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2019年3月 1日 (金)

2019年 3月 3日の「聖書と典礼」

2019年 3月 3日の「聖書と典礼」

「年間第8主日」 C

死よ、お前の勝利はどこにあるのか。

(一コリントの信徒への手紙1555節より)

 

 〔シラ書は第二正典に属し、紀元前二〇〇年頃に書かれた。ヘレニズム文化の圧迫の中で、伝統的なイスラエルの知恵の優位を説いた。神の口から出た知恵(243節)をたたえるシラ書には口の利き方についての教訓も多い。〕

第一朗読   シラ書

話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。

(27章4-7節)

シラ書

                             

ふるいを揺さぶると滓が残るように、
人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、
人間は論議によって試される。
樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、
心の思いは話を聞けば分かる。
話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。
言葉こそ人を判断する試金石であるからだ。

 

 

 

 〔復活についての教え(15158節)の結び。死者はどんなふうに復活するのか、という質問に対して、パウロは、「死者は復活して、朽ちない者とされ、わたしたちは変えられる」(52節)という。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

神は、イエス・キリストによってわたしたちに勝利を与えてくださる。

(15章54-58節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕54この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。
 「死は勝利にのみ込まれた。
55死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
 死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
56死のとげは罪であり、罪の力は律法です。57わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。58わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

()54死ぬべきものが~・・・滅びゆく肉体(死ぬべきもの)が霊の体、復活したキリストと同じ体(死なない者)に変わること。

()54-55死は勝利に~・・・イザヤ書258節、ホセア書1314節参照。

 

 〔「敵を愛しなさい」「人を裁くな」という先週の福音に続いて、ここでもイエスは弟子たちの生き方について教える。マタイ福音書にも似た個所がある(マタイ福音書725節、1618節、123335節など)。

福音朗読 ルカによる福音書 

口は、心からあふれ出ることを語る。

(6章39-45節)

ルカによる福音

39 〔そのとき、イエスは弟子たちに〕たとえを話された。「盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。40弟子は師にまさるものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。41あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。42自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。
43 悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。44木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。45善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」

()39盲人が盲人の道案内を~・・・マタイ福音書1514節では、ファリサイ派の人々のことを言っているが、ルカ福音書では弟子たちに対するいましめとして語られている。

()41兄弟の目にあるおが屑・・・他人の些細な過ちのたとえ。「自分の目にある丸太」はもちろん自分の大きな過ち(他人を裁くということ)。

()43・・・マタイ福音書71520節では「行い」のことだが、ここでは文脈から見て「言葉」のことであろう。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20193 3 より)

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