2017年12月 8日 (金)

2017年12月10日の「聖書と典礼」

2017年12月10日の「聖書と典礼」

「待降節第2主日」 B

神の子イエス・キリストの福音の初め。

(マルコによる福音書11節)

 

 〔イザヤ書第二の部分(4055章)はバビロン捕囚時代のイスラエルの民に、神による解放を告げる預言である。この個所はその冒頭のことば。〕

第一朗読           イザヤ書

主のために、道を備えよ。

(40章15節、911節)

イザヤの預言

1慰めよ、わたしの民を慰めよと

あなたたちの神は言われる。
2
エルサレムの心に語りかけ
 彼女に呼びかけよ
 苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
 罪のすべてに倍する報いを
 主の御手から受けた、と。

                             

3呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

4谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。

5主の栄光がこうして現れるのを
肉なる者は共に見る。
主の口が〔そう〕宣言される。

*  

9高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな
ユダの町々に告げよ。

*   

見よ、あなたたちの神

10見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ
御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
主の働きの実りは御前を進む。

11主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

(註) 2彼女・・・・・・エルサレムのこと。エルサレムはここでは単に一つの町の名ではなく、民全体を意味している。

(註) 3荒れ野 荒れ地・・・・・・バビロンからイスラエルの人々が帰国する道。砂漠の中であった。

(註) 5・・・・・・人間のこと。滅びゆく者としての人間、また、弱く、罪の中にある者としての人間を表すときの用いられることば。

(註) 9シオン・・・・・・かってエルサレムの神殿が建っていた丘の名。神殿が新バビロニア帝国によって破壊され、イスラエルの主だった人々が捕囚の身となってバビロンに連れて行かれたこの時代、シオン、エルサレム、ユダの町々は荒廃していた。

(註)10主のかち得られたもの・・・・・・解放された民のこと。

(註)11子羊・・・・・・イスラエルの民のこと。次の「その母」はエルサレムの町。

 

 〔ペトロの第二の手紙は新約聖書の中で最も遅く、一世紀末か二世紀前半に書かれた。ここでは、キリストの再臨の遅れが問題にされている。〕

第二朗読       (二)ペトロの手紙

わたしたちは新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。

(3章 814節)

使徒ペトロの手紙

 8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。9ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。10主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。11このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。12神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。13しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。
14 だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。

(註)10主の日・・・・・・キリストが再臨する日。キリストを信じる者にとって、救いが完成する日である。12節の「神の日」も同じ。

(註)13新しい天と新しい地・・・・・・週末における神の救いは新しい創造の業として考えられている(イザヤ書6517節、6622節、黙示録211節参照)。

 

 1節は福音書全体の表題と言ってもよい。マルコ福音書では洗礼者ヨハネの活動の出来事から福音(良い知らせ)が始まっていく。〕

福音朗読マルコ

主の道筋をまっすぐにせよ。

(1章18節)

マルコによる福音

1 神の子イエス・キリストの福音の初め。
2 預言者イザヤの書にこう書いてある。
 「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
 あなたの道を準備させよう。
3荒れ野で叫ぶ者の声がする。
 『主の道を整え、
 その道筋をまっすぐにせよ。』」
そのとおり、
4洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。5ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。6ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。7彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。8わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

(註) 2見よ~・・・・・・マラキ書31節の引用。

(註) 3荒れ野で~・・・・・・イザヤ書403節(第一朗読)の引用。

(註) 4洗礼・・・・・・元の意味は「水に浸す」「沈める」。

(註) 6野蜜・・・・・・岩の割れ目などに巣を作る野生の蜜蜂の蜜。

(註) 8聖霊で洗礼をお授けになる・・・・・・「聖霊で」とは、洗礼の方法というより、その洗礼のもたらすものを示しているといえるだろう。イエスの洗礼は、人を聖霊の中に沈め、新しいいのちへと生まれ変わらせることになる。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171210より)

2017年12月 1日 (金)

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

2017年12月 3日の「聖書と典礼」

「待降節第1主日」 B

気を付けて、目を覚ましていなさい。

(マルコによる福音書1333節より)

 

 〔バビロン捕囚から解放され、帰国したイスラエルの民が目にしたのは、廃墟と化したエルサレムの都であった。困難の中から預言者は神の救いを願い、神ご自身の到来を祈り求める。〕

第一朗読        イザヤ書 

どうか、天を裂いて降ってください。

(63章16b17節、19節b、64章2b7節)

イザヤの預言

6316b主よ、あなたはわたしたちの父です。
「わたしたちの贖い主」
これは永遠の昔からあなたの御名です。
17なにゆえ主よ、あなたはわたしたちを
あなたの道から迷い出させ
わたしたちの心をかたくなにして
あなたを畏れないようにされるのですか。
立ち帰ってください、あなたの僕たちのために
あなたの嗣業である部族のために。

