2019年3月15日 (金)

2019年3月17日の「聖書と典礼」

2019年3月17日の「聖書と典礼」

四旬節第2主日  C

これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け。」

(ルカによる福音書 9章35節より)

 

 〔四旬節の主日のミサの第一朗読は救いの歴史を思い起こす内容になっている。第二主日にはいつもアブラハムの出来事が読まれるが、今年(C)は神とアブラム(後のアブラハム)との契約締結の場面。)

第一朗読        創世記

神は忠実なアブラムと契約を結ばれた。

(15章512節、1718節)

創世記

5〔その日、主はアブラム〕を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」
6 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
7 主は言われた。
 「わたしはあなたをカルデアのウルから導き出した主である。わたしはあなたにこの土地を与え、それを継がせる。」
8 アブラムは尋ねた。
 「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」
9 主は言われた。
 「三歳の雌牛と、三歳の雌山羊と、三歳の雄羊と、山鳩と、鳩の雛とをわたしのもとに持って来なさい。」
10 アブラムはそれらのものをみな持って来て、真っ二つに切り裂き、それぞれを互いに向かい合わせて置いた。ただ、鳥は切り裂かなかった。11禿鷹がこれらの死体をねらって降りて来ると、アブラムは追い払った。
12 日が沈みかけたころ、アブラムは深い眠りに襲われた。すると、恐ろしい大いなる暗黒が彼に臨んだ。
17 日が沈み、暗闇に覆われたころ、突然、煙を吐く炉と燃える松明が二つに裂かれた動物の間を通り過ぎた。

18 その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。
 「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで。」

() 5あなたの子孫・・・この時、アブラムは年老いていたが、子供がなかった。

() 6アブラムは主を信じた~・・・このアブラハムの信仰を、パウロはキリスト者の信仰の模範としている(ローマの信徒への手紙4112節参照)。

() 7カルデアのウル・・・南バビロニアの都市(今のイラク南部にあたる)。

()10真っ二つに切り裂き・・・当時の契約の儀式に従っている。契約を破った場合、このように切り裂かれるということを示すのであろう。

()17煙を吐く炉と燃える松明・・・これらのしるしは、神ご自身がそこにおられることを表している。

 

 〔「キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中から復活に達したい」(31011節)というパウロは、同じ希望に人々を招く。〕

第二朗読 フィリピの信徒への手紙

キリストはわたしの体を、

御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださる

(3章17節〜4章1節、 または 3章20節〜4章1節)

使徒パウロのフィリピの教会への手紙

 兄弟たち、
皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい。18何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。19彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。しかし、
20わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。21キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。
41だから、わたしが愛し、慕っている兄弟たち、わたしの喜びであり、冠である愛する人たち、このように主によってしっかりと立ちなさい。

()19腹を神とし~・・・ユダヤ教の習慣を押し付けようとする人々のことを指しているようである。「腹」は食事規定、「恥ずべきもの」は割礼、「この世のこと」は祭儀のことであろう。

()21御自分の栄光ある体・・・今日の福音でかいま見られるような復活したキリストの体。

 

 〔この出来事は、最初の受難予告のすぐ後に起こり、受難を通して栄光の姿を弟子たちにかいま見させる。四旬節第二主日の福音では、毎年この場面が読まれる。〕

福音朗読 ルカによる福音書

祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わった。

(9章28b36節)

ルカによる福音

28b〔そのとき、〕イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。29祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。30見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。31二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。32ペトロと仲間は、ひどく眠かったが、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。33その二人がイエスから離れようとしたとき、ペトロがイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、自分でも何を言っているのか、分からなかったのである。34ペトロがこう言っていると、雲が現れて彼らを覆った。彼らが雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。35すると、「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」と言う声が雲の中から聞こえた。36その声がしたとき、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。

()30モーセとエリヤ・・・モーセは律法を、エリヤは預言者を代表する人物。「律法と預言者」は旧約聖書全体を指す表現。

()31最期・・・もちろん十字架の死のことで、彼らはそれが神の計画であることを話し合っていたのであろう。

()33仮小屋・・・ペトロはこの素晴らしい光景が消えてしまわないように願って、三人の住まいを建てようとしたのであろう。

()34・・・神の栄光(神ご自身)の現れのしるし(出エジプト記403438節参照)。

()36当時・・・イエスが地上で生活していたとき。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019317 より)

2019年3月 8日 (金)

2019年 3月10日の「聖書と典礼」

2019年 3月10日の「聖書と典礼」

「四旬節第1主日」 C

イエスは、……四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。

(ルカによる福音書 4 1 2節より)

 

 〔イスラエルの民が約束の地に入り、その地で取れた最初の実りを神にささげるときに行う信仰告白。〕

第一朗読 申命記

選ばれた民の信仰告白。

(26章410節)

申命記

 〔モーセは民に言った。〕4「祭司はあなたの手から〔初物を入れた〕籠を受け取って、あなたの神、主の祭壇の前に供える。
5 あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい。
 『わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。
6エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。7わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、8力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、9この所に導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。10わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。』
 あなたはそれから、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前にひれ伏し〔なさい〕。」

