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2018年3月30日 (金)

2018年 4月 1日の「聖書と典礼」

2018年 4月 1日の「聖書と典礼」

「復活の主日(日中のミサ)

週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに……。

(ヨハネによる福音書201節より)

 

 〔復活節の主日の第1朗読はいつも「使徒言行録」が読まれ、復活した主に力づけられ、聖霊に導かれた初代教会の姿が思い起こされる。毎年読まれるきょうの箇所は、ローマ軍の百人隊長であったコルネリウスから招待を受けたペトロが、イエス・キリストについて証言する個所。〕

第一朗読使徒言行録 

イエスが死者の中から復活した後、

わたしたちはイエスと一緒に食事をした。

(10章34節a、3743節)

使徒たちの宣教

34a〔その日、〕ペトロは口を開きこう言った。37「あなたがたは〔このことを〕ご存じでしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。38つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。39わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、40神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。41しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。42そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。43また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」

()38聖霊と力に~・・・ルカ福音書418(イザヤ書611)参照。

()41ご一緒に食事をした・・・イエスが確かに生きていることを表すしるし。ルカ福音書2443節、使徒言行録14節参照。

 

 〔パウロは不道徳な人との交際を避けるように命じて、このたとえを語る。〕

                             

第二朗読    (一)コリントの信徒への手紙 

新しい練り粉のままでいられるように、

古いパン種をきれいに取り除きなさい。〕

(5章6b8節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。

() 6パン種・・・パン種はパンをふくらませるためになくてはならないものであるが、同時に腐敗のもとでもある。福音書の中でもパン種のたとえは、良い意味でも(マタイ福音書1333)悪い意味でも(マルコ福音書815)用いられている。ここでは悪が広がっていくことを意味する。

() 7過ぎ越しの子羊・・・原語は「パスカ」で「過越」「過越祭」の意味もある。過越祭は八日間パン種の入っていないパンを食べる除酵祭の初日であった。

 

 〔イエスが十字架で死んでから三日目の出来事。〕

福音朗読       ヨハネによる福音書 

イエスは死者の中から復活されることになっている。

(20章19節)

ヨハネによる福音

1 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。2そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」3そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。4二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。5身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。6続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。7イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。8それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。9イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのであ       る。

() 1週の初めの日・・・安息日の翌日で、今の日曜日にあたる。

() 墓・・・墓は岩を掘った横穴で、その入り口は転がる石でふさぎ、死者の世界との境界を閉ざした。

() 2愛しておられたもう一人の弟子・・・ゼベダイの子ヨハネ。

() 5亜麻布・・・イエスの遺体を包んでいた布(1940節参照)

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20184 1より)

パンダネ「週報」2018年 4月 1日号

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2018年3月24日 (土)

2018年 3月25日の「聖書と典礼」

2018年 3月25日の「聖書と典礼」

「受難の主日(枝の主日)」 B

「お前がユダヤ人の王なのか。」

(マルコ福音書15章2節より)

 

 〔ガリラヤからエルサレムへの旅を続けてきたイエスと弟子たちは、エリコからエルサレムへと上って行った。〕

入城の福音      マルコによる福音書

主の名によって来られる方に、祝福があるように。

(11章110節)

マルコによる福音

1 一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、2言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。3もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」

4二人は、出かけて行くと、表通りの戸口に子ろばのつないであるのを見つけたので、それをほどいた。5すると、そこに居合わせたある人々が、「その子ろばをほどいてどうするのか」と言った。6二人が、イエスの言われたとおり話すと、許してくれた。7二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。8多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。9そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。
 「ホサナ。
 主の名によって来られる方に、
 祝福があるように。

10我らの父ダビデの来るべき国に、
 祝福があるように。
 いと高きところにホサナ。」 

() 2小ろば・・・マタイ福音書21章4-5節とヨハネ福音書12章14-15節は、イエスがろばに乗ってエルサレムに入られたことをゼカリア書9章9節を引用して説明している。ゼカリア書の原文では「雌ろばの子であるろば」と言われているが、これがギリシヤ語に訳されたとき、「小ろば」を意味することばがあてられた。