                             

19bどうか、天を裂いて降ってください。
御前に山々が揺れ動くように。

 

642b〔あなたが〕降られれば
あなたの御前に山々は揺れ動く。
3あなたを待つ者に計らってくださる方は
神よ、あなたのほかにはありません。
昔から、ほかに聞いた者も耳にした者も
目に見た者もありません。
4喜んで正しいことを行い
あなたの道に従って、あなたを心に留める者を
あなたは迎えてくださいます。
あなたは憤られました
わたしたちが罪を犯したからです。
しかし、あなたの御業によって
わたしたちはとこしえに救われます。

 

5わたしたちは皆、汚れた者となり
正しい業もすべて汚れた着物のようになった。
わたしたちは皆、枯れ葉のようになり
わたしたちの悪は風のように
わたしたちを運び去った。
6あなたの御名を呼ぶ者はなくなり
奮い立ってあなたにすがろうとする者もない。
あなたはわたしたちから御顔を隠し
わたしたちの悪のゆえに、力を奪われた。
7しかし、主よ、あなたは我らの父。
わたしたちは粘土、あなたは陶工
わたしたちは皆、あなたの御手の業。

(註)16贖い・・・・・・元来は奴隷を買い戻して、自由にすること(また、そのための代金)を意味した。神がイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放されたこと、さらに罪の奴隷状態から人間を救い出すわざにも用いられることばである。

(註)17嗣業・・・・・・元来は「賜物」を意味する。そこから「財産」「相続財産」などの意味になった。イスラエルは神が選び、エジプトから導き出し、ご自分のものとされたので、嗣業の民といわれる。

(註) 4わたしたちが罪を犯した・・・・・・ここではバビロン捕囚という苦しみをもたらした、イスラエルの王国時代の罪のことが考えられている。この罪の自覚のため、民は神に対してまったく誇ることができない。

(註) 6御顔を隠し・・・・・・捕囚の苦難の中で、神の救いが見えなくなっていた状態を表す。4515節、548節、5717節にも同様の表現がある。

 

 〔コリントの教会はパウロによって創設された。この教会の諸問題を聞いたパウロがコリントの教会に書き送った手紙の冒頭、宛名に続く部分。パウロはまず、コリントの人々に信仰と希望を与えてくださった神への感謝を述べる。〕

第二朗読  (一)コリントの信徒への手紙 

わたしたちは主イエス・キリストの現れを待ち望んでいる。

(1章39節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

3〔皆さん、〕わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
 
4わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。5あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。6こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、7その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。8主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。9神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

(註) 7賜物・・・・・・(一)コリントの信徒への手紙12411節参照。

(註) 8イエス・キリストの日・・・・・・天に上げられたキリストが再び来られる日。

(註) 9神は真実な方・・・・・・神が信頼できる方、誠実な方であることをいう。

 

 〔イエスがオリーブ山でペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレの四人の弟子に語られた終末についての長い説教の結び。人の子の到来が告げられ、「その日、その時は、だれも知らない……」(1332節)といわれた後に続く言葉。〕

福音朗読 マルコによる福音書

目を覚ましていなさい。

いつ家の主人が帰ってくるのか、

あなたがたには分からないからである。

(13章3337節)

マルコによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕33「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。34それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているようにと、言いつけておくようなものだ。35だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。36主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。37あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」

(註)33目を覚ましていなさい・・・・・・きょうの箇所に何度も繰り返されるこのことばは、待降節第一主日のテーマをはっきりと示す。待降節とは神の到来を待ち望む季節であり、その到来に向かって生きる態度が「目を覚ましている」ことである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201712 3より)

2017年11月24日 (金)

2017年11月26日の「聖書と典礼」

2017年11月26日の「聖書と典礼」

「王であるキリスト」 A

人の子はその栄光の座に着く。

そして、すべての国の民をより分ける。

(福音朗読主題句 マタイ福音書253132節より)

 

〔エゼキエルはバビロン捕囚の時代(紀元前六世紀)の預言者。イスラエルの指導者(牧者)たちの罪によって、イスラエルの民()は散らされたが、神ご自身(わたし)が牧者として民を集めることを約束する。〕

第一朗読         エゼキエル書

お前たち、わたしの群れよ。わたしは羊と羊の間を裁く。

(34章1112節、1517節)

エゼキエルの預言

11 まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。12牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す。15わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。16わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは公平をもって彼らを養う。
17 お前たち、わたしの群れよ。主なる神はこう言われる。わたしは羊と羊、雄羊と雄山羊との間を裁く。

(註)12雲と密雲の日・・・・・・雲は神の介入を表す。神の裁きの日、つまりバビロニア帝国によってエルサレムが破壊されたときを指す。(エゼキエル書303節参照)

