2019年2月22日 (金)

2019年 2月24日の「聖書と典礼」

2019年 2月24日の「聖書と典礼」

「年間第7主日」 C

敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。

(ルカによる福音書 627節より)

 

〔イスラエルの最初の王サウルは、部下であったダビデの名声を恐れ、亡き者にしようとした。そのため、ダビデはサウルから身を隠していた。〕

第一朗読       サムエル記上

主はわたしの手にあなたを渡されたが、

手をかけることをわたしは望まなかった。

(26章2節、7-9節、12-13節、22-23節)

サムエル記

2 〔その日、〕サウルは立ってイスラエルの精鋭三千を率い、ジフの荒れ野に下って行き、ダビデをジフの荒れ野で捜した。
7 ダビデとアビシャイは夜になって兵士に近寄った。サウルは幕営の中に横になって眠り込んでおり、彼の槍はその枕もとの地面に突き刺してあった。アブネルも兵士もその周りで眠っていた。8アビシャイはダビデに言った。「神は、今日、敵をあなたの手に渡されました。さあ、わたしに槍の一突きで彼を刺し殺させてください。一度でしとめます。」9ダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主が油を注がれた方に手をかければ、罰を受けずには済まない。」
12 ダビデはサウルの枕もとから槍と水差しを取り、彼らは立ち去った。見ていた者も、気づいた者も、目を覚ました者もなかった。主から送られた深い眠りが彼らを襲い、全員眠り込んでいた。
13 ダビデは向こう側に渡り、遠く離れた山の頂に立った。サウルの陣営との隔たりは大きかった。
22 ダビデは〔サウルに言った。〕「王の槍はここにあります。従者を一人よこし、これを運ばせてください。23主は、おのおのに、その正しい行いと忠実さに従って報いてくださいます。今日、主はわたしの手にあなたを渡されましたが、主が油を注がれた方に手をかけることをわたしは望みませんでした。」

() 2ジフの荒れ野・・・ヘブロンの近くのユダ丘陵地帯。

() 7アビシャイ・・・ダビデの従者。ダビデの勇者たちの中でも特に重んじられた人物(サムエル記下231819節参照)

() 幕営・・・サウルはダビデを討つために陣を敷いていた。

() アブネル・・・サウルの軍の長。

() 9主が油を注がれた方・・・神によってたてられた王のこと。サウルは、預言者サムエルから油を注がれて王とされた(サムエル記上101)。しかし、アマレク人との戦いで主に背いた(15)ため、神は新しい王としてダビデを選んだ(16)。この時点で主の霊はすでにサウルを離れていた。

 

 〔ここで「アダム」はすべての人の原型である人のこと。パウロは二人のアダム(旧約のアダムとキリスト)を対比して、復活した体がどのような者であるかを述べる。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなる。

(15章45-49節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

45〔皆さん、〕「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となったのです。46最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。47最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。48土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。49わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

()45最後のアダム・・・復活したキリストのこと。ローマの信徒への手紙51221節でもキリストは、最初の人アダムと対比して語られている。

()46霊の体・・・復活して、永遠のいのちを生きる者となったキリストのありさまを言う。

 

 〔先週の福音の続きで、イエスの弟子の生き方を示す箇所。マタイ福音書の山上の説教と関連が深い(マタイ福音書53942節、4448節、712節、12節参照)。〕

福音朗読 ルカによる福音書

あなたがたの父が憐れみ深いように、

あなたがたも憐れみ深いものとなりなさい。

(6章27-38節)

ルカによる福音

 〔そのとき。イエスは弟子たちに言われた。〕27「わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。28悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。29あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。30求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。31人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。32自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。

33また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。34返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。35しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。36あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。
37 人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。38与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」

()29上着 下着・・・現代の上着、下着のことではない。下着は日常生活で着用する衣服。上着はさらにその上に着る外套のようなもの。暴力的に着物が奪われる場面が想定されている。マタイ福音書で上着と下着の順序が逆になっているのは裁判の場面が考えられているのであろう。

