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2018年12月28日 (金)

2018年12月30日の「聖書と典礼」

2018年12月30日の「聖書と典礼」

「聖家族」 C

両親はイエスが学者たちの真ん中におられるのを見つけた。

(福音主題句 ルカによる福音書 246節より)

 

 〔紀元前十一世紀の出来事。子供がなかったために苦しんでいたハンナの願いが聞き入れられ、男の子が生まれた。〕

第一朗読 サムエル記 上

サムエルは生涯、主にゆだねられた者である。

(1章20-22節、24-28節)

サムエル記

20〔エルカナの妻〕ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。
21さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、22ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」
24乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、

25人々は雄牛を屠り、その子を〔祭司〕エリのもとに連れて行った。26ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。27わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。28わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」
 彼らはそこで主を礼拝した。

()20サムエル・・・後に偉大な預言者となり、サウルやダビデに油を注ぎ王とした。

()24シロ・・・王国成立以前、長い間、聖所が置かれたエフライムの町。

()25エリ・・・シロの聖所に仕えていた祭司。

 

 〔この手紙は「神は愛である」(48節)と語り、神の子どもとして、その愛のうちに生きる道を示す。〕

第二朗読 ()ヨハネの手紙

わたしたちは神の子と呼ばれ、事実また、そのとおりである。

(3章1-2節、21-24節)

使徒ヨハネの手紙

1 〔愛する皆さん、〕御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。世がわたしたちを知らないのは、御父を知らなかったからです。2愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。
21愛する者たち、わたしたちは心に責められることがなければ、神の御前で確信を持つことができ、22神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。23その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。24神の掟を守る人は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神がわたしたちの内にとどまってくださることは、神が与えてくださったによって分かります。

() 2御子が現れるとき~・・・原文に「御子」ということばはない。ここで「御子」と訳されている部分は「神」ととることもできる。

()23互いに愛し合うこと・・・ヨハネ福音書1334節、1512節参照。

()24“霊”・・・聖霊のこと。

 

 〔少年時代のイエスのエピソードであるが、後のイエスの宣教活動、受難と復活が暗示されているような個所。〕

福音朗読 ルカによる福音書 

両親はイエスが学者たちの真ん中におられるのを見つけた。

(2章41-52節)

ルカによる福音

41〔イエスの〕両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。42イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。43祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。44イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、45見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。46三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。47聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。48両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」49すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」50しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

()41過越祭・・・エジプトからの脱出を毎年記念する祭。イエスが十字架にかけられたのもこの時である。

()46三日の後・・・復活に関して使われる言葉(マルコ福音書831節、931節など参照)。

()49自分の父の家・・・具体的には神殿を指すが、同時にこのイエスが語る最初の箇所で、自分が父である神のもとにいることをあかししている。なお、「当たり前」とは、神の計画によって定められていることを意味する。

()51心に納めていた・・・ルカ福音書219節参照。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181230 より)

パンダネ「週報」2018年12月30日号

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2018年12月24日 (月)

2018年12月25日の「聖書と典礼」 「主の降誕(日中のミサ)」 C年

2018年12月25日の「聖書と典礼」

「主の降誕(日中のミサ)」 C

(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

わたしたちはその栄光を見た。

(ヨハネによる福音書 114節より)

 

 〔紀元前六世紀、イスラエルの民がバビロンで捕囚になっていた時代の預言。王も民も失い、廃墟のようになっていたエルサレムの町に救いが告げられる。〕

第一朗読 イザヤ書

地の果てまで、すべての人がわたしたちの神の救いを仰ぐ。

(52章710節)

イザヤの預言

7いかに美しいことか
山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。
彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え
救いを告げ
あなたの神は王となられた、と
シオンに向かって呼ばわる。
8その声に、あなたの見張りは声をあげ
皆共に、喜び歌う。
彼らは目の当たりに見る
主がシオンに帰られるのを。
9歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。
主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。
10主は聖なる御腕の力を
国々の民の目にあらわにされた。
地の果てまで、すべての人が
わたしたちの神の救いを仰ぐ。
 

() 7・・・良い知らせ(福音)を伝えるために走っていく伝令のイメージである。この伝令は預言者自身であろう。

() 8見張り・・・エルサレムの城壁の上に立って、周囲を警戒し町を守っている人。この人が真っ先に良い知らせを聞き、民に伝える。

() 9贖われた・・・「贖う」はもともとは、「売られた物や人を買い戻すこと。代価を払って奴隷を自由の身 にすること」を意味した。

 