(註)17羊と羊~・・・・・・ここで裁かれるのは、指導者たちだけでなく、民全体である。

 

 〔コリントの教会には死者の復活はないと考えていた人がいた。このためパウロは、キリストの復活とその意味について述べ、救いの完成への希望を力強く語る。〕

第二朗読     (一)コリントの信徒への手紙

キリストは父である神に国を引き渡される。

神がすべてにおいてすべてとなられるためである。

(15章2026節、28節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

20 〔皆さん、〕キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。21死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。22つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。23ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち、24次いで、世の終わりが来ます。そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、父である神に国を引き渡されます。25キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。26最後の敵として、死が滅ぼされます。28すべてが御子に服従するとき、御子自身も、すべてを御自分に服従させてくださった方に服従されます。神がすべてにおいてすべてとなられるためです。

(註)20初穂・・・・・・最初の者の意味。後に続くすべての人の復活の始まりであることを意味する(23節参照)

(註)22アダムによってすべての人が死ぬことになった・・・・・・ローマの信徒への手紙512節参照。

 

 25113節の「十人のおとめのたとえ」、先週の「タラントンのたとえ」に続く説教で、マタイ福音書におけるイエス最後の説教でもある。この後はすぐに受難の記事が続く。この説教は、神の決定的な裁きに際して、何が問われているかを明瞭に示す。〕

福音朗読       マタイによる福音書

人の子はその栄光の座に着く。そして、すべての国の民をより分ける。

(25章3146節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕31「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。32そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、33羊を右に、山羊を左に置く。34そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。35お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、36裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』37すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。38いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。39いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』40そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
41 それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。42お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、43旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。』44すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話をしなかったでしょうか。』45そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』46こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」

(註)32羊飼いが羊と山羊を~・・・・・・第一朗読参照。山羊と羊は昼間は一緒に放牧していたが、夜になると分けられた。なおパレスチナでは羊は白く、山羊は黒いのがふつうである。

(註)35飢えていたとき~・・・・・・これらの苦しみはイエスの受難の姿をも思わせる。

(註)40わたしの兄弟であるこの最も小さい者~・・・・・・イエスに派遣される弟子について語られたマタイ書104042節に似た表現がある。

(註)41永遠の火・・・・・・マタイ書188節参照。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171126より)

2017年11月18日 (土)

2017年11月19日の「聖書と典礼」

2017年11月19日の「聖書と典礼」

「年間第33主日」 A

主を畏れる女こそ、たたえられる。

(箴言 3130節より)

 

 〔「箴言」はさまざまな格言を集めた書だが、単なる人生訓ではなく、根底に「主を畏れることは知恵の初め」(910節)という考えがある。朗読個所はその結びにある詩で、神への畏敬をもって生きた女性を賞賛をもって描く。〕

第一朗読箴言

有能な妻は、手ずから望みどおりのものを仕立てる。

31・1013、1920、3031

箴言

10有能な妻を見いだすのは誰か。
真珠よりはるかに貴い妻を。

11夫は心から彼女を信頼している。
儲けに不足することはない。

12彼女は生涯の日々
夫に幸いはもたらすが、災いはもたらさない。

13羊毛と亜麻を求め
手ずから望みどおりのものに仕立てる。

                             

19手を糸車に伸べ、手のひらに錘をあやつる。
20貧しい人には手を開き、乏しい人に手を伸べる。
30あでやかさは欺き、美しさは空しい。
 
主を畏れる女こそ、たたえられる。
31彼女にその手の実りを報いよ。
 
その業を町の城門でたたえよ。

(註)19・・・・・・糸車と同じく、糸をつむぐための道具。

(註)30主を畏れる・・・・・・神の前で自らの限界を知る人間の、神に向かう心を意味する。

(註)31城門で~・・・・・・多くの人の行き交う場所(121節参照)。

 

 〔主が来られる日、死者は復活し、わたしたちは主とともにいるようになる(41518節)。この確信をもってパウロは語る。〕

第二朗読    (一)テサロニケの信徒への手紙

主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはない。

(5章16節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

 1兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。2盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。3人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。4しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。5あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。6従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

(註) 2盗人が~・・・・・・マタイ福音書244244節、ルカ福音書123940節参照。

 

  〔「タラントンのたとえ」として知られる。直前にある「十人の乙女のたとえ」に続き、終末に向かって現在をどう生きるかを問いかける。ルカ福音書191127節の「ムナのたとえ」がこれに対応するが、詳細は少し異なっている。〕