()32罪人・・・神に背き、神から離れている人の意味であり、その意味ですべての人は罪人であるといえる。しかし、ここでは「あなたがたが罪人として軽蔑している人々」というニュアンスでこの言葉を使っているのであろう(マタイ福音書54647節で

は「徴税人」「異邦人」となっている)。

()35いと高き方・・・神のこと。

()36憐れみ深いように~・・・本節の並行個所であるマタイ福音書548節では、「完全であられるように……完全な者となりなさい」となっている。

()38・・・ここでは穀物を計る升のようなもののこと。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019224 より)

2019年2月15日 (金)

2019年 2月17日の「聖書と典礼」

2019年 2月17日の「聖書と典礼」

「年間第6主日」 C

貧しい人々は、幸いである、

神の国はあなたがたのものである。

(ルカによる福音書 620節より)

 

 〔エレミヤは紀元前六世紀、ユダ王国の末期に活動した預言者。民の罪を指摘し、捕囚を預言したために迫害を受けた。ここでは呪いと祝福を対比させて、人々に主への信頼を求めている。〕

第一朗読 エレミヤ書

呪われよ、人間に信頼する人は。

祝福されよ、主に信頼する人は。

(17章58節)

エレミヤの預言

                             

5主はこう言われる。
呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし
その心が主を離れ去っている人は。
6彼は荒れ地の裸の木。
恵みの雨を見ることなく
人の住めない不毛の地
炎暑の荒れ野を住まいとする。
7祝福されよ、主に信頼する人は。
主がその人のよりどころとなられる。
8彼は水のほとりに植えられた木。
水路のほとりに根を張り
暑さが襲うのを見ることなく
その葉は青々としている。
干ばつの年にも憂いがなく
実を結ぶことをやめない。

() 5人間に信頼し・・・バビロニアの脅威から逃れるためにエジプトに助けを求めようとした人々をエレミヤは批判する。バビロン捕囚は民の罪に対する神の罰なので避けることはできない。しかし、それを超えて救いをもたらしてくださる神こそ信頼すべき方なのである。

() 肉なる者・・・人間のことだが、弱く滅びゆく者としての人間を強調することば。

() 7主に信頼する人・・・5節の「人間に信頼し」と対比して述べられる。迫害や苦しみを乗り越えて主に従おうとするエレミヤ自身の姿でもある。

 

 パウロはキリストの復活について述べたあと、それに基づき、わたしたちの復活について確信を持って語る。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

キリストが復活しなかったのなら、

あなたがたの信仰はむなしい。

(15章12節、1620節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

12〔皆さん、〕キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。

16死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。17そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。18そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。19この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
20しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

()17今もなお罪の中・・・キリスト者は、キリストとともに罪に死に、キリストとともに神に生きるものである(ローマの信徒への手紙6111節参照)。キリストの復活がなければこのすべては無意味になる。

()20初穂・・・文字通り最初の実りであり、後に続く多くの実りを思わせることば。イスラエルでは、「初穂」を神にささげることは全収穫物が神のものであることを表していた。

 

 〔イエスは山に登り、十二使徒を選んだ(61216節)。ここでは、「幸いと不幸」を対比させて、弟子の生き方を問いかけている。〕

福音朗読 ルカによる福音書

貧しい人は、幸いである。

富んでいるあなたがたは、不幸である。

(6章17節、2026節)

ルカによる福音

 

17〔そのとき、イエスは十二人〕と一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から〔来ていた。〕
20さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
 「貧しい人々は、幸いである、
 神の国はあなたがたのものである。
21今飢えている人々は、幸いである、
 あなたがたは満たされる。
 今泣いている人々は、幸いである、
 あなたがたは笑うようになる。
22人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。23その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
24しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
 あなたがたはもう慰めを受けている。
25今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、
 あなたがたは飢えるようになる。
 今笑っている人々は、不幸である、
 あなたがたは悲しみ泣くようになる。
26すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」

