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2020年4月30日 (木)

聖書と典礼(5月3日復活節第4主日:使徒たちの宣教)

使徒たちの宣教(使徒言行録2・14a,36-41)
〔五旬祭の日、〕ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話した。「イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。
すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・5・3より)

2020年4月27日 (月)

新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り

いつくしみ深い神よ、

新型コロナウイルスの感染拡大によって、

今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。

病に苦しむ人に必要な医療が施され、

感染の終息に向けて取り組むすべての人、

医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように、

亡くなった人が永遠のみ国に迎え入れられ、

尽きることのない安らぎに満たされますように。

不安と混乱に直面しているすべての人に、

支援の手が差し伸べられますように。

希望の源である神よ、

わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、

世界のすべての人と助け合って、

この危機を乗り越えることができるようお導きください。

わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

希望と慰めのよりどころである聖マリア、

苦難のうちにあるわたしたちのためにお祈りください。

(2020年4月3日 日本カトリック司教協議会認可)

 

※カトリック新聞2020年4月12日

2020年4月25日 (土)

第6次新型コロナウイルス感染症にともなう措置

大阪教区より第6次の「新型コロナウイルス感染症にともなう措置」が発表されました。
緊急事態宣言発令中は公開ミサを中止します。(現時点で5月6日までの期間)

各自が家庭で、聖書を朗読し祈りを捧げたり、ロザリオの祈りをしたりする時間を持つようにしましょう。

下記をご参照ください。

http://www.osaka.catholic.jp/c_oshirase_bun2020.html#200423

2020年4月24日 (金)

4月26日復活節第3主日のミサ(名古屋教区ネット配信)

4月26日復活節第3主日のミサは中止になりましたが、名古屋地区ミカエル松浦司教司式によるミサがネット配信されます。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。
<ネット配信 4月26日午前9時50分>下記をご参照ください。

https://www.youtube.com/watch?v=KVb-CIk0yE4

4月26日復活節第3主日のミサ(東京大司教区ネット配信)

 4月26日復活節第3主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されます。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信 4月26日午前10時>下記をご参照ください。

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/38239/

聖書と典礼(4月26日復活節第3主日:ルカによる福音)

ルカによる福音(ルカ24・13-35)

この日、〔すなわち週の初めの日、〕二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・26より)

2020年4月23日 (木)

聖書と典礼(4月26日復活節第3主日:使徒ペトロの手紙)

使徒ペトロの手紙(一ペトロ1・17-21)

〔愛する皆さん、〕あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・26より)

2020年4月22日 (水)

聖書と典礼(4月26日復活節第3主日:使徒たちの宣教)

使徒たちの宣教(使徒言行録2・14,22-33)

〔五旬祭の日、〕ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。
ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。 ダビデは、イエスについてこう言っています。
『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。
主がわたしの右におられるので、わたしは決して動揺しない。
だから、わたしの心は楽しみ、舌は喜びたたえる。
体も希望のうちに生きるであろう。
あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、
あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない。
あなたは、命に至る道をわたしに示し、
御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』
兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。そして、キリストの復活について前もって知り、
『彼は陰府に捨てておかれず、その体は朽ち果てることがない』
と語りました。神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。」

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・26より)

2020年4月19日 (日)

4月19日復活節第2主日のミサ(名古屋ネット配信)

4月19日復活節第2主日のミサは中止になりましたが、名古屋地区ミカエル松浦司教司式によるミサがネット配信されます。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。
<ネット配信 4月19日午前9時50分>下記をご参照ください。

https://www.youtube.com/watch?v=2TcMbc7Zls8

2020年4月17日 (金)

聖書と典礼(4月19日復活節第2主日:ヨハネによる福音)

ヨハネによる福音(ヨハネ20・19-31)

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・19より)

4月19日復活節第2主日のミサ(東京大司教区ネット配信)

4月19日復活節第2主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されます。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信 4月19日午前10時>下記をご参照ください。

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/38239/

 

2020年4月16日 (木)

聖書と典礼(4月19日復活節第2主日:使徒ペトロの手紙)

使徒ペトロの手紙(一ペトロ1・3-9)

わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。
あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・19より)

2020年4月15日 (水)

聖書と典礼(4月19日復活節第2主日:使徒たちの宣教)

使徒たちの宣教(使徒言行録2・42-47)

〔信者たちは、〕使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・19より)