福音朗読        マタイ福音書

お前は少しのものに中実であった。主人と一緒に喜んでくれ。

(25章1430節、 または 25章1415節、1921節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕14「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。15それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。
《早速、
16五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。17同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。18しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。》
19さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。20まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』21主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』」
22「次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』23主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』24ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、25恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』26主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。27それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。28さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。29だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。30この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」》

(註)14ある人が旅行に出かける・・・・・・ここでは天に上げられ、再び来られるキリストのことを指している。

(註)15タラントン・・・・・・ギリシアの貨幣単位。一タラントンは六千デナリオン。一デナリオンは一日の日当であるから、一タラントンは、約二十年分の賃金に相当する。なお、ルカのたとえでは、全員が同じ額を預かる。

(註)21少しのもの・・・・・・タラントンの価値から考えれば矛盾するようだが、これから与えられるものに比べればわずかなもの、ということであろう。

(註)24蒔かないところから刈り取り~厳しい方・・・・・・この主人はキリストを指すので不適切な言葉だが、一タラントンあずかった人はまさにそう考え、主人もその考えに基づいて答えた(26節)。

(註)25地の中に隠して・・・・・・倒産することもある当時の銀行に預けるより、はるかに安全な財産の保管方法と考えたもの。しかし、主人は保管することではなく、それを活かすことを要求する。

(註)29持っている人は~・・・・・・マタイ福音書1312節にもある格言のようなことば。

(註)30外の暗闇に~・・・・・・週末の裁きによる決定的な滅亡を意味する(マタイ福音書2213節などにもみられる表現)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171112より)

 