 〔ヘブライ書は、試練の中にあるキリスト信者に、信仰に踏みとどまるように励ます。その冒頭でイエスの偉大さと、イエスによって実現したことの素晴らしさが語られる。

第二朗読 ヘブライ人への手紙

神は、御子によってわたしたちに語られた。

(1章16節)

ヘブライ人への手紙

1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、2この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。3御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

4御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。
5 いったい神は、かつて天使のだれに、
 「あなたはわたしの子、
 わたしは今日、あなたを産んだ」
と言われ、更にまた、
 「わたしは彼の父となり、
 彼はわたしの子となる」
と言われたでしょうか。
6〔むしろ、〕神はその長子をこの世界に送るとき、
 「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」
と言われました。

() 2終わりの時代・・・神が人類の歴史に介入する時のこと。この時代はイエスによって始まった。

() 5あなたはわたしの子~・・・詩編27節の引用。

() わたしは彼の~・・・サムエル記下714節の引用。その箇所では、「彼」はダビデの子を指しているが、ヘブライ書はこのことばをダビデの子孫であるキリストにあてはめる。

() 6神の天使たちは~・・・旧約聖書ギリシア語訳からの引用(申命記3243節、詩編977節)。

 

 〔ヨハネ福音書の序文と言われる部分。イエス・キリストが世に来られたことの深い意味を語る。〕

福音朗読 ヨハネによる福音書

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

(1章118節、 または 1章15節、914節)

ヨハネによる福音

1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。2この言は、初めに神と共にあった。3万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。5光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
 
6神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。7彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。8彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
9その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。10言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。11言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。12しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。13この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
14言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
15ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」16わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。17律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。18いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。 

() 1初めに・・・このことばは創世記11節と同じことば。

() 言(ことば)・・・ギリシア語では「ロゴス」。この箇所では、創世記13節で「光あれ」と言われた神のことばや、知恵919節などに見られるような「神の知恵」(ソフィア)」のことを思わせる。

() 5暗闇は光を理解しなかった・・・「闇は光に打ち勝たなかった」とも訳せる。

() 6ヨハネ・・・洗礼者ヨハネを指す。

()14・・・「肉」は人間を意味するが、特に、弱く滅びゆくものとしての人間を指すときに用いられることば。

() 宿られた・・・元のことばの意味は「天幕を張る」。神の幕屋(神殿)のイメージで、神が民の中に住むことを表すことばである。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181225 より)

 

2018年12月25日の「聖書と典礼」

2018年12月25日の「聖書と典礼」

「主の降誕(夜半のミサ)」 C

今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

(福音朗読主題句 ルカによる福音書 2章11節より)

 

 〔紀元前八世紀、ガリラヤ地方はアッシリア帝国の属州となった。エルサレムから遠く離れ、同胞から切り離されてしまったガリラヤの人々は暗闇の中にいた。預言者はこの民に救いを告げ知らせる。〕

第一朗読 イザヤ書 

ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。

(9章13節、56節)

イザヤの預言

1闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
2あなたは深い喜びと
大きな楽しみをお与えになり
人々は御前に喜び祝った。
刈り入れの時を祝うように
戦利品を分け合って楽しむように。
3彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を
あなたはミディアンの日のように
折ってくださった。
5ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。

ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「驚くべき指導者、力ある神
永遠の父、平和の君」と唱えられる。
6ダビデの王座とその王国に権威は増し
平和は絶えることがない。
王国は正義と恵みの業によって
今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

() 3ミディアンの日・・・ミディアン人はラクダ遊牧民として知られる。士師ギデオンは進入してきたミディアン人を打ち破り、イスラエルを救ったが、この勝利は人間の力によるのではなく、まったく神の力によるものとされた(士師記6~8章)。

() 5ひとりのみどりごが~・・・メシア王の即位を歌う詩編2編7節bを思わせる。

() その名は~・・・「名」は単なる呼称ではなく、そのものの本質を表す。ここにあげられているさまざまな名は、その子どもが神的な王であることを表している。

() 6万軍の主の熱意・・・「万軍」は神の威厳と力を表すことば。「熱意」は、民に対する神の熱く激しい思いを表すために用いられる語。

 

 

〔パウロはテトスを「信仰を共にするまことの子」(1章4節)と呼ぶ。そのテトスに、語るべき教えの中心を述べる。〕

第二朗読テトスへの手紙

全ての人々に神の恵みが現れた。

(2章1114節)

