・・。

(マルコ福音書 131節より)

 

 〔友人であるエリファズがすべてを神にゆだねるよう諭すのに対して、苦しみのどん底にいるヨブはあくまでも神の答えを求め続ける。〕

第一朗読            ヨブ記

わたしはいらだって夜明けを待つ。

(7章14節、67節)

ヨブ記

〔ヨブは言った。〕
1
この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。
 
傭兵のように日々を送らなければならない。
2
奴隷のように日の暮れるのを待ち焦がれ
 
傭兵のように報酬を待ち望む。
3
そうだ
 
わたしの嗣業はむなしく過ぎる月日。
 
労苦の夜々が定められた報酬。
4
横たわればいつ起き上がれるのかと思い
 
夜の長さに倦み
 
いらだって夜明けを待つ。
6
わたしの一生は機の梭よりも速く
 
望みもないままに過ぎ去る。

7忘れないでください
わたしの命は風にすぎないことを。
わたしの目は二度と幸いを見ないでしょう。

(註)1傭兵・・・「雇い人」とも訳せる。2節も同じ。

(註)3嗣業・・・神から与えられた賜物。財産。」

(註)4いらだって夜明けを待つ・・・「夜明けまで転げまわる」とも訳される。

(註)6(はた)()・・・機織りのときに横糸を通すために用いられるもの。左右から投げるように通す。

(註)7・・・原語は「ルーアッハ」。「息」とも訳せる。

 

 〔コリントの教会には、パウロの使途としての権利を疑う人がいたらしい。パウロは自分が福音のためにすべてをかけていることを力説する。〕

第二朗読    (一)コリントの信徒への手紙 

福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸である。

(9章1619節、2223節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

16〔皆さん、〕わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。17自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。18では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。
19わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。22弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。23福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

(註)17強いられてする・・・パウロは自発的に使徒職についたのではなく、キリストに捕らえられてキリストの僕になったと考えている。

(註)18当然持っている権利・・・福音を告げ知らせる人は、そのことによって生計を立てることができるという権利(96節、14節参照)

(註)19人を得る・・・その人を滅びから救い出し、神の国に招き入れるという意味。

 

 〔マルコ福音書はイエスの活動の様子を、カファルナウムでの一日の出来事として伝える。この箇所は、安息日に会堂で教えたことに続く場面。〕

福音朗読        マルコによる福音書 

イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやした。

(1章2939節)

マルコによる福音

                             

29〔そのとき、イエスは〕会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。30シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。31イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。32夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。33町中の人が、戸口に集まった。34イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。
35
朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。36シモンとその仲間はイエスの後を追い、37見つけると、「みんなが捜しています」と言った。

38イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」39そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。

(註)29シモンと~・・・この四人は最初に選ばれた弟子。

(註)31もてなした・・・原語は「仕える」を意味する語。(1045節参照)救われることは仕える者となるためであることが暗示されていよう。

(註)34悪霊にもの言うことを~・・・相手を支配することであった。それゆえ黙らせた。

(註)38宣教する・・・神の国の到来を「告げ知らせる」こと(115節参照)。これがイエスの活動の中心であり、病人をいやし、悪霊を追い出すのは、そのしるしであった。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018 2 4より)

パンダネ「週報」2018年 2月 4日号

~~~カトリック兵庫教会報~~~

パンダネ「週報」

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