 

~~~聖書週間(11月16日~11月23日)~~~
 11月の第3日曜日から第4日曜日までは聖書週間にあてられています。
 神の愛を知り、神の心を受け取るために、わたしたちは新約聖書と旧約聖書を神のことばとして読み、大切にします。
 『聖書週間』は、すべての人、とくに信徒が、この聖書に『より強い関心をもち、親しみ、神の心に生きる』ようになるための週間です。
各教区では、聖書への関心を高め、より親しむために、講演会、研修会、展示会などの催しが計画されます。
 このような催しに進んで参加するとともに、自分でも積極的に聖書に近づきましょう。たとえば、毎日欠かさず聖書を一章ずつ読む方法や、ミサにあずかれなくても、ミサの聖書朗読の当日分を毎日読む方法も勧められています。
   (カトリック中央協議会刊・カトリック教会情報ハンドブック より)

 

2017年11月10日 (金)

2017年11月12日の「聖書と典礼」

2017年11月12日の「聖書と典礼」

「年間第32主日」 A

キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し。

(一テサロニケの信徒への手紙416節より)

 

 〔「知恵の書」は第二正典に属し、「ソロモンの知恵」とも呼ばれる。紀元前一世紀ごろに書かれた。この個所は地上の支配者たちに、神の掟に従う知恵を求めるよう促す。ここでは、知恵が人格化されて語られている。この「知恵」は単なる人間的な賢さではなく、神的なものである。(知恵の書72526節参照)。新約聖書ではキリストご自身が「神の知恵」と言われるようになる(一コリントの信徒への手紙124節、30節参照)。〕

第一朗読           知恵の書

知恵は、知恵を探す人には自分を示す。

(6章1216節)

知恵の書

12知恵は輝かしく、朽ちることがない。
知恵を愛する人には進んで自分を現し、
探す人には自分を示す。

13求める人には自分の方から姿を見せる。

14知恵を求めて早起きする人は、苦労せずに
自宅の門前で待っている知恵に出会う。

15知恵に思いをはせることは、最も賢いこと、
知恵を思って目を覚ましていれば、
心配もすぐに消える。

16知恵は自分にふさわしい人を求めて巡り歩き、
道でその人たちに優しく姿を現し、
深い思いやりの心で彼らと出会う。

 

 

 〔新約聖書の文書の中で最も早く書かれたこの手紙は、キリストの再臨が間近いという期待に満ちている。その中で、すでに死んでしまった兄弟はどうなるのか、という疑問にパウロは答える。〕

第二朗読    一テサロニケの信徒への手紙

神はイエスを信じて眠りについた人たちを、

イエスと一緒に導き出してくださる。

(4章1318節、 または 4章1314節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

13兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。14イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。
 
15主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。16すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、17それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。18ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。

(註)15主が来られる日まで生き残る~・・・・・・キリストは今の時代のうちに再臨すると期待されていた。しかし、パウロは期待をはっきりと述べているのではない(513節参照)。

(註)17空中・・・・・・古代人の宇宙観に基づく表現。天から降ってくるキリストと地上のわたしたちが出会う場。

 

 〔マタイ福音書では、2429節から人の子の到来が語られる。その時

に向かって今をどう生きるかを問いかけるたとえ話である。〕

福音朗読        マタイによる福音書

花婿だ。迎えに出なさい。

(25章113節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕1「天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。2そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。3愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。4賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。5ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。6真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。7そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。8愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』9賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』10愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。11その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。12しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。13だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」

(註) 1おとめ・・・・・・花嫁の家で花婿が迎えに来るのを待っている花嫁の友人のこと。当時の風習では、花婿が花嫁を花嫁の実家まで迎えに行き、花嫁や付き添いの人々と一緒に婚宴の行われる花婿の家に向かった。

(註) 2賢かった・・・・・・ここでいう「賢さ」は人間的な知恵ではなく、神に従う知恵を意味している(第一朗読参照)。

(註)10婚宴の席・・・・・・婚宴は神の国の完成の姿を表す。

(註)13目を覚ましていなさい・・・・・・これは、マタイ福音書2436節から続いているテーマである。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171112より)

2017年11月 4日 (土)

2017年11月 5日の「聖書と典礼」

2017年11月 5日の「聖書と典礼」

「年間第31主日」 A

彼らは言うだけで、実行しない。

(福音朗読主題句 マタイ福音書23 3節より)

 

  〔「マラキ」とは「使者」の意味。紀元前五世紀の前半、神殿は再建されたが、正しい礼拝は行われておらず、祭司は不正を行っていた。〕

第一朗読           マラキ書

あなたたちは道を踏み外し、教えによって多くの人をつまずかせた。

(1章14節b-2章2節b、810節)

マラキの預言

114bわたしは大いなる王で、わたしの名は諸国の間で畏れられている、と万軍の主は言われる。
21祭司たちよ、今あなたたちにこの命令が下される。2abもし、あなたたちがこれを聞かず、心に留めず、わたしの名に栄光を帰さないなら、と万軍の主は言われる。わたしはあなたたちに呪いを送り、祝福を呪いに変える。

                             

8あなたたちは道を踏みはずし
 教えによって多くの人をつまずかせ
 レビとの契約を破棄してしまったと
 万軍の主は言われる。
9わたしも、あなたたちを
 民のすべてに軽んじられる価値なき者とした。
 あなたたちがわたしの道を守らず
 人を偏り見つつ教えたからだ。

 

10我々は皆、唯一の父を持っているではないか。
 我々を創造されたのは唯一の神ではないか。
 なぜ、兄弟が互いに裏切り
 我々の先祖の契約を汚すのか。

(註)21この命令・・・・・・16節、14節との関連からは、神を畏れ、心を尽くして礼拝を行うことへの命令と思われる。

(註) 8レビとの契約・・・・・・旧約時代、祭司の務めはレビ族にゆだねられた。ここでは申命記33811節にあるような、教える任務が考えられているのであろう。

 

 〔パウロは自分のテサロニケの人々に対する宣教が、不純な動機によるものではなく、神に喜ばれるためであったことを強調して語る。〕

第二朗読     一テサロニケの信徒への手紙

私は神の福音を伝えるばかりでなく、

自分の命さえ喜んで与えたいと願った。

(2章7b9節、13節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

7b〔皆さん、わたしたちは、〕あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、8わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。9兄弟たち、わたしたちの労苦と骨折りを覚えているでしょう。わたしたちは、だれにも負担をかけまいとして、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えたのでした。
13このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。

(註) 7幼子のようになりました・・・・・・前の文との関係では、高ぶらなかったという意味だろう。しかし、ここの「幼子」を「優しく」と読む可能性もある。その場合、あとの「母親がその子どもを……」とつながり「優しくふるまいました」と訳すことができる。

(註) 9労苦と骨折り・・・・・・(二)コリントの信徒への手紙1127節、()テサロニケの信徒への手紙38節参照。

 

 〔マタイ福音書では、エルサレムの神殿での、ファリサイ派やユダヤ人の指導者たちとの論争の後、律法学者やファリサイ派に対する強烈な批判のことばが続く(23136節)〕

福音朗読          マタイ福音書 

彼らは言うだけで、実行しない。

23・112

マタイによる福音

 1〔そのとき、〕イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。2「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。3だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。4彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。5そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。6宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、7また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。8だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。9また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。10『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。11あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。12だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

(註) 2モーセの座・・・・・・律法学者やファリサイ派は民衆に律法を教え、彼らの教えはモーセと同じ権威を持つものと考えられた。

(註) 5聖句の入った小箱・・・・・・信仰深いユダヤ人が朝の祈りのときに、左腕と額につけた小箱。中に入っている革に聖句が書き記されている(申命記68節参照)。

(註) 衣服の房・・・・・・律法を思い出すためにつけた(民数記1538節、申命記2212節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201711 5より)

2017年10月28日 (土)

2017年10月29日の「聖書と典礼」

2017年10月29日の「聖書と典礼」

「年間第30主日」 A

あなたの神である主を愛しなさい。

隣人を自分のように愛しなさい。

(福音朗読主題句マタイ福音書223739節より)

 

 〔出エジプト記2022節~2333節は「契約の書」と呼ばれる。このことばに基づいて契約が締結される(24章)。エジプトの奴隷状態からの解放という救いの体験をした民には、弱い立場の人間への共感と愛が特別に求められている〕。

第一朗読出エジプト

あなたが寡婦や孤児を苦しめる場合は、わたしの怒りは燃え上がる。

(22章2026節)

出エジプト記

 〔主は言われる。〕20寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。
 
21寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。22もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。23そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる。
 
24もし、あなたがわたしの民、あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は、彼に対して高利貸しのようになってはならない。彼から利子を取ってはならない。25もし、隣人の上着を質にとる場合には、日没までに返さねばならない。26なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである。彼は何にくるまって寝ることができるだろうか。もし、彼がわたしに向かって叫ぶならば、わたしは聞く。わたしは憐れみ深いからである。

(註)20寄留者・・・・・・次節の「寡婦」、「孤児」と並んで社会的弱者の代表であった。

(註)22叫びを聞く・・・・・・神が苦しむ人々の叫び声を聞くことは、エジプト脱出という救いの業の出発点でもあった(出エジプト記223節、37節参照)。

 

 〔テサロニケの教会は、パウロが第二回宣教旅行で創設した教会であった。この個所は手紙の冒頭にある神への感謝の一部分にあたる。〕

第二朗読     (一)テサロニケの信徒への手紙

あなたがたは偶像から離れて神に立ち返り、

御子が来られるのを待ち望むようになった。

(1章5節c10節)

使徒パウロのテサロニケの教会への手

5c〔皆さん、〕わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、御承知のとおりです。6そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、7マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。8主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。9彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、10更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。

(註) 6ひどい苦しみの中で・・・・・・パウロがテサロニケで宣教したとき、ユダヤ人はねたんで暴動を起こし、キリスト信者が襲われた(使徒言行録1719節参照)。

(註) 7マケドニア州とアカイア州・・・・・・ギリシアのこと。当時のローマ帝国ではこの二州に分けられていた。テサロニケはマケドニアの中心都市。

 

 〔イエスは神殿の境内で、当時のユダヤ人の指導者たちと論争していくが、この個所の直前には、サドカイ派との復活をめぐる論争がある。〕

福音朗読          マタイ福音書 

あなたの神である主を愛しなさい。

隣人を自分のように愛しなさい。

(22章3440節)

マタイによる福音

 34〔そのとき、〕ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。35そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。36「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」37イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』38これが最も重要な第一の掟である。39第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』40律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」

(註)37心を尽くし~・・・・・・申命記65節の引用。「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である」(同64節)に続く掟で、「シェマー(聞け)の祈りとしてユダヤ人が日々唱えるものとされていた。

(註)39隣人を自分のように~・・・・・・レビ記1918節。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171029より)

2017年10月20日 (金)

2017年10月22日の「聖書と典礼」

2017年10月22日の「聖書と典礼」

「年間第29主日」 A

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。

(マタイ福音書2221節より)

 

 〔イザヤ書4055章は紀元前六世紀のバビロン捕囚の終わりのころの預言。バビロンを征服するペルシア王によって神の救いの計画が実現する。すべての出来事は唯一の主である神の計画の中にある。〕

第一朗読           イザヤ書

私はキュロスの右の手を固く取り、国々を彼に従わせる。

(45章1節、46節)

イザヤの預言

1主が油を注がれた人キュロスについて
主はこう言われる。