使徒パウロのテトスへの手紙

11〔愛する者よ、〕すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。12その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、13また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。

14キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。

 

 

 〔ローマ帝国が地中海一帯を支配していた時代、その世界の片隅に起こった救い主イエスの誕生の様子が伝えられる。〕

福音朗読 ルカによる福音書

今日、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

(2章114節)

ルカによる福音

1 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
8 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
14「いと高きところには栄光、神にあれ、
 地には平和、御心に適う人にあれ。」

() 1アウグストゥス・・・ローマ帝国の初代皇帝。在位紀元前27~後14年。

() 2最初の住民登録・・・紀元前8~6年のことと考えられる。これは人頭税を徴収するための人口調査であった。

() 4ダビデの家・・・ダビデは紀元前1000年ごろのイスラエル王。来たるべき救い主はこのダビデの家系から出ると期待されていた。

() ベツレヘム・・・「パンの家」の意味。ダビデ王の故郷として知られ、預言者ミカによってダビデ王再来の地とされた(ミカ書5章1節参照)。

() 9主の栄光・・・神がそこにおられることを表す表現。

()11メシア・・・本来は「油そそがれた者」の意味。ギリシア語では「クリストス(キリスト)」。「救い主」を意味し、ユダヤ人の間では、ダビデ王の再来である理想的な王と考えられていた。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181225 より)

 

2018年12月21日 (金)

2018年12月23日の「聖書と典礼」

2018年12月23日の「聖書と典礼」

「待降節第4主日」 C

わたしの主のお母さまが

わたしのところに来てくださるとは……。

(ルカによる福音書 143節より)

 

 〔ミカは、イザヤと同時代にユダ王国で活動した預言者で、神の裁きを告げることが多かったが、この書の45章は救いの約束のことばを伝える。イエスはこの予言どおり、ベツレヘムで生まれた。〕

第一朗読 ミカ書 

お前の中から、イスラエルを治める者が出る。

(5章14節a)

ミカの預言

〔主は言われる。〕
1エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのために
イスラエルを治める者が出る。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。
2まことに、主は彼らを捨ておかれる
産婦が子を産むときまで。
そのとき、彼の兄弟の残りの者は
イスラエルの子らのもとに帰って来る。
3彼は立って、群れを養う
主の力、神である主の御名の威厳をもって。
彼らは安らかに住まう。
今や、彼は大いなる者となり
その力が地の果てに及ぶからだ。
4a彼こそ、まさしく平和である。

() 1エフラタ・・・ユダ族の中に一門の名。彼らはベツレヘムに住んでいた。

() ベツレヘム・・・エルサレムの近くの町。ダビデ王の出身地。

() いと小さき者・・・神の選びは人間的基準とは異なる視点からなされる。ギデオン(士師記615節)、サウル(サムエル記上921節)、ダビデ(サムエル記上1611節)の召命を参照。

() イスラエルを治める者・・・理想的な王であるメシアを指している。ダビデの再来と考えられた。

() 古く、永遠の昔に・・・神の永遠の計画であることを感じさせる表現。

() 2残りの者・・・ここでは、ユダの破滅の際に生き延びて、捕囚の身となり、その中で主に信頼し続ける人々を指すのであろう。

 

 〔旧約の律法によるいけにえは、罪を取り除き、人を神に近づけることができなかった、と述べる著者は、イエス・キリストが来られたことの意味を語る。〕

第二朗読 ヘブライ人への手紙 

覧ください。わたしは来ました。御心を行うために。

(10章510節)

ヘブライ人への手紙

5 〔皆さん、〕キリストは世に来られたときに、次のように言われ〔ました。〕
 「あなたは、いけにえや献げ物を望まず、
 むしろ、わたしのために
 体を備えてくださいました。
6 あなたは、焼き尽くす献げ物や
 罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。
7 そこで、わたしは言いました。
 『御覧ください。わたしは来ました。
 聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、
 神よ、御心を行うために。』」
8ここで、まず、「あなたはいけにえ、献げ物、焼き尽くす献げ物、罪を贖うためのいけにえ、つまり律法に従って献げられるものを望みもせず、好まれもしなかった」と言われ、9次いで、「御覧ください。わたしは来ました。御心を行うために」と言われています。第二のものを立てるために、最初のものを廃止されるのです。10この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。

