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2018年3月 9日 (金)

2018年 3月11日の「聖書と典礼」

2018年 3月11日の「聖書と典礼」

「四旬節第4主日」 B

モーセが荒れ野で蛇を上げたように、

人の子も上げられねばならない。

(ヨハネによる福音書 314節より)

 

 〔歴代誌はおもにサウル、ダビデ、ソロモンと分裂王国時代の南ユダ王国の歴史を述べる。その結びが今日の箇所。民の罪と苦しみ、それらを通して最終的に実現した神の救いの計画が語られる。〕

第一朗読          歴代誌(下) 

主の怒りと憐れみは、民の追放と解放によって明らかにされる。

(36章1416節、1923節)

歴代誌

 〔そのころ、ユダの王ゼデキヤは主の目に悪とされることを行った。〕 14祭司長たちのすべても民と共に諸国の民のあらゆる忌むべき行いに倣って罪に罪を重ね、主が聖別されたエルサレムの神殿を汚した。15先祖の神、主は御自分の民と御住まいを憐れみ、繰り返し御使いを彼らに遣わされたが、16彼らは神の御使いを嘲笑い、その言葉を蔑み、預言者を愚弄した。それゆえ、ついにその民に向かって主の怒りが燃え上がり、もはや手の施しようがなくなった。
19神殿には火が放たれ、エルサレムの城壁は崩され、宮殿はすべて灰燼に帰し、貴重な品々はことごとく破壊された。20剣を免れて生き残った者は捕らえられ、バビロンに連れ去られた。彼らはペルシアの王国に覇権が移るまで、バビロンの王とその王子たちの僕となった。21こうして主がエレミヤの口を通して告げられた言葉が実現し、この地はついに安息を取り戻した。その荒廃の全期間を通じて地は安息を得、七十年の年月が満ちた。
22ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口を通して約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。
23 「ペルシアの王キュロスはこう言う。
 天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、上って行くがよい。神なる主がその者と共にいてくださるように。」

()15御使い・・・「使者」、つまり預言者のこと。

()19神殿には火が~・・・紀元前五八七年、バビロニア軍によってエルサレムは破壊された。

()21エレミヤの口を通して告げられた言葉・・・エレミヤ書251112節参照。エレミヤは捕囚前の時代から活動を始め、エルサレムがバビロニア軍によって占領されたのをその目で見た。

() 七十年・・・エレミヤ書251112節、2910節にもこの年数が出てくるが、必ずしも実際の年数とは合わない。「充満、完成」を意味する象徴的な数であろう。

()22キュロス・・・キュロス二世(在位 五五九―五三0年)のこと。ただし、23節の布告は五三九年に出された。

() エレミヤの口を通して約束された・・・エレミヤ書331018節他参照。このように、預言が実現したと繰り返し語るのは、すべてが神の計画であり、神のわざであることを強調するためである。

 

 〔あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいた(21)とパウロは言う。神から離れて死んだようになっていた者に、いのちを与える神のいつくしみが語られる。〕

                             

第二朗読      エフェソの信徒への手紙

罪のために死んでいたとき、あなたがたは恵によって救われた。

(2章410節)

 

 

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 

4 〔皆さん、〕憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、5罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――6キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。7こうして、神は、キリスト・イエスにおいてわたしたちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊かな恵みを、来るべき世に現そうとされたのです。8事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。9行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。10なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。

() 6ともに復活させ~・・・本書やコロサイ書では、わたしたちが今すでにキリストの栄光の状態にあずかっている、という考えが示される。

() 7来たるべき世・・・キリストによって到来した新しい救いの時代を意味する。

() 9行い・・・次節の「業」と原語は同じ。救いは人間の業によらず、神の愛による。この神の救いによる新しい生き方の中で、「善い業」が初めて可能になる。

 

 〔ファリサイ派の議員であり、教師であったニコデモとの対話の結びの部分。〕

 

福音朗読       ヨハネによる福音書 

神が御子を世に遣わされたのは、

御子によって世が救われるためである。

(3章1421節)

ヨハネによる福音

 〔そのとき、イエスはニコデモに言われた。〕14「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。18御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。19光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。20悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。21しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

()14モーセが荒れ野で・・・民数記2149節参照。そこには、「蛇が人を噛んでもその人が青銅の蛇を仰ぐと、いのちを得た」とある。

() 人の子も上げられ・・・イエスの十字架の死を意味する。

()17裁く・・・「裁判する、判断を下す」という意味のほかに、「断罪する、罰する」という意味もある。

()21真理を行う・・・真理と合致した行いを表す聖書的な表現。ここではキリストを信じる生き方や行いをいう。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018311より)

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