()17ティルスやシドン・・・ガリラヤよりさらに北の異邦人の地域。

()20貧しい人々は~・・・マタイ福音書53節では「心の貧しい」(直訳では「霊において貧しい」)となっている。マタイ福音書では八つの幸が述べられている(マタイ福音書5310節参照)。

()22人の子・・・ここではイエス自身を指す。次節にあるような裁きを行う方というイメージであろう。

()24しかし、富んでいる~・・・ルカ福音書は四つの幸に続いて、四つの不幸を述べるが、不幸の部分はマタイ福音書にはない。元のイエスの言葉は、複雑な伝承の過程を経て、ルカ福音書とマタイ福音書の二つの形になったようである。

() 不幸である・・・神に従わない生き方を嘆き、叱り、回心を呼びかける言い方である(1013節、114252節、171節、2222節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019217 より)

2019年2月 8日 (金)

2019年 2月10日の「聖書と典礼」

2019年 2月10日の「聖書と典礼」

「年間第5主日」 C

わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。

(イザヤ書68節より)

 

 〔ウジヤ王が死んだ紀元前七百三十五年頃、アモツの子イザヤがエルサレムの神殿で預言者として召し出される場面。〕

第一朗読 イザヤ書

わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。

(6章12節a、38節)

イザヤの預言

1 ウジヤ王が死んだ年のことである。
 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。
2a上の方にはセラフィムがい〔た。〕3彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。
 主の栄光は、地をすべて覆う。」
4 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。5わたしは言った。
 「災いだ。わたしは滅ぼされる。
 わたしは汚れた唇の者。
 汚れた唇の民の中に住む者。
 しかも、わたしの目は
 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
6 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。7彼はわたしの口に火を触れさせて言った。
 「見よ、これがあなたの唇に触れたので
 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
8 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
 「誰を遣わすべきか。
 誰が我々に代わって行くだろうか。」
 わたしは言った。
 「わたしがここにおります。
 わたしを遣わしてください。」

() 2セラフィム・・・天にいる神と人との仲介者。セラフィムという名は「燃える」という意味の動詞と関連している。

() 3聖なる~・・・イザヤは神のことをしばしば「イスラエルの聖なる方」と呼ぶ。ミサの感謝の賛歌の始めの句はここからとられている。

() 5災いだ。わたしは滅ぼされる・・・神に聖性の前では、罪に汚れた人間は堪えられず、滅ぼされる、と考えられた。

 

 〔コリントの教会のさまざまな問題について述べた後、パウロは最も大切なこととして復活について語る。〕

第二朗読   一コリントの信徒への手紙

わたしたちはこのように宣べ伝え、

あなたがたはこのように信じた。

(15章111節、 または 15章38節、11節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔兄弟たち、〕
1わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。2どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。
3最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、4葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、5ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。6次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。7次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、8そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。
9わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。10神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。とにかく、
11わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。

() 3わたしが~伝えた・・・コリントの教会はパウロから福音を聞き、信仰に入った。

() わたしも受けたもの・・・35節は、キリストの復活について新約聖書の中で最も古い伝承である(この手紙が書かれたのは紀元前50年代のことである)。

() 聖書に書いてあるとおり・・・特定の箇所というよりも、旧約聖書全体の意味。何度も繰り返されるこのことばは、それが神の計画であったことを強調している。

() 5ケファ・・・使徒ペトロのこと。『ケファ』はアラム語で、意味はペトロと同じく「岩」。復活したキリストのペトロへの出現についてはルカ福音書24章34節にも述べられている。

() 7ヤコブ・・・「主の兄弟」と言われるヤコブのことと考えられる。エルサレムの教会の指導者であった。

() 8月足らずで~・・・パウロは教会の迫害者であった自分が使徒とされたことをこのように表現する。パウロへのキリストの出現については、使徒言行録9章1-9節参照。

 

 〔ルカ福音書では、福音を告げ、病人をいやすイエスの活動が始まってしばらくしてから、最初の弟子たちが呼び出されることになる(マルコ福音書1章16-20節参照)。〕

福音朗読 ルカによる福音書

彼らはすべてを捨ててイエスに従った。

(5章111節)