()5-7あなたは、~・・・詩編4079節の引用(ヘブライ語原文とは少し異なる)。

() 9第二のもの・・・キリストによる新しい契約。

() 最初のもの・・・古い契約。

()10イエス・キリストの体・・・神の子イエス・キリストの人格そのもののこと。

() 聖なる者・・・罪をゆるされ、心が清められて神に近づくことができるようになった者のこと。

 

 〔救い主の母となるというお告げを受けたマリアは、ナザレをたち、洗礼者ヨハネを身ごもっている親戚のエリザベトのもとに行く。〕

                             

福音朗読 ルカによる福音書

わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、

どういうわけでしょう。

(1章3945節)

ルカによる福音

39そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。40そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。41マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、42声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。43わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。44あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。45主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

()41胎内の子・・・洗礼者ヨハネのこと(44節も同じ)。

()42女の中で祝福された方・・・「もっとも祝福された女」の意味(士師記524節参照)。

() 胎内のお子さま・・・イエスのこと。この42節のエリザベトのマリアへの祝福のことばは、「アヴェ・マリアの祈り」の中に取り入れられている。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181223 より)

パンダネ「週報」2018年12月23日号

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2018年12月14日 (金)

2018年12月16日の「聖書と典礼」

 2018年12月16日の「聖書と典礼」

「待降節第3主日」 C

その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。

(ルカによる福音書 3章16節より)

 〔ゼファニヤは紀元前七世紀、ヨシヤ王の時代の預言者。エルサレムの罪を糾弾し、そこに下される罰を告げた。しかし、この書の結びは、神が王となり、民の中に来られる救いを預言する

第一朗読  ゼファニヤ書

主はお前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。

(3章1417節)

ゼファニヤの預言

14娘シオンよ、喜び叫べ。
イスラエルよ、歓呼の声をあげよ。
娘エルサレムよ、心の底から喜び躍れ。
15主はお前に対する裁きを退け
お前の敵を追い払われた。
イスラエルの王なる主はお前の中におられる。
お前はもはや、災いを恐れることはない。

                             

16その日、人々はエルサレムに向かって言う。
「シオンよ、恐れるな。
力なく手を垂れるな。
17お前の主なる神はお前のただ中におられ
勇士であって勝利を与えられる。
主はお前のゆえに喜び楽しみ
愛によってお前を新たにし
お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」

()14娘シオン・・・シオンはエルサレムのこと。ここではエルサレムの町が女性として擬人化して語られる。

() 喜び・・・待降節第三主日は「喜びの主日」ともいわれる。主がすぐそばに来ておられる喜びは、きょうの三つの朗読に共通している。

()17主はお前のゆえに喜び楽しみ・・・神が喜ぶというテーマは、イザヤ書625節、6519節、エレミヤ書3241節などにも現れる。

 

 〔パウロは獄中にありながら、主に希望を置き、喜びに満ちたこの手紙を書いた。〕

第二朗読 フィリピの信徒への手紙

主はすぐ近くにおられる。

(4章47節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

4〔皆さん、〕主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。5あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。6どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。7そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

() 4喜びなさい・・・迫害の中での喜びは、マタイ福音書51112節を思わせる。

 

 〔洗礼者ヨハネは、自分のもとに来たすべての人に向かって、「悔い改めにふさわしい実を結べ」と説いた。〕

福音朗読 ルカによる福音書

わたしたちはどうすればよいのですか。

(3章1018節)

ルカによる福音

10〔そのとき、群集はヨハネに、〕「わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。11ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。12徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。13ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。14兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。
15 民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。16そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。17そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」18ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。

()11下着・・・現代の下着の意味ではなく、肌に直接着る普通の衣服のこと。

()14兵士・・・ローマ兵だけでなく、ヘロデ・アンティパスの下にユダヤ人の兵士もいた。

()16履物のひもを解く・・・これはしもべの仕事であった。

() 聖霊と火で~・・・洗礼者ヨハネにとってこのことばは裁きを意味したようである(次節)が、福音書は、聖霊(火とそのシンボル)という神のいのちを人々にもたらすイエスの使命全体を表すことばとして受け取る。

()17・・・穀物の箕と殻を分ける農具。実と殻がまじりあったものを宙に飛ばし、殻だけを風で飛ばして取り除く。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181216 より)

パンダネ「週報」2018年12月16日号

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2018年12月 7日 (金)

2018年12月 9日の「聖書と典礼」

2018年12月 9日の「聖書と典礼」

「待降節第2主日」 C

人は皆、神の救いを仰ぎ見る。

(福音朗読主題句 ルカによる福音書 3 6節)