() 5わたしの先祖は~・・・エジプトに下ったのは太祖ヤコブ(イスラエル)。その祖父アブラハムはアラム人の地から来た。「滅びゆく」は迷ってさすらう羊のようなありさまを指す。

()10地の実りの初物・・・初物をささげることは、すべてが神から与えられたものであることを意味する。

 

 〔ユダヤ人と異邦人の救いについて語るパウロは、すべての人の救いが信仰にかかっていることを述べる。〕

第二朗読  ローマの信徒への手紙

キリストを信じる者の信仰告白。

(10章813節)

使徒パウロのローマの教会への手紙

8 〔皆さん、聖書には〕何と言われているのだろうか。
 「御言葉はあなたの近くにあり、
 あなたの口、あなたの心にある。」
これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。
9口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。10実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。11聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。12ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。13「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。

() 8御言葉はあなたの近くに~・・・申命記3014節の引用。

() 9イエスは主である 神がイエスを死者の中から復活させら

れた・・・この二つのことばは初代教会の基本的な信仰告白で

あった(フィリピの信徒への手紙211節、一コリントの信徒への手紙123節、使徒言行録224節、一コリントの信徒への手紙1534節など参照)。

()11主を信じる者は~・・・イザヤ書2816節参照。

()13主の名を~・・・ヨエル書35節の引用。

 

 〔四旬節の原型となった、荒れ野でのイエスの四十日間の出来事。ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたのち、宣教活動を始める前のことである。〕

福音朗読 ルカによる福音書

イエスは荒れ野の中を“霊”によって引き回され、

誘惑を受けられた。

(4章113節)

ルカによる福音

1 〔そのとき、〕イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中をによって引き回され、2四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。3そこで、悪魔はイエスに言った。「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。」4イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。5更に、悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。6そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。7だから、もしわたしを拝むなら、みんなあなたのものになる。」8イエスはお答えになった。
 「『あなたの神である主を拝み、
 ただ主に仕えよ』
と書いてある。」
9そこで、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて言った。「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。10というのは、こう書いてあるからだ。
 『神はあなたのために天使たちに命じて、
 あなたをしっかり守らせる。』
11また、
 『あなたの足が石に打ち当たることのないように、
 天使たちは手であなたを支える。』」
12イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』と言われている」とお答えになった。13悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた。

() 1聖霊に満ちて・・・ヨルダン川で洗礼を受けたときに聖霊がイエスに降り、それ以降のイエスの歩みはすべて聖霊に導かれていく(使徒言行録1038節参照)

() 2四十日間・・・イスラエルの荒れ野の旅が四十年間であったように、40という数は試練や苦しみのシンボルである。

() 4人はパンだけで~・・・申命記83節。イエスの答えは、三回ともイスラエルの荒れ野の旅に関連した申命記からとられている。

() 6それはわたしに任されていて・・・ルカ福音書1022節に似ている。悪魔はここで「神の子」の権威を主張しイエスに礼拝を求める。

() 8あなたの神である主を~・・・申命記613節、1020節。

()10-11神はあなたのために~・・・次の節とともに、詩編911112(きょうの答唱詩編)の引用。

()12あなたの神である主を~・・・申命記616節。

()13 ・・・イエスの受難の時のこと(ルカ福音書223節、53節など参照)

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019310 より)

2019年3月 6日 (水)

2019年 3月 6日(水)の「聖書と典礼」

201936日(水)の「聖書と典礼」

「灰の水曜日」

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。

(マタイによる福音書 66節より)

 

 〔ヨエルが預言をした時代はペルシャ帝国の支配の末期にあたるといわれる。当時は恐ろしいいなごの襲来があったようで(14節参照)、ヨエルはこれを主の怒りの日の予兆として、民に回心を求めた。〕

第一朗読 ヨエル書 

衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け。

(2章1218節)

ヨエルの預言

12主は言われる。
「今こそ、心からわたしに立ち帰れ
断食し、泣き悲しんで。
13衣を裂くのではなく
お前たちの心を引き裂け。」

                             

あなたたちの神、主に立ち帰れ。
主は恵みに満ち、憐れみ深く
忍耐強く、慈しみに富み
くだした災いを悔いられるからだ。
14あるいは、主が思い直され
その後に祝福を残し
あなたたちの神、主にささげる穀物とぶどう酒を
残してくださるかもしれない。

 

15シオンで角笛を吹き
断食を布告し、聖会を召集せよ。
16民を呼び集め、会衆を聖別し
長老を集合させよ。
幼子、乳飲み子を呼び集め
花婿を控えの間から
花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。
17祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き
主に仕える者は言うがよい。
「主よ、あなたの民を憐れんでください。
あなたの嗣業である民を恥に落とさず
国々の嘲りの種としないでください。
『彼らの神はどこにいるのか』と
なぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」

 