ルカによる福音

1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。

2イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。3そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。6そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。7そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。8これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。

9とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

() 5夜通し・・・ガリラヤ湖の漁師たちは魚が水面近くに上がってくる夜に漁をした。

() 8主よ、わたしから離れてください・・・第一朗読の預言者イザヤ同様、イエスの神的な力を目の当たりにしたペトロは、その威光に堪えることができないと感じてこのように言った。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019210 より)

2019年2月 2日 (土)

2019年 2月 3日の「聖書と典礼」

2019年 2月 3日の「聖書と典礼」

「年間第4主日」 C

母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、

諸国民の預言者として立てた。

(エレミヤ書 1 5節より)

 

 〔紀元前七~六世紀にユダ王国で活動した預言者エレミヤの召命を語る箇所。バビロン捕囚に向かう時代に、エレミヤはユダの罪とその結果である王国の滅亡を預言したため、迫害を受けた。このエレミヤの苦しみはイエスの受難をも連想させる。〕

第一朗読 エレミヤ書

わたしはあなたを諸国民の預言者として立てた。

(1章45節、1719節)

エレミヤの預言

〔ヨシヤ王の時代に〕
4主の言葉がわたしに臨んだ。
5「わたしはあなたを母の胎内に造る前から
あなたを知っていた。
母の胎から生まれる前に
わたしはあなたを聖別し
諸国民の預言者として立てた。
17あなたは腰に帯を締め
立って彼らに語れ

わたしが命じることをすべて。
彼らの前におののくな
わたし自身があなたを
彼らの前でおののかせることがないように。
18わたしは今日、あなたをこの国全土に向けて
堅固な町とし、鉄の柱、青銅の城壁として
ユダの王やその高官たち
その祭司や国の民に立ち向かわせる。
19彼らはあなたに戦いを挑むが
勝つことはできない。
わたしがあなたと共にいて、救い出す。」

() 5母の胎内に造る前から・・・時間的な順序よりも、神の確かな計画であることを表す(ガラテヤの信徒への手紙 115節参照)。

() 聖別・・・人やものを選び出し神のものとすること。

()17腰に帯を締め・・・武装を意味する。ここでは神のことばを身に備えること。

 

 〔コリントの教会では聖霊の働きとしてさまざまな「賜物(カリスマ)」があり、それぞれの人が自分の受けた賜物を強調することによる混乱も見られた。パウロは教会が秩序正しく一つになることを願い、最高の道をここに示す。〕

第二朗読 一コリント信徒への手紙

信仰と希望と愛はいつまでも残る。

最も大いなるものは、愛である。

(12章31節〜13章13節、 または 13章413節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕
1231もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。
 そこで、わたしはあなたがたに最高の道を教えます。

131たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。2たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。3全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
134愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。5礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。6不義を喜ばず、真実を喜ぶ。7すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
8愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、9わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。10完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。11幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。12わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。13それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

()131異言・・・原語は元々「舌」を意味することばで「言葉」の意味にもなる。ここでは神を賛美する不思議な言葉のこと(一コリントの信徒への手紙1210節、30節、及び14章参照)。コリントの教会で重んじられていた賜物であった。

() 2山を動かすほどの・・・マタイ福音書1720節、2121節、マルコ福音書1123節参照。

()11幼子のように・・・ここでは「無知な者として」という意味で使われている。

()12・・・現在の鏡と違い、古代の鏡は金属をみがいたものだったので、姿がぼんやりとしか映らなかった。

() そのとき・・・神との決定的な出会いの時。

() 顔と顔を合わせて・・・出エジプト記3311節、民数記128節のモーセについての描写を思わせる。神との直接的で親密な交わりを表す。

 

 〔先週の箇所に続く、故郷のナザレの会堂での宣教開始の日の出来事。しかし、ここで起こることはイエスのこれからの歩み全体を暗示するような出来事であるとも言える。〕

福音朗読  ルカによる福音書

イエスは、エリヤやエリシャのように

ユダヤ人のためだけに遣わされたのではない。

(4章2130節)