() 9ホサナ・・・本来は詩編118章25節にある「どうか救いたまえ」という意味の言葉だが、歓呼の叫びにもなった。仮庵祭(かりいおさい)の行列のとき、枝を携えた人々によって詩編118のホサナが唱えられた。「主の名によって」以下も同じ詩編の26節から採られている。

 

〔イザヤ書の40~55章は第二イザヤと呼ばれるが、その中に「主の僕の歌」と呼ばれるものが四つある(42章1-4節、49章1-6節、50章4-9節、52章13節~53章12節)。この箇所はその第三のもの。この「僕」は、預言者自身のようでもあり、来たるべきメシアのようでもあるが、なによりもイエス・キリスト(特にその受難)の姿を思わせる。〕

第一朗読           イザヤ書 

わたしは顔を隠さずに、嘲りを受けた。しかし、わたしは知っている、

わたしが辱められることはない、と(主の僕第三の歌)

(50章47節)

イザヤの預言

4主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え
疲れた人を励ますように
言葉を呼び覚ましてくださる。
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。

5主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは逆らわず、退かなかった。

6打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。

7主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。

() 4弟子としての舌を・・・僕の指名は言葉を通してなされる預言者的なものである。

() 6打とうとする者には~・・・僕の苦難については第四の歌に詳しい(59章13節以下)

() 7硬い石のように・・・迫害に屈伏しないさまを表す。

 

 〔互いに愛し合い、へりくだることをパウロは訴えかけ、キリストの模範を思い起こさせる。この部分は、初代教会のキリスト賛歌が引用されていると考えられている。〕

第二朗読      フィリピの信徒への手紙 

神は、へりくだったキリストを高く上げられた。

(2章611節)

                             

 

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

 

6 〔イエス・〕キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、7かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、8へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。9このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。10こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、11すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

() 6身分・・・この言葉(モルフェー)の本来の意味は「形、姿」だが、外観のみならず内容・実質をも意味する。7節の「身分」も同じ語。これに対して、7節で「姿」と訳される語(スケーマ)は外にあらわれた形、形状を指す。

() 8十字架の死に至るまで・・・この言葉は、パウロが元の賛歌に加えたものと考えられている。

 

 〔イエスは夜、逮捕され、大祭司の屋敷に連行され、直ちに最高法院で裁判を受け、死刑の判決を受けた。〕

受難の朗読      マルコによる福音書

主イエス・キリストの受難

(15章139節)

 ()✝印はキリスト(司式司祭)Cは語り手(第1朗読者)

 Sは群衆(会衆一同)Aは他の登場人物(第二朗読者)

 

 

 

マルコによる主イエス・キリストの受難

 

 

                                                                                                                                                                                         
 

 
 

1夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。2ピラトがイエスに尋問した。

 
 

 
 

「お前がユダヤ人の王なのか。」

 
 

 
 

イエスは答えられた。

 
 

 
 

「それは、あなたが言っていることです。」

 
 

 
 

3そこで祭司長たちが、いろいろとイエスを訴えた。4ピラトが再び尋問した。

 
 

 
 

「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに。」

 
 

 
 

5しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。
 
6ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。7さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。8群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。9そこで、ピラトは言った。

 
 

 
 

「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか。」

 
 

 
 

10祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。11祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した。12そこで、ピラトは改めて言った。

 
 

 
 

「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか。」

 
 

 
 

13群衆はまた叫んだ。

 
 

 
 

「十字架につけろ。」

 
 

 
 

14ピラトは言った。

 
 

 
 

「いったいどんな悪事を働いたというのか。」

 
 

 
 

群衆はますます激しく叫び立てた。

 
 

 
 

「十字架につけろ。」

 
 