そのとき
主は御自分の国を強く愛し
その民を深く憐れまれた。

()13衣を裂く・・・これ自体回心のしるしだが、さらに「心を引き裂け」という表現で、徹底した回心を求めている。

() 主は恵に満ち~・・・出エジプト記346節参照。

() くだした災い・・・いなごの群れのこと。神にささげる作物も残らないほどの被害がもたらされた。

()15聖会・・・礼拝のために召集された集会のこと。

()17嗣業・・・賜物、所有、相続財産のこと。イスラエルの民は、神がエジプトから導き出し、ご自分のものとされた民であるので、神の嗣業と言われる。

 

 〔この手紙の中で、自分の使徒としての任務を明らかにしてきたパウロは、それが「和解のために奉仕する任務」(518)であるという。そして、続くこの箇所で、キリストによる神との和解を受け入れるように呼び掛ける。〕

第二朗読     (二)コリントの信徒への手紙

神と和解させていただきなさい。今や恵みの時。

(5章20節〜6章2節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

520〔皆さん、〕神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。21罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。
61わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。2なぜなら、
 「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。
 救いの日に、わたしはあなたを助けた」
と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。

()62「恵みの時に~」・・・イザヤ書498節からの引用。

 

 〔山上の説教の一節。「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(548)ということばに続く個所。〕

福音朗読 マタイによる福音書

隠れたことを見ておられる父が、あなたがたに報いてくださる。

(6章16節、1618節)

マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕1「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
2 だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。3施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。4あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。
5 祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。6だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
16 断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

() 2偽善者・・・マタイ福音書では律法学者やファリサイ派を指す(2313節参照)。原語は「俳優」の意味があり、表の態度と心の中とが違うことを指す意味合いがある(1578節、2218節参照)

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201936 より)

2019年3月 1日 (金)

2019年 3月 3日の「聖書と典礼」

2019年 3月 3日の「聖書と典礼」

「年間第8主日」 C

死よ、お前の勝利はどこにあるのか。

(一コリントの信徒への手紙1555節より)

 

 〔シラ書は第二正典に属し、紀元前二〇〇年頃に書かれた。ヘレニズム文化の圧迫の中で、伝統的なイスラエルの知恵の優位を説いた。神の口から出た知恵(243節)をたたえるシラ書には口の利き方についての教訓も多い。〕

第一朗読   シラ書

話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。

(27章4-7節)

シラ書

                             

ふるいを揺さぶると滓が残るように、
人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、
人間は論議によって試される。
樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、
心の思いは話を聞けば分かる。
話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。
言葉こそ人を判断する試金石であるからだ。

 

 

 

 〔復活についての教え(15158節)の結び。死者はどんなふうに復活するのか、という質問に対して、パウロは、「死者は復活して、朽ちない者とされ、わたしたちは変えられる」(52節)という。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

神は、イエス・キリストによってわたしたちに勝利を与えてくださる。

(15章54-58節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕54この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。
 「死は勝利にのみ込まれた。
55死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
 死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
56死のとげは罪であり、罪の力は律法です。57わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。58わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

()54死ぬべきものが~・・・滅びゆく肉体(死ぬべきもの)が霊の体、復活したキリストと同じ体(死なない者)に変わること。

()54-55死は勝利に~・・・イザヤ書258節、ホセア書1314節参照。

 

 〔「敵を愛しなさい」「人を裁くな」という先週の福音に続いて、ここでもイエスは弟子たちの生き方について教える。マタイ福音書にも似た個所がある(マタイ福音書725節、1618節、123335節など)。

福音朗読 ルカによる福音書 

口は、心からあふれ出ることを語る。

(6章39-45節)

ルカによる福音

39 〔そのとき、イエスは弟子たちに〕たとえを話された。「盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。40弟子は師にまさるものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。41あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。42自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。
43 悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。44木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。45善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」

()39盲人が盲人の道案内を~・・・マタイ福音書1514節では、ファリサイ派の人々のことを言っているが、ルカ福音書では弟子たちに対するいましめとして語られている。

()41兄弟の目にあるおが屑・・・他人の些細な過ちのたとえ。「自分の目にある丸太」はもちろん自分の大きな過ち(他人を裁くということ)。

()43・・・マタイ福音書71520節では「行い」のことだが、ここでは文脈から見て「言葉」のことであろう。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20193 3 より)

2019年2月22日 (金)

2019年 2月24日の「聖書と典礼」

2019年 2月24日の「聖書と典礼」

「年間第7主日」 C

敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。

(ルカによる福音書 627節より)

 

〔イスラエルの最初の王サウルは、部下であったダビデの名声を恐れ、亡き者にしようとした。そのため、ダビデはサウルから身を隠していた。〕

第一朗読       サムエル記上

主はわたしの手にあなたを渡されたが、

手をかけることをわたしは望まなかった。

(26章2節、7-9節、12-13節、22-23節)

