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2018年6月 1日 (金)

2018年 6月 3日の「聖書と典礼」

2018年 6月 3日の「聖書と典礼」

「キリストの聖体」 B

これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。

(マルコによる福音書1424節より)

 

 〔シナイ山のふもとで、神とイスラエルの民の間で行われた契約締結の儀式。新約との関係で言えばこれが「旧い契約」である。〕

第一朗読 出エジプト記

これは主があなたたちと結ばれた契約の血である。

(24章38節)

出エジプト記

3 〔その日、モーセは山から〕戻って、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせると、民は皆、声を一つにして答え、「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」と言った。4モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた。5彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた。6モーセは血の半分を取って鉢に入れて、残りの半分を祭壇に振りかけると、7契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らが、「わたしたちは主が語られたことをすべて行い、守ります」と言うと、8モーセは血を取り、民に振りかけて言った。「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」

(註) 3主のすべての言葉とすべての法・・・出エジプト記2022節~2333節の律法を指す。モーセだけがシナイ山に登って密雲の中でこの神の言葉を聞いた。

(註) 8契約の血・・・遊牧民の考えで、契約の際に動物の血を流すことは、その契約が命をかけたものであることを意味した。このことばはきょうの福音朗読にも見られる。

 

 〔旧約において祭司たちは礼拝のために聖所の幕屋に入ったが、その奥には大祭司が年に一度しか入れない至聖所があった。しかし、人が神に近づくことを妨げていたものはイエスによって取り除かれた(ヘブライ人への手紙1019-20節参照)。

第二朗読 ヘブライ人への手紙 

キリストの血は、わたしたちの良心を清めるだろう。

(9章1115節)

ヘブライ人への手紙

11 〔皆さん、〕キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、12雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。13なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、14まして、永遠のによって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリストの血は、わたしたちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。
15 こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者なのです。それは、最初の契約の下で犯された罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、召された者たちが、既に約束されている永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。

(註)11完全な幕屋・・・神の臨在を表す地上の幕屋(神殿の聖所)は「天の幕屋」のかたどりと考えられた(85節参照)が、ここでの「完全な幕屋」とは、キリストご自身のからだのことであろう。

(註)15永遠の財産・・・「遺産」とも訳せる。「契約」と訳された言葉には「遺言」の意味もある。

 

 〔イエスは弟子たちとともにされた最後の晩さんの中でこの新しい契約を残された。〕

福音朗読 マルコによる福音書 

これはわたしの体である。これはわたしの血である。

(14章1216節、2226節)

マルコによる福音

12 除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。13そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。14その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』15すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。」16弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。
22 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」23また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。24そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。25はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」26一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

(註)12除酵祭・・・元は農耕祭であるが、過越祭と結びつけられた。過越祭の後の七日間、酵母を除いたパンを食べる。

(註) 過越の子羊・・・エジプト脱出の夜、イスラエルの民が子羊の血を家の入口に塗ったことから過越の記念として食された(出エジプト記121-14節参照)。イエスの時代には神殿で屠られた。

(註)24契約の血・・・出エジプト記248節(第一朗読)参照。

(註)25神の国で新たに~・・・これが弟子たちとともにする最後の食事であることを示すことば。

(註)26賛美の歌・・・過ぎ越しの食事の終わりに詩編115118編が歌われた。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20186 3 より)

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