 

 〔第二正典に数えられる本書は、エレミヤの書記であったバルクが捕囚の地バビロンからエルサレムに書き送った形を取る。この箇所はエルサレムを励ます結びの部分。神の救いとその栄光の現れを待ち望んでいた旧約時代の人々の姿を思い起こすのは、待降節の第一朗読の特徴である。〕

第一朗読 バルク書 

神はお前の輝きを示される。

5章19節)

バルクの預言

                             

1エルサレムよ、悲しみと不幸の衣を脱ぎ、
神から与えられる栄光で永遠に飾れ。
2神から与えられる義の衣を身にまとい、
頭に永遠なる者の栄光の冠をつけよ。
3神は天の下のすべての地に
お前の輝きを示される。
4お前は神から「義の平和、敬神の栄光」と呼ばれ、
その名は永遠に残る。
5エルサレムよ、立ち上がれ、
高い山に立って東の方に目を向けよ。
お前の子らは、
神が覚えていてくださったことを喜び、
西からも東からも
聖なる者の言葉によって集められる。
6お前の子らは敵に追い立てられ、
徒歩でお前のもとを去ったが、
神は彼らを、玉座につく王のように高く上げ、
栄光のうちにお前のもとに連れ戻される。
7すべての高い山、果てしなく続く丘は低くなれ、
谷は埋まって平地になれ、と神は命じられた。
それはイスラエルが神の栄光に包まれ、
安全に歩むため。
8森も、香り高いすべての木々も、
神の命令でイスラエルのために木陰をつくる。
9神は自らの慈しみと義をもって栄光の輝きを表し、
喜びのうちにイスラエルを導かれる。

() 1エルサレムよ・・・エルサレムの町が、その住民の母として、擬人化して描かれている。「悲しみと不幸の衣」は、わが子を失い喪に服している姿であろう。

() 2義の衣・・・神の恵みによって守られ、生きることを譬えて言う。イザヤ書521節、6110節などを参照。

() 4義の平和・・・平和は正義と共にあるという考え方は聖書の特徴である。(イザヤ書3217節、詩編8511節などを参照)。

 

() 敬神・・・神をおそれ敬うこと(新約聖書では一テモテへの手紙210節で使われることば)。

() 5東の方・・・バビロン捕囚から解放された民がエルサレムに戻ってくるのはこの方角からである。

() 7すべての高い山~・・・イザヤ書404節参照。イザヤ同様、ここでもバビロンからの解放が語られているが、それだけでなく、神に導かれた民の歩み全体を表しているようである。

 

 〔パウロは獄中にありながら、自分が信仰を伝えたフィリピの教会への配慮を忘れず、この書簡を書き送った。〕

第二朗読 フィリピの信徒への手紙 

キリストの日に備えて、

清い者、とがめられるところのない者となるように。

(1章46節、811節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

4 〔皆さん、わたしは、〕あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。5それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。6あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。8わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。9わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、10本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、11イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。

() 5最初の日・・・福音を受け入れ、キリスト者になった時。

() 6キリスト・イエスの日・・・キリストの再臨の日のこと。10節の「キリストの日」も同じ。

 

 〔イエスの宣教活動に先立つ洗礼者ヨハネの活動を述べる箇所。〕

福音朗読 ルカによる福音書 

人は皆、神の救いを仰ぎ見る。

(3章16節)

ルカによる福音

1 皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、2アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。

2そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。

4 これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。
 「荒れ野で叫ぶ者の声がする。
 『主の道を整え、
 その道筋をまっすぐにせよ。
5 谷はすべて埋められ、
 山と丘はみな低くされる。
 曲がった道はまっすぐに、
 でこぼこの道は平らになり、
6 人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」

() 1ティベリウス・・・第二代ローマ皇帝(在位1437年)。

() ポンティオ・ピラトが~・・・ヘロデ大王の死後(紀元前4年)、王国はアルケラオ、ヘロデ・アンティパス、フィリポによって分割された。ユダヤを支配したアルケラオは紀元6年に追放され、ユダヤはそれ以後、ローマ帝国の属州となり、ローマ総督が置かれた。ピラトは2636年の間、この職にあった。

()4-6荒れ野で~・・・イザヤ書4035節の引用。イザヤ書では、捕囚の民が神とともにエルサレムに帰還することがこのような形で告げられている。ルカ福音書の引用では「主」はイエスを意味する。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201812 9 より)

パンダネ「週報」2018年12月 9日号

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