サムエル記

2 〔その日、〕サウルは立ってイスラエルの精鋭三千を率い、ジフの荒れ野に下って行き、ダビデをジフの荒れ野で捜した。
7 ダビデとアビシャイは夜になって兵士に近寄った。サウルは幕営の中に横になって眠り込んでおり、彼の槍はその枕もとの地面に突き刺してあった。アブネルも兵士もその周りで眠っていた。8アビシャイはダビデに言った。「神は、今日、敵をあなたの手に渡されました。さあ、わたしに槍の一突きで彼を刺し殺させてください。一度でしとめます。」9ダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主が油を注がれた方に手をかければ、罰を受けずには済まない。」
12 ダビデはサウルの枕もとから槍と水差しを取り、彼らは立ち去った。見ていた者も、気づいた者も、目を覚ました者もなかった。主から送られた深い眠りが彼らを襲い、全員眠り込んでいた。
13 ダビデは向こう側に渡り、遠く離れた山の頂に立った。サウルの陣営との隔たりは大きかった。
22 ダビデは〔サウルに言った。〕「王の槍はここにあります。従者を一人よこし、これを運ばせてください。23主は、おのおのに、その正しい行いと忠実さに従って報いてくださいます。今日、主はわたしの手にあなたを渡されましたが、主が油を注がれた方に手をかけることをわたしは望みませんでした。」

() 2ジフの荒れ野・・・ヘブロンの近くのユダ丘陵地帯。

() 7アビシャイ・・・ダビデの従者。ダビデの勇者たちの中でも特に重んじられた人物(サムエル記下231819節参照)

() 幕営・・・サウルはダビデを討つために陣を敷いていた。

() アブネル・・・サウルの軍の長。

() 9主が油を注がれた方・・・神によってたてられた王のこと。サウルは、預言者サムエルから油を注がれて王とされた(サムエル記上101)。しかし、アマレク人との戦いで主に背いた(15)ため、神は新しい王としてダビデを選んだ(16)。この時点で主の霊はすでにサウルを離れていた。

 

 〔ここで「アダム」はすべての人の原型である人のこと。パウロは二人のアダム(旧約のアダムとキリスト)を対比して、復活した体がどのような者であるかを述べる。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなる。

(15章45-49節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

45〔皆さん、〕「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となったのです。46最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。47最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。48土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。49わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

()45最後のアダム・・・復活したキリストのこと。ローマの信徒への手紙51221節でもキリストは、最初の人アダムと対比して語られている。

()46霊の体・・・復活して、永遠のいのちを生きる者となったキリストのありさまを言う。

 

 〔先週の福音の続きで、イエスの弟子の生き方を示す箇所。マタイ福音書の山上の説教と関連が深い(マタイ福音書53942節、4448節、712節、12節参照)。〕

福音朗読 ルカによる福音書

あなたがたの父が憐れみ深いように、

あなたがたも憐れみ深いものとなりなさい。

(6章27-38節)

ルカによる福音

 〔そのとき。イエスは弟子たちに言われた。〕27「わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。28悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。29あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。30求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。31人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。32自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。

33また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。34返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。35しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。36あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。
37 人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。38与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」

()29上着 下着・・・現代の上着、下着のことではない。下着は日常生活で着用する衣服。上着はさらにその上に着る外套のようなもの。暴力的に着物が奪われる場面が想定されている。マタイ福音書で上着と下着の順序が逆になっているのは裁判の場面が考えられているのであろう。

()32罪人・・・神に背き、神から離れている人の意味であり、その意味ですべての人は罪人であるといえる。しかし、ここでは「あなたがたが罪人として軽蔑している人々」というニュアンスでこの言葉を使っているのであろう(マタイ福音書54647節で

は「徴税人」「異邦人」となっている)。

()35いと高き方・・・神のこと。

()36憐れみ深いように~・・・本節の並行個所であるマタイ福音書548節では、「完全であられるように……完全な者となりなさい」となっている。

()38・・・ここでは穀物を計る升のようなもののこと。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019224 より)

2019年2月15日 (金)

2019年 2月17日の「聖書と典礼」

2019年 2月17日の「聖書と典礼」

「年間第6主日」 C

貧しい人々は、幸いである、

神の国はあなたがたのものである。

(ルカによる福音書 620節より)

 

 〔エレミヤは紀元前六世紀、ユダ王国の末期に活動した預言者。民の罪を指摘し、捕囚を預言したために迫害を受けた。ここでは呪いと祝福を対比させて、人々に主への信頼を求めている。〕

第一朗読 エレミヤ書

呪われよ、人間に信頼する人は。

祝福されよ、主に信頼する人は。

(17章58節)

エレミヤの預言

                             

5主はこう言われる。
呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし
その心が主を離れ去っている人は。
6彼は荒れ地の裸の木。
恵みの雨を見ることなく
人の住めない不毛の地
炎暑の荒れ野を住まいとする。
7祝福されよ、主に信頼する人は。
主がその人のよりどころとなられる。
8彼は水のほとりに植えられた木。
水路のほとりに根を張り
暑さが襲うのを見ることなく
その葉は青々としている。
干ばつの年にも憂いがなく
実を結ぶことをやめない。

