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2020年3月29日 (日)

3月29日四旬節第5主日のミサ(東京ネット配信)

3月29日四旬節第5主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/37327/

2020年3月27日 (金)

聖書と典礼(3月29日四旬節第5主日:ヨハネによる福音)

ヨハネによる福音(ヨハネ11・3-7,17,20-27,33b-45)

〔そのとき、ラザロの〕姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」
さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」
〔イエスは〕心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。
イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。
マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・29より)

2020年3月26日 (木)

聖書と典礼(3月29日四旬節第5主日:使徒パウロのローマの教会への手紙)

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・8-11)

〔皆さん、〕肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、“霊”は義によって命となっています。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・29より)

2020年3月25日 (水)

教皇フランシスコ、2020年3月22日「お告げの祈り」でのことば

教皇フランシスコ様の、3月22日「お告げの祈り」でのことばと、新型コロナウイルスの感染拡大にあたっての呼びかけは以下をご参照ください。

https://www.cbcj.catholic.jp/2020/03/24/20443/

3月25日の正午(日本時間午後8時)、全世界で一斉に「主の祈り」を唱えましょう。

聖書と典礼(3月29日四旬節第5主日:エゼキエルの預言)

エゼキエルの預言(エゼキエル37・12-14)

主なる神はこう言われる。わたしはお前たちの墓を開く。わが民よ、わたしはお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。わたしが墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき、わが民よ、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。また、わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる。わたしはお前たちを自分の土地に住まわせる。そのとき、お前たちは主であるわたしがこれを語り、行ったことを知るようになる。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・29より)

2020年3月22日 (日)

3月22日四旬節第4主日のミサ(東京ネット配信)

3月22日四旬節第4主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/37327/

 

2020年3月20日 (金)

3月22日四旬節第4主日のミサ(大阪ネット配信)

大阪教区から四旬節第4主日のミサネット配信のお知らせです。

下記をご参照ください。

http://www.osaka.catholic.jp/c_oshirase_bun2019.html#200319

聖書と典礼(3月22日四旬節第4主日:ヨハネによる福音)

ヨハネによる福音(ヨハネ9・1,6-9,13-17,34-38)

〔そのとき、〕イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。近所の人々や、彼が物乞いをしていたのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。
人々は、前に盲人であった人をファリサイ派の人々のところへ連れて行った。イエスが土をこねてその目を開けられたのは、安息日のことであった。そこで、ファリサイ派の人々も、どうして見えるようになったのかと尋ねた。彼は言った。「あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです。」ファリサイ派の人々の中には、「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」と言う者もいれば、「どうして罪のある人間が、こんなしるしを行うことができるだろうか」と言う者もいた。こうして、彼らの間で意見が分かれた。そこで、人々は盲人であった人に再び言った。「目を開けてくれたということだが、いったい、お前はあの人をどう思うのか。」彼は「あの方は預言者です」と言った。
彼らは、「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言い返し、彼を外に追い出した。
イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。
彼は答えて言った。「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが。」イエスは言われた。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」
彼〔は、〕「主よ、信じます」と言って、ひざまず〔いた。〕

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・22より)

2020年3月19日 (木)

聖書と典礼(3月22日四旬節第4主日:使徒パウロのエフェソの教会への手紙)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙(エフェソ5・8-14)

〔皆さん、〕あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。――何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。
「眠りについている者、起きよ。
死者の中から立ち上がれ。
そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・22より)

2020年3月18日 (水)

聖書と典礼(3月22日四旬節第4主日:サムエル記)

サムエル記(サムエル上16・1b,6-7,10-13a)

〔その日、主はサムエルに言われた。〕「角に油を満たして出かけなさい。あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見いだした。」
彼らがやって来ると、サムエルはエリアブに目を留め、彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った。しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」
エッサイは七人の息子にサムエルの前を通らせたが、サムエルは彼に言った。「主はこれらの者をお選びにならない。」サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。その子がここに来ないうちは、食卓には着きません。」エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・22より)

2020年3月15日 (日)

3月15日四旬節第3主日のミサ(ネット配信)

3月15日四旬節第3主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/37327/

2020年3月13日 (金)

聖書と典礼(3月15日四旬節第3主日:ヨハネによる福音)

ヨハネによる福音(ヨハネ4・5-15,19b-26,39a,40-42)

〔そのとき、イエスは、〕ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。
サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」
あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」
さて、その町の多くのサマリア人は、「この方が、わたしの行ったことをすべて言い当てました」と証言した女の言葉によって、イエスを信じた。そこで、このサマリア人たちはイエスのもとにやって来て、自分たちのところにとどまるようにと頼んだ。イエスは、二日間そこに滞在された。そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた。彼らは女に言った。「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・15より)

3月主日のミサ中止のお知らせ

大阪教区より第3次の「新型コロナウイルス感染症にともなう措置」が発表されました。

それに伴い3月15日、22日および29日の主日のミサを中止いたします。
ご理解のうえ、感染症予防に努めましょう。
<参照> http://www.osaka.catholic.jp/c_oshirase_bun2019.html#200312

 

2020年3月12日 (木)

聖書と典礼(3月15日四旬節第3主日:使徒パウロのローマの教会への手紙)

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ5・1-2,5-8)

〔皆さん、〕わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。
希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・15より)

2020年3月11日 (水)

聖書と典礼(3月15日四旬節第3主日:出エジプト記)

出エジプト記(出エジプト17・3-7)

〔その日、〕民は喉が渇いてしかたないので、モーセに向かって不平を述べた。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」
モーセは主に、「わたしはこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、わたしを石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、主はモーセに言われた。
「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」
モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・15より)c

2020年3月 8日 (日)

3月8日主日のミサ(ネット配信)

3月8日四旬節第2主日のミサは中止になりましたが、東京地区、タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。
<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/36988/

3月15日「四旬節第3主日」のミサ

○3月15日(日)午前11時
※ロザリオの祈り午前10時35分

○司式:Fr.

○兵庫教会にて

Ⅰ:出エジプト17・3-7
答:35①③④(詩編95)
Ⅱ:ローマ5・1-2,5-8
詠:260(第3主日A)
福:ヨハネ4・5-42

 

※午前9時30分より地域グループの集まり

2020年3月 6日 (金)

聖書と典礼(3月8日四旬節第2主日:マタイによる福音)

マタイによる福音(マタイ17・1-9)

〔そのとき、〕イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。
ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。
一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・8より)

2020年3月 5日 (木)

聖書と典礼(3月8日四旬節第2主日:使徒パウロのテモテへの手紙)

使徒パウロのテモテへの手紙(二テモテ1・8b-10)

〔愛する者よ、〕神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・8より)

2020年3月 4日 (水)

聖書と典礼(3月8日四旬節第2主日:創世記)

創世記(創世記12・1-4a)

〔その日、〕主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷
父の家を離れて
わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし
あなたを祝福し、あなたの名を高める
祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。」
アブラムは、主の言葉に従って旅立った。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・3・8より)

2020年3月 1日 (日)

3月1日主日のミサ(ネット配信)

3月1日四旬節第1主日のミサは中止になりましたが、東京地区、タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/36988/

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