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2018年9月17日 (月)

2018年 9月16日の「聖書と典礼」

 2018年 9月16日の「聖書と典礼」

「年間第24主日」 B

わたしは、うとうとする者には背中を任せた。

(第1朗読主題句イザヤ書506節より)

 

 〔いわゆる「主の僕(しもべ)の歌」の第三の歌。苦難の中で神の助けに信頼する僕(わたし)は預言者個人であると同時に、捕囚の苦しみの中にあるイスラエルの民、さらにイエスの受難の姿を思わせる。〕

第一朗読           イザヤ書 

わたしは、打とうとする者には背中をまかせた。

(50章59節a)

イザヤの預言

5主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは逆らわず、退かなかった。

6打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。

7主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。

8わたしの正しさを認める方は近くいます。
誰がわたしと共に争ってくれるのか
われわれは共に立とう。
誰がわたしを訴えるのか
わたしに向かって来るがよい。

9a見よ、主なる神が助けてくださる。
誰がわたしを罪に定めえよう。

() 5耳を開かれた・・・ここで「わたし」は神のことばを聞き、それを人々に告げる預言者のように描かれている(4説も参照)。

() 7硬い石のように・・・嘲りに対してひるまない態度を表すことば。エゼキエル書38節、9節参照。

 

 〔この手紙の核心とも言える部分で、愛の行いの大切さを説く。山上の説教の結びを連想させる(マタイ福音書72127節参照)。〕

第二朗読          ヤコブの手紙 

行いが伴わないなら、信仰は死んだものである。

(2章1418節)

使徒ヤコブの手紙

14 わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。15もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、16あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。17信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。
18
 しかし、「あなたには信仰があり、わたしには行いがある」と言う人がいるかもしれません。行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう。

()14行い・・・パウロは人が行いではなく信仰によって義とされると述べている(ローマの信徒への手紙328節、ガラテヤの信徒への手紙216節、エフェソの信徒への手紙28節など)が、パウロが言う「行い」は律法の実行のことであり、ヤコブがここで語っているのは、信仰の実践としての愛のことである。

 

 〔マルコ福音書の前半で、病人をいやし、罪びとにゆるしをもたらし、貧しい人に神の福音を告げ知らせたイエスの活動を身近に見てきたペトロが、イエスはメシア(キリスト)であると告白する。〕

福音朗読       マルコによる福音書

「あなたは、メシアです。」人の子は必ず多くの苦しみを受ける。

(8章2735節)

マルコによる福音

27 〔そのとき、〕イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。28弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」29そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」30するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。
31
 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。32しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。33イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」34それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。35自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」 

()28エリヤ・・・紀元前九世紀の北イスラエル王国の有名な預言者。神の裁きの日が来る前に再来すると考えられていた。

()30だれにも話さないように・・・31節からイエスは自分の受難と復活について語り始め、自分が「苦しむメシア」であることを示す。このことが理解されなければ、イエスがメシアであることの意味は誤解されてしまうのである。

()33サタン・・・新約聖書ではサタンは普通、悪魔を意味するが、ここでは「神の計画に敵対する者」「誘惑する者」という意味でペトロに向かって言われている。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2018916 より)

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