() 5人間に信頼し・・・バビロニアの脅威から逃れるためにエジプトに助けを求めようとした人々をエレミヤは批判する。バビロン捕囚は民の罪に対する神の罰なので避けることはできない。しかし、それを超えて救いをもたらしてくださる神こそ信頼すべき方なのである。

() 肉なる者・・・人間のことだが、弱く滅びゆく者としての人間を強調することば。

() 7主に信頼する人・・・5節の「人間に信頼し」と対比して述べられる。迫害や苦しみを乗り越えて主に従おうとするエレミヤ自身の姿でもある。

 

 パウロはキリストの復活について述べたあと、それに基づき、わたしたちの復活について確信を持って語る。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

キリストが復活しなかったのなら、

あなたがたの信仰はむなしい。

(15章12節、1620節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

12〔皆さん、〕キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。

16死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。17そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。18そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。19この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
20しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

()17今もなお罪の中・・・キリスト者は、キリストとともに罪に死に、キリストとともに神に生きるものである(ローマの信徒への手紙6111節参照)。キリストの復活がなければこのすべては無意味になる。

()20初穂・・・文字通り最初の実りであり、後に続く多くの実りを思わせることば。イスラエルでは、「初穂」を神にささげることは全収穫物が神のものであることを表していた。

 

 〔イエスは山に登り、十二使徒を選んだ(61216節)。ここでは、「幸いと不幸」を対比させて、弟子の生き方を問いかけている。〕

福音朗読 ルカによる福音書

貧しい人は、幸いである。

富んでいるあなたがたは、不幸である。

(6章17節、2026節)

ルカによる福音

 

17〔そのとき、イエスは十二人〕と一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から〔来ていた。〕
20さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
 「貧しい人々は、幸いである、
 神の国はあなたがたのものである。
21今飢えている人々は、幸いである、
 あなたがたは満たされる。
 今泣いている人々は、幸いである、
 あなたがたは笑うようになる。
22人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。23その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
24しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
 あなたがたはもう慰めを受けている。
25今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、
 あなたがたは飢えるようになる。
 今笑っている人々は、不幸である、
 あなたがたは悲しみ泣くようになる。
26すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」

()17ティルスやシドン・・・ガリラヤよりさらに北の異邦人の地域。

()20貧しい人々は~・・・マタイ福音書53節では「心の貧しい」(直訳では「霊において貧しい」)となっている。マタイ福音書では八つの幸が述べられている(マタイ福音書5310節参照)。

()22人の子・・・ここではイエス自身を指す。次節にあるような裁きを行う方というイメージであろう。

()24しかし、富んでいる~・・・ルカ福音書は四つの幸に続いて、四つの不幸を述べるが、不幸の部分はマタイ福音書にはない。元のイエスの言葉は、複雑な伝承の過程を経て、ルカ福音書とマタイ福音書の二つの形になったようである。

() 不幸である・・・神に従わない生き方を嘆き、叱り、回心を呼びかける言い方である(1013節、114252節、171節、2222節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019217 より)

2019年2月 8日 (金)

2019年 2月10日の「聖書と典礼」

2019年 2月10日の「聖書と典礼」

「年間第5主日」 C

わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。

(イザヤ書68節より)

 

 〔ウジヤ王が死んだ紀元前七百三十五年頃、アモツの子イザヤがエルサレムの神殿で預言者として召し出される場面。〕

第一朗読 イザヤ書

わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。

(6章12節a、38節)

イザヤの預言

1 ウジヤ王が死んだ年のことである。
 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。
2a上の方にはセラフィムがい〔た。〕3彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。
 主の栄光は、地をすべて覆う。」
4 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。5わたしは言った。
 「災いだ。わたしは滅ぼされる。
 わたしは汚れた唇の者。
 汚れた唇の民の中に住む者。
 しかも、わたしの目は
 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
6 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。7彼はわたしの口に火を触れさせて言った。
 「見よ、これがあなたの唇に触れたので
 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
8 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
 「誰を遣わすべきか。
 誰が我々に代わって行くだろうか。」
 わたしは言った。
 「わたしがここにおります。
 わたしを遣わしてください。」

() 2セラフィム・・・天にいる神と人との仲介者。セラフィムという名は「燃える」という意味の動詞と関連している。

() 3聖なる~・・・イザヤは神のことをしばしば「イスラエルの聖なる方」と呼ぶ。ミサの感謝の賛歌の始めの句はここからとられている。

() 5災いだ。わたしは滅ぼされる・・・神に聖性の前では、罪に汚れた人間は堪えられず、滅ぼされる、と考えられた。

 

 〔コリントの教会のさまざまな問題について述べた後、パウロは最も大切なこととして復活について語る。〕

第二朗読   一コリントの信徒への手紙

わたしたちはこのように宣べ伝え、

あなたがたはこのように信じた。

(15章111節、 または 15章38節、11節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔兄弟たち、〕
1わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。2どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。
3最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、4葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、5ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。6次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。7次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、8そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。
9わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。10神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。とにかく、
11わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。