ミサネット配信紹介のお知らせ

大阪大司教区より「新型コロナウイルス感染症にともなう措置」が発令され、4月末まで公開ミサが中止の現状です。

当ホームページでは、毎週の「聖書と典礼」の第1朗読、第2朗読、福音をこれまでどおり掲載します。

また東京、大阪など大司教区がネット配信するミサも随時紹介していきます。

(4月19日、26日のミサは東京大司教区のネット配信を紹介予定)

2020年4月11日 (土)

4月12日復活の主日:日中のミサ(東京ネット配信)

4月12日復活の主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/37890/

2020年4月10日 (金)

復活の主日<復活の聖なる前夜祭>大阪教区ネット配信

大阪教区から復活の主日のミサがネット配信されました。
聖週間の典礼を行うことで、わたしたちは主の受難と復活の出来事を記念し、今、キリスト者の集いのうちに現存しておられるキリストとともに、神を賛美し、感謝をささげましょう。
下記をご参照ください。(4月11日午後7時より)

https://www.youtube.com/watch?v=zgU66T4ZEWM 

 

聖書と典礼(4月12日復活の主日)

使徒たちの宣教(使徒言行録10・34a,37-43)
〔その日、〕ペトロは口を開きこう言った。「あなたがたは〔このことを〕ご存じでしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。
しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」

使徒パウロのコリントの教会への手紙(一コリント5・6b-8)
〔皆さん、〕わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。

ヨハネによる福音(ヨハネ20・1-9)
週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。
続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・12より)

2020年4月 9日 (木)

聖金曜日<主の受難>大阪教区ネット配信

大阪教区から聖金曜日のミサがネット配信されました。
聖週間の典礼を行うことで、わたしたちは主の受難と復活の出来事を記念し、今、キリスト者の集いのうちに現存しておられるキリストとともに、神を賛美し、感謝をささげましょう。

下記をご参照ください。(4月10日午後7時より)
https://www.youtube.com/watch?v=hOweYtibcMQ 

2020年4月 8日 (水)

聖木曜日<主の晩餐の夕べのミサ>大阪教区ネット配信

大阪教区から聖木曜日のミサがネット配信されました。

聖週間の典礼を行うことで、わたしたちは主の受難と復活の出来事を記念し、今、キリスト者の集いのうちに現存しておられるキリストとともに、神を賛美し、感謝をささげましょう。

下記をご参照ください。(4月9日午後7時より)

https://www.youtube.com/watch?v=EexkCCaCMMo

2020年4月 4日 (土)

4月5日受難の主日のミサ(東京ネット配信)

4月5日受難の主日のミサは中止になりましたが、東京地区タツチシオ菊地功大司教司式によるミサがネット配信されました。信徒一人ひとりが聖書を朗読し、祈りを捧げる時間を持つようにしましょう。

<ネット配信>

https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/37890/

聖書と典礼(4月5日受難の主日:マタイによる福音)

マタイによる福音(マタイ21・1-11)

〔イエスの〕一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。」それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「シオンの娘に告げよ。
『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、
柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」
弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。
「ダビデの子にホサナ。
主の名によって来られる方に、祝福があるように。
いと高きところにホサナ。」
イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、「いったい、これはどういう人だ」と言って騒いだ。そこで群衆は、「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と言った。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・5より)

 

2020年4月 3日 (金)

聖書と典礼(4月5日受難の主日:使徒パウロのフィリピの教会への手紙)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙(フィリピ2・6-11)

〔イエス・〕キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・5より)

2020年4月 2日 (木)

聖書と典礼(4月5日受難の主日:イザヤの預言)

イザヤの預言(イザヤ50・4-7)

主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え
疲れた人を励ますように
言葉を呼び覚ましてくださる。
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
弟子として聞き従うようにしてくださる。
主なる神はわたしの耳を開かれた。
わたしは逆らわず、退かなかった。
打とうとする者には背中をまかせ
ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。
顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
主なる神が助けてくださるから
わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは顔を硬い石のようにする。
わたしは知っている
わたしが辱められることはない、と。

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2020・4・5より)

2020年4月 1日 (水)

第5次新型コロナウイルス感染症にともなう措置(ミサの中止)

大阪教区より第5次の「新型コロナウイルス感染症にともなう措置」が発表されました。

4月末まで、ミサを中止します。

下記をご参照ください。

http://www.osaka.catholic.jp/c_oshirase_bun2020.html#200401  








 

 

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