 
 

15ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。
 
16兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。17そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、

 
 

 
 

18「ユダヤ人の王、万歳」

 
 

 
 

と言って敬礼し始めた。19また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。20このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。そして、十字架につけるために外へ引き出した。
 
21そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。22そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った。23没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。24それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、
 
 その服を分け合った、
 
 だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。
 
25イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。26罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。27また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。29そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。

 
 

 
 

「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、30十字架から降りて自分を救ってみろ。」

 
 

 
 

31同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。

 
 

 
 

「他人は救ったのに、自分は救えない。32メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」

 
 

 
 

一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。
 
33昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。34三時にイエスは大声で叫ばれた。

 
 

 
 

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」

 
 

 
 

これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。35そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、

 
 

 
 

「そら、エリヤを呼んでいる」

 
 

 
 

と言う者がいた。36ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、

 
 

 
 

「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」

 
 

 
 

と言いながら、イエスに飲ませようとした。37しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。
 
     (頭を下げて、しばらく沈黙のうちに祈る)
 
38すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。39百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て言った。

 
 

 
 

「本当に、この人は神の子だった。」

 

() 1最高法院・・・大祭司が議長をつとめるユダヤ教の最高会議。祭司長、長老、律法学者、からなる。この時代にはユダヤ人内部の裁判権、警察権はあったが、死刑はローマ総督の同意なしには行えなかった。

() ピラト・・・紀元26~36年まで、ローマ総督として、ユダヤ、サマリア、イドマヤを統治した。

() 2ユダヤ人の王・・・ユダヤは当時ローマ帝国の直轄領だったので、ユダヤ人の王と自称する者はローマ皇帝の支配に対する反逆者ということになる。最高法院はイエスを死刑にするために、このように訴えたのである。

() あなたが言っている・・・これは、はっきりとした肯定でも否定でもない言い方である。

() 7バラバ・・・「アバ()の子」という意味で、ユダヤ人に多い名前である。

()13十字架・・・ローマの死刑の中で最も残虐な刑であり、ローマ市民権を持つ者には適用されなかった。植民地の、特にローマに対する反逆者に適用された。見せしめとしての性格を持つ。

()17紫の服・・・ローマ兵の着用した深紅色の外套のこと。王の服になぞらえた。

() 茨の・・・これをかぶらせるのは、苦痛を与えるよりも、むしろ嘲りのためであると考えられる。

()21アレクサンドロとルフォス・・・ローマの信徒への手紙1613節にルフォスという人名があり、本節のルフォスと同一人物であると思われる。この息子たちはローマ教会でよく知られていた信者だったらしい。

() キレネ・・・ギリシアの対岸の北アフリカの都市。

()23没薬を混ぜたぶどう酒・・・非常に強く、苦痛をやわらげる効果を持つ。

()24その服を~・・・詩編2219節(きょうの答唱詩編)参照。

()29神殿を打ち倒し、三日で建てる者・・・マルコ福音書1458節、ヨハネ福音書21921節参照。ヨハネ福音書219節では、イエス自身がこう言うが、そこでいわれている「神殿」とは、死んで三日目に復活する「自分の体」のことを意味していた。

()34エロイ、エロイ、~・・・アラム語をギリシア語に写した形。意味は「わが神、わが神・・・」であるが、これは詩編22(きょうの答唱詩編)の冒頭のことばである。この詩編全体は絶望の叫びではなく、苦難の中で神に信頼する祈りである

()35エリヤ・・・紀元前九世紀の北イスラエルの預言者。非常に尊敬されていた。

()36酸いぶどう酒・・・兵士の持っていた飲み物で元気を回復させるためのものだが、ここでは苦痛を引き延ばすことになる。

()38神殿の垂れ幕・・・神殿には二つの垂れ幕があり、一つは至聖所の入り口、もう一つは聖所の前にあった。いずれにせよ、キリストの死によって、もはやこの幕は神と人とを隔てるものではなくなる。