() 3わたしが~伝えた・・・コリントの教会はパウロから福音を聞き、信仰に入った。

() わたしも受けたもの・・・35節は、キリストの復活について新約聖書の中で最も古い伝承である(この手紙が書かれたのは紀元前50年代のことである)。

() 聖書に書いてあるとおり・・・特定の箇所というよりも、旧約聖書全体の意味。何度も繰り返されるこのことばは、それが神の計画であったことを強調している。

() 5ケファ・・・使徒ペトロのこと。『ケファ』はアラム語で、意味はペトロと同じく「岩」。復活したキリストのペトロへの出現についてはルカ福音書24章34節にも述べられている。

() 7ヤコブ・・・「主の兄弟」と言われるヤコブのことと考えられる。エルサレムの教会の指導者であった。

() 8月足らずで~・・・パウロは教会の迫害者であった自分が使徒とされたことをこのように表現する。パウロへのキリストの出現については、使徒言行録9章1-9節参照。

 

 〔ルカ福音書では、福音を告げ、病人をいやすイエスの活動が始まってしばらくしてから、最初の弟子たちが呼び出されることになる(マルコ福音書1章16-20節参照)。〕

福音朗読 ルカによる福音書

彼らはすべてを捨ててイエスに従った。

(5章111節)

ルカによる福音

1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。

2イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。3そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。6そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。7そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。8これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。

9とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

() 5夜通し・・・ガリラヤ湖の漁師たちは魚が水面近くに上がってくる夜に漁をした。

() 8主よ、わたしから離れてください・・・第一朗読の預言者イザヤ同様、イエスの神的な力を目の当たりにしたペトロは、その威光に堪えることができないと感じてこのように言った。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019210 より)

2019年2月 2日 (土)

2019年 2月 3日の「聖書と典礼」

2019年 2月 3日の「聖書と典礼」

「年間第4主日」 C

母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、

諸国民の預言者として立てた。

(エレミヤ書 1 5節より)

 

 〔紀元前七~六世紀にユダ王国で活動した預言者エレミヤの召命を語る箇所。バビロン捕囚に向かう時代に、エレミヤはユダの罪とその結果である王国の滅亡を預言したため、迫害を受けた。このエレミヤの苦しみはイエスの受難をも連想させる。〕

第一朗読 エレミヤ書

わたしはあなたを諸国民の預言者として立てた。

(1章45節、1719節)

エレミヤの預言

〔ヨシヤ王の時代に〕
4主の言葉がわたしに臨んだ。
5「わたしはあなたを母の胎内に造る前から
あなたを知っていた。
母の胎から生まれる前に
わたしはあなたを聖別し
諸国民の預言者として立てた。
17あなたは腰に帯を締め
立って彼らに語れ

わたしが命じることをすべて。
彼らの前におののくな
わたし自身があなたを
彼らの前でおののかせることがないように。
18わたしは今日、あなたをこの国全土に向けて
堅固な町とし、鉄の柱、青銅の城壁として
ユダの王やその高官たち
その祭司や国の民に立ち向かわせる。
19彼らはあなたに戦いを挑むが
勝つことはできない。
わたしがあなたと共にいて、救い出す。」

() 5母の胎内に造る前から・・・時間的な順序よりも、神の確かな計画であることを表す(ガラテヤの信徒への手紙 115節参照)。

() 聖別・・・人やものを選び出し神のものとすること。

()17腰に帯を締め・・・武装を意味する。ここでは神のことばを身に備えること。

 

 〔コリントの教会では聖霊の働きとしてさまざまな「賜物(カリスマ)」があり、それぞれの人が自分の受けた賜物を強調することによる混乱も見られた。パウロは教会が秩序正しく一つになることを願い、最高の道をここに示す。〕

第二朗読 一コリント信徒への手紙

信仰と希望と愛はいつまでも残る。

最も大いなるものは、愛である。

(12章31節〜13章13節、 または 13章413節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕
1231もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。
 そこで、わたしはあなたがたに最高の道を教えます。

131たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。2たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。3全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
134愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。5礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。6不義を喜ばず、真実を喜ぶ。7すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
8愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、9わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。10完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。11幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。12わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。13それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

()131異言・・・原語は元々「舌」を意味することばで「言葉」の意味にもなる。ここでは神を賛美する不思議な言葉のこと(一コリントの信徒への手紙1210節、30節、及び14章参照)。コリントの教会で重んじられていた賜物であった。

() 2山を動かすほどの・・・マタイ福音書1720節、2121節、マルコ福音書1123節参照。

()11幼子のように・・・ここでは「無知な者として」という意味で使われている。

()12・・・現在の鏡と違い、古代の鏡は金属をみがいたものだったので、姿がぼんやりとしか映らなかった。

() そのとき・・・神との決定的な出会いの時。

() 顔と顔を合わせて・・・出エジプト記3311節、民数記128節のモーセについての描写を思わせる。神との直接的で親密な交わりを表す。

 

