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2020年2月10日 (月)

第 28 回「世界病者の日 ( 2 月 11 日 ) 」教皇メッセージ

2020 年第 28 回「世界病者の日」教皇メッセージ

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう (マタイ 11,28)

②.イエス・キリストは、なぜそのような思いを抱かれるのでしょう。ご自身が弱い者となって人間の 苦しみを経験し、御父のなぐさめをご自身も受けたからです。実際に自分自身でそれを経験した人だけが、 人を慰めることができるのです。苦しみの厳しさはさまざまです。難病、精神疾患、リハビリや 緩和ケアを要する状態、さまざまな障がい、小児疾患や高齢者疾患などです。こうした状態においては、 人間らしさが奪われるように感じられることがあります。ですから、全人的な回復のためには、治すだけ ではなく相手を思いやり、それぞれの病者に合わせて対応することが求められます。 人は病気になると、身体の健全だけでなく、人間関係、知性、情緒、精神も脅かされているように感じて しまいます。だからこそ、治療だけでなく、支え、気遣い、思いやり……、ひとことで言えば、愛を期待す るのです。さらに病者の傍らには、同じく慰めと寄り添いを求めている、苦しむ家族がいます。

③.親愛なる兄弟姉妹である病者の皆さん。病は、独自のしかたで皆さんを、イエスのまなざしと心を 引きつける「疲れた者、重荷を負う者」にしてくれます。それによって、あなたがたの闇の時間に光が 射し、失意に希望が訪れます。「来なさい」、イエスはそう言って、ご自身のもとへと招いておられます。 この心身の「暗夜」にあって生じる不安や疑問を乗り越える力は、まさしくイエスのうちにあります。キ リストは処方箋を手渡すのではなく、ご自分の受難と死と復活によって、わたしたちを悪の支配から解き 放ってくださるのです。そうした状態にあっては、元気を取り戻す場が確かに必要です。 教会はよりいっそう、キリストであるよいサマリア人の「宿屋」(ルカ 10・34 参照)でありたいと望ん でいます。 それは、親しさ、歓迎、慰めのうちに示されるキリストの恵みが見いだされる家です。 そこで出会うのは、その弱さにおいて神のあわれみによっていやされた人々です。彼らは、皆さんの 傷口を小さな窓に変えることによって、十字架を担う皆さんを支えることができます。その窓を通して皆 さんは、病気の彼方の地平を見つめ、生きるための光と空気を受け取るのです。 病に苦しむ兄弟姉妹の回復のために、医療関係者、 医師、 看護師、 衛生と管理のスタッフ、 助手、 ボランティアのかたがたが貢献しています。病者を慰め、傷をいやしながら世話してくださるキリストの 現存を感じさせることを通して、彼らはその能力を駆使して働いています。けれども、こうした人々もま た、弱さを抱え、病気になることもある人間です。次のことばは、とりわけ彼らに当てはまります。「キ リストの安らぎと慰めを受けたなら、今度はわたしたちが、主に倣って柔和で謙遜な姿勢で、兄弟姉妹の 安らぎと慰めにならなければなりません」『お告げの祈り』でのことば(2014 年 7 月 6 日)

カトリック中央協議会HPより

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