()39百人隊長・・・ローマ軍の百人隊の長。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018325より)

パンダネ「週報」2018年 3月25日号

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2018年3月16日 (金)

2018年 3月18日の「聖書と典礼」

2018年 3月18日の「聖書と典礼」

「四旬節第5主日」 B

 一粒の麦が地に落ちて死ねば、多くの実を結ぶ。

(福音朗読主題句 ヨハネ福音書12章24節より)

 

 〔預言者エレミヤが活動した時代(紀元前七~六世紀)は、エルサレムがバビロニア帝国によって占領され、バビロン捕囚が始まっていく苦難の時代。その中で、エレミヤは神の救いへの希望を示す。〕

第一朗読           エレミヤ書 

わたしはイスラエルの家と新しい契約を結び、

彼らの罪に心を留めることはない。

(31章3134節)

エレミヤの預言

31 見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。32この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。33しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。34そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。

()31新しい契約・・・エレミヤ書3240節、エゼキエル書3425節、3726節では「永遠の契約」「平和の契約」と言われる。イエスは最後の晩さんの席でこの預言の成就を語っている(ルカ福音書2220節参照)

()33心にそれを記す・・・詩編409節、エゼキエル書1119節、3626節の表現を参照。

()34知る・・・知識の問題ではなく、神との正しい関係に入ることをいう。

 

 〔イエスは「わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」(415)。本書の著者は、このイエスの中に救いを見いだす。〕

                             

第二朗読        ヘブライ人への手紙

キリストは従順を学び、永遠の救いの源となられた。

(5章79節)

ヘブライ人への手紙

7 キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。8キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。9そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり〔ました。〕

() 7祈りと願いとをささげ~・・・ゲッセマネの祈り(マルコ福音書143242節と並行個所)のことが考えられていると思われる。そこでイエスは、「み旨が行われますように」と祈られた。

() 8従順・・・聞き従うこと。

 

 〔イエスはエルサレムに入り、自分の受難と死をはっきりと予期している。〕

福音朗読       ヨハネによる福音書 

一粒の麦が地に落ちて死ねば、

多くの実を結ぶ。

(12章2033節)

ヨハネによる福音

20 さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。21彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。22フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポは行って、イエスに話した。23イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。24はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。25自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。26わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。
27 今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。28父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしは既に栄光を現した。再び栄光を現そう。」29そばにいた群衆は、これを聞いて、「雷が鳴った」と言い、ほかの者たちは「天使がこの人に話しかけたのだ」と言った。30イエスは答えて言われた。「この声が聞こえたのは、わたしのためではなく、あなたがたのためだ。31今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される。32わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」33イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである。

()20祭り・・・過越祭のこと

()23栄光・・・そのものの素晴らしさが輝き出ること。地上的な成功のうちにではなく、十字架のうちに「栄光」がある。

()24死ななければ・・・地に落ちた麦は生命を失うわけではないが、一粒の麦としてはその存在を無にすることによって、豊かな実りをもたらすのでこのように言う。

()25自分の命を愛する者は~・・・マルコ福音書83435節参照。

()31この世・・・イエスに敵対し、イエスを迫害する世を意味する。次の「この世の支配者」は、この世の権力者、あるいは、この世に働いている大きな悪の力を意味する。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018318より)

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2018年3月 9日 (金)

2018年 3月11日の「聖書と典礼」

2018年 3月11日の「聖書と典礼」

「四旬節第4主日」 B

モーセが荒れ野で蛇を上げたように、

人の子も上げられねばならない。

(ヨハネによる福音書 314節より)

 

 〔歴代誌はおもにサウル、ダビデ、ソロモンと分裂王国時代の南ユダ王国の歴史を述べる。その結びが今日の箇所。民の罪と苦しみ、それらを通して最終的に実現した神の救いの計画が語られる。〕