 〔先週の箇所に続く、故郷のナザレの会堂での宣教開始の日の出来事。しかし、ここで起こることはイエスのこれからの歩み全体を暗示するような出来事であるとも言える。〕

福音朗読  ルカによる福音書

イエスは、エリヤやエリシャのように

ユダヤ人のためだけに遣わされたのではない。

(4章2130節)

ルカによる福音

〔そのとき、ナザレの会堂で預言者イザヤの書を読まれた〕21イエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。22皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。「この人はヨセフの子ではないか。」23イエスは言われた。「きっと、あなたがたは、『医者よ、自分自身を治せ』ということわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。」24そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。25確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、26エリヤはその中のだれのもとにも遣わされないで、シドン地方のサレプタのやもめのもとにだけ遣わされた。27また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」28これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、29総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。30しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。

()25エリヤ・・・紀元前九世紀の北イスラエルの預言者。この飢饉の話は列王記上17章にある。「シドン」「サレブタ」はイスラエルの北方の地中海沿岸に位置する。

()27エリシャ・・・エリヤの弟子で後継者であった預言者。アラム人の王の軍司令官ナアマンはエリシャに言われたとおりヨルダン川で身を洗っていやされた(列王記下5章参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20192 3 より)

2019年1月25日 (金)

2019年 1月27日の「聖書と典礼」

2019年 1月27日の「聖書と典礼」

「年間第3主日」 C

この聖書の言葉は、

今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。

(ルカによる福音書 421節より)

 

〔バビロンから帰国した人々により神殿が再建され、エルサレムの城壁も修復された。この箇所は、イスラエルの民が律法を中心にした信仰共同体として再出発する場面。〕

第一朗読 ネヘミヤ記

レビ人は律法の書を意味を明らかにしながら読み上げた。

(8章24節a、56節、810節)

ネヘミヤ記

2〔その日、〕祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た。そこには、男も女も、聞いて理解することのできる年齢に達した者は皆いた。第七の月の一日のことであった。3彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午までそれを読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた。
4a書記官エズラは、このために用意された木の壇の上に立〔った。〕5エズラは人々より高い所にいたので、皆が見守る中でその書を開いた。彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。6エズラが大いなる神、主をたたえると民は皆、両手を挙げて、「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。
8〔次いで、レビ人が〕神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理解した。
9総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言った。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。10彼らは更に言った。「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」

() 2エズラ・・・大祭司の家系の出で、律法に精通した書記官。祖国の再建を律法に基づいて指導した。

() 律法・・・モーセ五書(創世記~申命記)の中核部分と考えられる。

() 6アーメン・・・「確かに(そのとおりです)」の意味。

() 9ネヘミヤ・・・バビロニアに住んでいたユダヤ人で、紀元前五世紀の中頃、ペルシア王によりユダヤの総督に任じられた

() 泣いていた・・・民が泣いたのは、感動のためだけでなく、律法によって自分たちの罪を悟ったからであろう。

 

 〔霊の賜物である各自の能力や役割の優劣を論じ合っていたコリントの教会に対してパウロは、すべてが一つの霊の働きであり、互いが補い合ってキリストの一つの体となることを教える。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

あなたがたはキリストの体であり、

また、一人一人はその部分である。

(12章1230節、 または 12章1214節、27節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

                             

12〔皆さん、〕体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。13つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。14体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。
15足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。16耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。17もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。18そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。19すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。20だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。21目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。22それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。

23わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。24見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。25それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。26一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
27あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。
28神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。29皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。30皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。

()13一つの霊をのませてもらった・・・一コリントの信徒への手紙104節にも「皆が同じ霊的な飲み物を飲みました」という表現があり、そこでは聖体のことが暗示されている。しかし、ここではむしろ、ヨハネ福音書73739のように、(洗礼において)聖霊を受けることが言われているのであろう。

()28預言者・・・霊感によって神のことばを告げるもの。パウロによれば、それは「人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰め」る(一コリントの信徒への手紙143節)。

 () 異言を語る・・・霊によって神秘を語るが、神に向かって語るものであり、解釈する人がいなければ理解できない(一コリントの信徒への手紙142節)。

 

 〔ルカ福音書の序文とイエスの宣教開始の場面が結び合わされている。〕

福音朗読     ルカによる福音書

この聖書の言葉は、今日、実現した。

(1章14節、4章1421節)

ルカによる福音

11-2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。3そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。4お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。
414〔さて、〕イエスはの力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。15イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
16イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。17預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
18「主の霊がわたしの上におられる。
 貧しい人に福音を告げ知らせるために、
 主がわたしに油を注がれたからである。
 主がわたしを遣わされたのは、
 捕らわれている人に解放を、
 目の見えない人に視力の回復を告げ、
 圧迫されている人を自由にし、
19主の恵みの年を告げるためである。」
20イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。