わたしは彼の右の手を固く取り
国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。
扉は彼の前に開かれ
どの城門も閉ざされることはない。

                             

4わたしの僕ヤコブのために
わたしの選んだイスラエルのために
わたしはあなたの名を呼び、称号を与えたが
あなたは知らなかった。

5わたしが主、ほかにはいない。
わたしをおいて神はない。
わたしはあなたに力を与えたが
あなたは知らなかった。

6日の昇るところから日の沈むところまで
人々は知るようになる
わたしのほかは、むなしいものだ、と。
わたしが主、ほかにはいない。

(註) 1油を注がれた・・・・・・神によって特別な使命を授けられることを意味する。

(註) キュロス・・・・・・世界帝国を築いたペルシアの王で、紀元前539年にバビロンを征服した。被征服民族の宗教的な自由を認め、バビロンから解放されたユダヤ人にエルサレムの神殿の再建を許可した(歴代誌下362223節、エズラ記114節参照)。

(註) 扉 城門・・・・・・古代都市の城壁の門のこと。

 

 〔この手紙は、新約聖書の中で最も古い文書とされる。テサロニケの教会には、パウロの第二回宣教旅行で福音が伝えられた。〕

第二朗読     (一)テサロニケの信徒への手紙

あなたがたの信仰と愛と希望を、わたしたちは心に留めている。

(1章15節b)

使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

 1パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。
 
2わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。3あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。4神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。5abわたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。

(註) 1シルワノ・・・・・・シラスともいう。第二回宣教旅行に同行(使徒言行録1522節、40節参照)。

(註) テモテ・・・・・・パウロの同行者。テモテはテサロニケの教会を再び訪れ、その様子をパウロに知らせた(3章)。

(註) 3忍耐・・・・・・原語は「苦難の下にしっかりととどまる」の意。

 

 〔エルサレムの神殿の境内での出来事。もし、イエスが納税を認めなければ、ローマ帝国の反逆者となり、認めればユダヤ民衆の信望を失うことになる。どちらにしてもイエスを陥れることになる。〕

福音朗読         マタイ福音書

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。

(22章1521節)

マタイによる福音

15〔そのとき、〕ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した。

16そして、その弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです。17ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」18イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。19税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、20イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。21彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」

(註)16ヘロデ派・・・・・・ヘロデ王家を支持する人々で、ローマ帝国の支配を認めている。本来、ファリサイ派とは相いれない。

(註)17律法に適っている~・・・・・・ここでは、十戒の「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない」(出エジプト記2034節)という掟が問題になっている。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171022より)

2017年10月13日 (金)

2017年10月15日の「聖書と典礼」

2017年10月15日の「聖書と典礼」

「年間第28主日」 A

あなたは、・・・・・・わたしのために会食を整え。

(詩編235節より 答唱詩編)

 

 〔イザヤ書2427章は、「イザヤの黙示」と呼ばれ、バビロン捕囚からの解放を待ち望む状況の中で、紀元前六世紀半ばにまとめられた預言と考えられている。祝宴のイメージとともに、神が最終的に完成してくださる救いを語る。〕

第一朗読           イザヤ書

主は祝宴を開き、すべての顔から涙をぬぐってくださる。

(25章610節a)

イザヤの預言

6万軍の主はこの山で祝宴を開き
すべての民に良い肉と古い酒を供される。
それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。

7主はこの山で
すべての民の顔を包んでいた布と
すべての国を覆っていた布を滅ぼし

8死を永久に滅ぼしてくださる。
主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい
御自分の民の恥を
地上からぬぐい去ってくださる。
これは主が語られたことである。

9その日には、人は言う。
見よ、この方こそわたしたちの神。
わたしたちは待ち望んでいた。
この方がわたしたちを救ってくださる。
この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。
その救いを祝って喜び躍ろう。

10a主の御手はこの山の上にとどまる。

(註) 6この山・・・・・・直接には、神殿のあるシオンの山(エルサレム)を指すが、特定の場所を超えた、終末的な神との出会いの場のイメージがある(イザヤ書225節参照)。

(註) 古い酒・・・・・・元は「ぶどう酒の澱」の意味。よくねかせた上等の強いぶどう酒を意味する。

(註) 7顔を包んでいた布・・・・・・喪に服している様子を表す。(サムエル記下1530節、195節参照)とも考えられるが、さらに覆い布が取り去られるということは、主の栄光を直接見て、その栄光に照らされる、終末的な救いの完成のイメージ(出エジプト記342935節、()コリント3718節参照)であるともいえる。

(註) 8死を永久に~・・・・・・一コリントの信徒への手紙1554節、黙示録214節参照。

 

 〔手紙全体のしめくくりにあたり、フィリピの教会が獄中のパウロを援助してくれたことに感謝し、神とキリストに満たされる生き方を賛美をこめて語る。〕

第二朗読 フィリピの信徒への手紙

わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能である。

(4章1214節、1920節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

12〔皆さん、わたしは、〕貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。13わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。14それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。
19わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。20わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

 

 

 〔マタイ福音書は、ルカ福音書での位置(ルカ福音書141524節)と異なり、このたとえ話をエルサレムの神殿でイエスが祭司長と民の長老たちと対決する場面に置く。キリストを受け入れなかったユダヤ人の運命と、異邦人に救いがもたらされた歴史が描き込まれているようである。〕

福音朗読 マタイによる福音書

見かけた者は誰でも婚宴に連れてきなさい。

(22章114節、 または 22章110節)

マタイによる福音

1 〔そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに〕たとえを用いて語られた。2「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。3王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。4そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』5しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、6また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。7そこで、王は怒り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。8そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。9だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』10そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。」