第一朗読          歴代誌(下) 

主の怒りと憐れみは、民の追放と解放によって明らかにされる。

(36章1416節、1923節)

歴代誌

 〔そのころ、ユダの王ゼデキヤは主の目に悪とされることを行った。〕 14祭司長たちのすべても民と共に諸国の民のあらゆる忌むべき行いに倣って罪に罪を重ね、主が聖別されたエルサレムの神殿を汚した。15先祖の神、主は御自分の民と御住まいを憐れみ、繰り返し御使いを彼らに遣わされたが、16彼らは神の御使いを嘲笑い、その言葉を蔑み、預言者を愚弄した。それゆえ、ついにその民に向かって主の怒りが燃え上がり、もはや手の施しようがなくなった。
19神殿には火が放たれ、エルサレムの城壁は崩され、宮殿はすべて灰燼に帰し、貴重な品々はことごとく破壊された。20剣を免れて生き残った者は捕らえられ、バビロンに連れ去られた。彼らはペルシアの王国に覇権が移るまで、バビロンの王とその王子たちの僕となった。21こうして主がエレミヤの口を通して告げられた言葉が実現し、この地はついに安息を取り戻した。その荒廃の全期間を通じて地は安息を得、七十年の年月が満ちた。
22ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口を通して約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。
23 「ペルシアの王キュロスはこう言う。
 天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、上って行くがよい。神なる主がその者と共にいてくださるように。」

()15御使い・・・「使者」、つまり預言者のこと。

()19神殿には火が~・・・紀元前五八七年、バビロニア軍によってエルサレムは破壊された。

()21エレミヤの口を通して告げられた言葉・・・エレミヤ書251112節参照。エレミヤは捕囚前の時代から活動を始め、エルサレムがバビロニア軍によって占領されたのをその目で見た。

() 七十年・・・エレミヤ書251112節、2910節にもこの年数が出てくるが、必ずしも実際の年数とは合わない。「充満、完成」を意味する象徴的な数であろう。

()22キュロス・・・キュロス二世(在位 五五九―五三0年)のこと。ただし、23節の布告は五三九年に出された。

() エレミヤの口を通して約束された・・・エレミヤ書331018節他参照。このように、預言が実現したと繰り返し語るのは、すべてが神の計画であり、神のわざであることを強調するためである。

 

 〔あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいた(21)とパウロは言う。神から離れて死んだようになっていた者に、いのちを与える神のいつくしみが語られる。〕

                             

第二朗読      エフェソの信徒への手紙

罪のために死んでいたとき、あなたがたは恵によって救われた。

(2章410節)

 

 

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 

4 〔皆さん、〕憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、5罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――6キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。7こうして、神は、キリスト・イエスにおいてわたしたちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊かな恵みを、来るべき世に現そうとされたのです。8事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。9行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。10なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。

() 6ともに復活させ~・・・本書やコロサイ書では、わたしたちが今すでにキリストの栄光の状態にあずかっている、という考えが示される。

() 7来たるべき世・・・キリストによって到来した新しい救いの時代を意味する。

() 9行い・・・次節の「業」と原語は同じ。救いは人間の業によらず、神の愛による。この神の救いによる新しい生き方の中で、「善い業」が初めて可能になる。

 

 〔ファリサイ派の議員であり、教師であったニコデモとの対話の結びの部分。〕

 

福音朗読       ヨハネによる福音書 

神が御子を世に遣わされたのは、

御子によって世が救われるためである。

(3章1421節)

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスはニコデモに言われた。〕14「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。19光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。20悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。21しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

()14モーセが荒れ野で・・・民数記2149節参照。そこには、「蛇が人を噛んでもその人が青銅の蛇を仰ぐと、いのちを得た」とある。

() 人の子も上げられ・・・イエスの十字架の死を意味する。

()17裁く・・・「裁判する、判断を下す」という意味のほかに、「断罪する、罰する」という意味もある。

()21真理を行う・・・真理と合致した行いを表す聖書的な表現。ここではキリストを信じる生き方や行いをいう。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018311より)