()1-2最初から目撃して御言葉のために働いた人々・・・使徒たちのこと。

() 3テオフィロ・・・この名の人物は知られていない。名前の意味は「神を愛する人」あるいは「神に愛された人」。

()14“霊”の力に満ちて・・・ヨルダン川で洗礼を受けたときから、イエスの行動はすべて聖霊に導かれている。

()18-19主の霊が~・・・イザヤ書6112節、586節の引用。本来は預言者自身の召命を語る箇所であるが、これを読んだイエスはそれを自分にあてはめ、この救いが実現していることを宣言する。

()19主の恵みの年・・・五十年ごとに負債のすべてが免除され、奴隷が解放されるヨベルの年のこと(レビ記251055節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019127 より)

2019年1月18日 (金)

2019年 1月20日の「聖書と典礼」

2019年 1月20日の「聖書と典礼」

「年間第2主日」

イエスは最初のしるしをガリラヤのカナで行われた。

(福音朗読主題句 ヨハネによる福音書 211節より)

 

〔イザヤ書5666章はバビロンから帰国した民に向かって預言されたもの。ここではエルサレムの繁栄の回復が告げられる。〕

第一朗読 イザヤ書

花婿が花嫁を喜びとする。

(62章15節)

イザヤの預言

1シオンのために、わたしは決して口を閉ざさず
エルサレムのために、わたしは決して黙さない。
彼女の正しさが光と輝き出で
彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。
2諸国の民はあなたの正しさを見
王はすべて、あなたの栄光を仰ぐ。
主の口が定めた新しい名をもって
あなたは呼ばれるであろう。
3あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり
あなたの神の御手の中で王冠となる。
4あなたは再び「捨てられた女」と呼ばれることなく
あなたの土地は再び「荒廃」と呼ばれることはない。
あなたは「望まれるもの」と呼ばれ
あなたの土地は「夫を持つもの」と呼ばれる。
主があなたを望まれ
あなたの土地は夫を得るからである。
5若者がおとめをめとるように
あなたを再建される方があなたをめとり
花婿が花嫁を喜びとするように
あなたの神はあなたを喜びとされる。

() 1シオン・・・エルサレムと同じ意味で使われている。次の「彼女」も、2節以降の「あなた」もエルサレムの町を指す。

() わたし・・・主自身ともとれるが、6267節との関連から預言者自身を指すと考えられる(616節参照)。

() 2新しい名をもって~・・・改名されるという意味ではなく、まったく新たな実体に生まれ変わることを表している。

() 4捨てられた女・・・神と民との関係は、しばしば夫と妻にたとえられる。

 

 〔今日から数週間、第二朗読は()コリント書が読まれていく。コリントの教会が直面していた分裂や不和などの問題に答えて、パウロはこの手紙を書いた。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

同じ唯一の「霊」は望むままに、

一人一人に分け与えてくださる。

(12章411節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

4〔皆さん、〕賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。5務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。6働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。7一人一人にの働きが現れるのは、全体の益となるためです。8ある人にはによって知恵の言葉、ある人には同じによって知識の言葉が与えられ、9ある人にはその同じによって信仰、ある人にはこの唯一のによって病気をいやす力、10ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。11これらすべてのことは、同じ唯一のの働きであって、は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです。

() 4賜物・・・原語は「カリスマ」で、聖霊の力によるさまざまな働きのこと。

() 7“霊”・・・以下たびたび現れる“霊”という表記は、それが「聖霊」を意味することを明示している。

()10預言・・・理解できる言葉で神のことばを告げること。

() 異言・・・普通には理解できないような言葉で語られる祈りや賛美。内容は無意味ではなく、本筋にあるとおり、解釈され得るものである。

 

 〔イエスの活動が始まったばかりのころ、フィリポとナタナエルが弟子となって「三日目」の出来事である。〕

福音朗読 ヨハネによる福音書

イエスは最初のしるしをガリラヤのカナで行われた。

(2章111節)

ヨハネによる福音

1〔そのとき、〕ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。2イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。3ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。4イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」5しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。6そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。7イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。8イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。9世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、10言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

() 1婚礼・・・第一朗読にあるように、神と人との交わりは婚姻の比喩で語られることが多い。また、宴は週末の救いの宴を連想させる。

() 3ぶどう酒・・・週末に神が与える救いのシンボル(イザヤ書256節など)

() 4婦人よ、わたしとどんなかかわりが~・・・拒絶のように聞こえることばであるが、必ずしもそうではない。イエスが「わたしの時」と呼ぶのは十字架の時であり、それこそが救いの時なのである。この節全体は、母を十字架に招くことばであると考えることもできよう(ヨハネ福音書192527節参照)。ちなみにヨハネ福音書では、「マリア」という母の名は言及されない。

() 6メトレテス・・・約39リットル。

() 9花婿・・・ここで突然登場する花婿はキリストを暗示しているようである。

()11しるし・・・単なる奇跡ではなく、イエスの生涯と活動の意味を表す出来事が「しるし」と呼ばれる。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019120 より)

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