11「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。12王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、13王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』14招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」》

(註) 2婚宴・・・・・・婚宴は神の国の完成の姿を表す(マタイ福音書25113節など参照)。

(註) 3家来たち・・・・・・旧約の預言者たちを指す。

(註) 4別の家来たち・・・・・・初代教会の宣教者を指すようである。

(註) 6殺してしまった・・・・・・ここにはキリストとその弟子の受けた迫害が語られているのであろう。

(註) 7町を焼き払った・・・・・・紀元70年のエルサレム滅亡のことが語られている。

(註)11婚礼の礼服・・・・・・・ここでは、神の国に入るのにふさわしい「行い」のことを指しているようである。しかし、1113節はもともと独立したたとえ話だったらしい。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20171015より)

2017年10月 6日 (金)

2017年10月 8日の「聖書と典礼」

2017年10月 8日の「聖書と典礼」

「年間第27主日」 A

イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑。

(イザヤ書57節より)

 

 〔イザヤは、紀元前八世紀、ユダ王国で活躍した預言者。神を農夫に、イスラエルやユダをぶどう畑にたとえ、神の愛のこたえない民にその行く末を悟らせようとする。同様なたとえとしてエレミヤ書221節、121011セス、ホセア書 910節、101節など参照〕

第一朗読           イザヤ書

イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑。

(5章17節)

イザヤの預言

1わたしは歌おう、わたしの愛する者のために
そのぶどう畑の愛の歌を。
わたしの愛する者は、肥沃な丘に
ぶどう畑を持っていた。

2よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。
その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り
良いぶどうが実るのを待った。
しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。

3さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ
わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。

4わたしがぶどう畑のためになすべきことで
何か、しなかったことがまだあるというのか。
わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに
なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。

5さあ、お前たちに告げよう
わたしがこのぶどう畑をどうするか。
囲いを取り払い、焼かれるにまかせ
石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ

6わたしはこれを見捨てる。
枝は刈り込まれず
耕されることもなく
茨やおどろが生い茂るであろう。
雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。

*  

7イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑
主が楽しんで植えられたのはユダの人々。
主は裁き(ミシュパト)を待っておられたのに
見よ、流血(ミスパハ)。
正義(ツェダカ)を待っておられたのに
見よ、叫喚(ツェアカ)。

(註) 1わたし・・・・・・この個所の「わたし」は預言者自身。「わたしの愛する者」は神を指す。一方、36節の「わたし」は神ご自身である。

(註) 2酒ぶね・・・・・・ぶどう酒をつくるためにぶどうを搾る桶。

(註) 6おどろ・・・・・・とげのある灌木の茂み。イザヤ書のみに現れることば。

(註) 7ミシュパト ミスパハ・・・・・・ヘブライ語の語呂合わせを示している。朗読のときに読む必要はない(次の「ツェダカ」「ツェアカ」も同様)。

 

 〔自らが創設し、当時、圧迫を受けていたフィリピの教会の信者に、パウロは信仰のための戦いを進めてきた(12730節参照)。その勧告の結びにあたり、「主は近くにおられます」という確信(45節)から力強く語りかける。〕

第二朗読    フィリピの信徒への手紙

これらのことを実行しなさい。

そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられる。

(4章69節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

 〔皆さん、〕どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
 終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。

 

 

 〔先週の「二人の息子」のたとえに続いて、神殿でユダヤ人指導者たちに向けて語られたたとえ話。このたとえの「農夫たち」も本来、民の指導者たちのことを指したのであろう。〕

福音朗読       マタイによる福音書

主人は、ほかの農夫たちにぶどう園を貸すにちがいない。

(2章3343節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。〕

33「もう一つのたとえを聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。34さて、収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。35だが、農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。36また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。37そこで最後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。38農夫たちは、その息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』39そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまった。40さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどうするだろうか。」41彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸すにちがいない。」42イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。
 『家を建てる者の捨てた石、
 これが隅の親石となった。
 これは、主がなさったことで、
 わたしたちの目には不思議に見える。』
43だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。」

(註)34僕たち・・・・・・旧約の預言者たちのこと。「僕たち」が二回に分けて派遣されるのは、捕囚前と捕囚後の預言者を考えているのであろう。

(註)37息子・・・・・・イエスのことを指す。

(註)39ぶどう園の外に・・・・・・イエスはエルサレムの場外で十字架に架けられた(ヘブライ人への手紙131213節参照)。

(註)42家を建てる者の~・・・・・・詩編1182223節の引用。たとえの結びとして後から加えられたとも考えられる。殺されて復活するイエスこそが新しい神の民の礎石となること、そこに神の計らいの不思議さがあることを語る(使徒言行録411節、一ペトロの手紙27節参照)。

(註)43実を結ぶ民族に・・・・・・マタイはこのたとえの中に、イスラエルの民がキリストを拒否し、その結果、異邦人に救いが及んだ歴史を見ている。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201710 8より)

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