パンダネ「週報」2018年 3月11日号

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2018年3月 2日 (金)

2018年 3月 4日の「聖書と典礼」

2018年 3月 4日の「聖書と典礼」

「四旬節第3主日」 B

わたしの父の家を商売の家としてはならない。

(ヨハネ福音書 216節より)

 

 〔イスラエルの民は、エジプトでの奴隷状態から解放されるという救いの体験を通して神を知った。この神とともに生きる生き方の中心を示すのが、この十戒である。〕

第一朗読出エジプト記 

律法はモーセを通して与えられた(ヨハネ福音書117節)。

(20章117節 または 20章13節、78節、1217節)

出エジプト記

1 〔その日、〕神はこれらすべての言葉を告げられた。
2 「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。
3 あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
 《4あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。5あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、6わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。》
7 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。
8 安息日を心に留め、これを聖別せよ。
 《9六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、10七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。11六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。》
12 あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
13 殺してはならない。
14 姦淫してはならない。
15 盗んではならない。
16 隣人に関して偽証してはならない。
 隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。」 

() 2私は主、あなたの神・・・絶対かつ永遠の存在であるとともに、人間に対して「わたし」と「あなた」という人格的関係をもつ神であることが示される。

() 4地の下の水・・・「海」のこと。地は大洋の中に浮かんでいると考えられていた。

() 5熱情の神・・・「ねたみの神」とも訳される。神は、人間を激しく愛するがゆえに、夫婦の間のような忠実を要求する。

() 7主の名をみだりに唱えてはならない・・・古代の世界では、名はそのものの実体を表すと考えられ、人間が自分の目的のために呪術のように神の名を用いて神を支配し、悪用することがあった。

() 8安息日・・・安息日の律法は、旧約聖書の中で何度も語られるが、その根拠はそれぞれの箇所で異なる(出エジプト記2312節、311217節、申命記51215節など参照)。ここでは天地創造のわざを完成した後の神の安息(創世記213)にあずかることが強調されている。

() 聖別・・・聖なる者、つまり神のものとすること。

 

 〔コリントの信者が信仰を得たとき、知恵のある者や力のある者は多くなかった、とパウロは言う(126)。自分を誇り、分裂をもたらす動きに反対して、パウロは救いの原点を思い起こさせる。〕

                             

第二朗読     (一)コリントの信徒への手紙 

わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えている。

キリストは、ある人々にはつまずかせるものだが、

召された者には神の知恵である。

(1章2225節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

22〔皆さん、〕ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、23わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、24ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。25神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

()22しるし・・・奇跡のこと。

() 知恵・・・ここではすばらしい弁舌のこと。(117節参照)。

 

 〔イエスは、神殿を清める行為を通して、真の神殿(神がその中に住み、人が神に出会う場)とは何かを示す。〕

 

福音朗読       ヨハネによる福音書 

この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。

(2章1325節)

ヨハネによる福音

13 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。14そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。15イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、16鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」17弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

18ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。

19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。
23 イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。24しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ、25人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。

() 13エルサレムへ上って・・・他の福音書では宣教活動の最後にイエスはエルサレムへ行き、神殿を清めている。ヨハネ福音書では宣教開始直後の出来事。

() 14牛や羊や鳩・・・神殿でいけにえとして献げられる動物。 

()  両替・・・神殿にささげる献金には当時流通していたローマの貨幣は使えなかった。

() 17あなたの家を思う熱意が~・・・詩編6910

() 18しるし・・・奇跡のこと。

() 20この神殿・・・バビロン捕囚後、紀元前515年に再建されたいわゆる「第二神殿」。

() 23・・・第一朗読の注にもあるように、そのものの実体、その人自身を指す。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20183 4より)

パンダネ「週報」2018年 3月 4日号

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