ルカによる福音

〔そのとき、ナザレの会堂で預言者イザヤの書を読まれた〕21イエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。22皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。「この人はヨセフの子ではないか。」23イエスは言われた。「きっと、あなたがたは、『医者よ、自分自身を治せ』ということわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。」24そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。25確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、26エリヤはその中のだれのもとにも遣わされないで、シドン地方のサレプタのやもめのもとにだけ遣わされた。27また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」28これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、29総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。30しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。

()25エリヤ・・・紀元前九世紀の北イスラエルの預言者。この飢饉の話は列王記上17章にある。「シドン」「サレブタ」はイスラエルの北方の地中海沿岸に位置する。

()27エリシャ・・・エリヤの弟子で後継者であった預言者。アラム人の王の軍司令官ナアマンはエリシャに言われたとおりヨルダン川で身を洗っていやされた(列王記下5章参照)。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20192 3 より)

2019年1月25日 (金)

2019年 1月27日の「聖書と典礼」

2019年 1月27日の「聖書と典礼」

「年間第3主日」 C

この聖書の言葉は、

今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。

(ルカによる福音書 421節より)

 

〔バビロンから帰国した人々により神殿が再建され、エルサレムの城壁も修復された。この箇所は、イスラエルの民が律法を中心にした信仰共同体として再出発する場面。〕

第一朗読 ネヘミヤ記

レビ人は律法の書を意味を明らかにしながら読み上げた。

(8章24節a、56節、810節)

ネヘミヤ記

2〔その日、〕祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た。そこには、男も女も、聞いて理解することのできる年齢に達した者は皆いた。第七の月の一日のことであった。3彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午までそれを読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた。
4a書記官エズラは、このために用意された木の壇の上に立〔った。〕5エズラは人々より高い所にいたので、皆が見守る中でその書を開いた。彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。6エズラが大いなる神、主をたたえると民は皆、両手を挙げて、「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。
8〔次いで、レビ人が〕神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理解した。
9総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言った。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。10彼らは更に言った。「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」

() 2エズラ・・・大祭司の家系の出で、律法に精通した書記官。祖国の再建を律法に基づいて指導した。

() 律法・・・モーセ五書(創世記~申命記)の中核部分と考えられる。

() 6アーメン・・・「確かに(そのとおりです)」の意味。

() 9ネヘミヤ・・・バビロニアに住んでいたユダヤ人で、紀元前五世紀の中頃、ペルシア王によりユダヤの総督に任じられた

() 泣いていた・・・民が泣いたのは、感動のためだけでなく、律法によって自分たちの罪を悟ったからであろう。

 

 〔霊の賜物である各自の能力や役割の優劣を論じ合っていたコリントの教会に対してパウロは、すべてが一つの霊の働きであり、互いが補い合ってキリストの一つの体となることを教える。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

あなたがたはキリストの体であり、

また、一人一人はその部分である。

(12章1230節、 または 12章1214節、27節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

                             

12〔皆さん、〕体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。13つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。14体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。
15足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。16耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。17もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。18そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。19すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。20だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。21目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。22それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。

23わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。24見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。25それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。26一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
27あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。
28神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。29皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。30皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。

()13一つの霊をのませてもらった・・・一コリントの信徒への手紙104節にも「皆が同じ霊的な飲み物を飲みました」という表現があり、そこでは聖体のことが暗示されている。しかし、ここではむしろ、ヨハネ福音書73739のように、(洗礼において)聖霊を受けることが言われているのであろう。

()28預言者・・・霊感によって神のことばを告げるもの。パウロによれば、それは「人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰め」る(一コリントの信徒への手紙143節)。

 () 異言を語る・・・霊によって神秘を語るが、神に向かって語るものであり、解釈する人がいなければ理解できない(一コリントの信徒への手紙142節)。

 

 〔ルカ福音書の序文とイエスの宣教開始の場面が結び合わされている。〕

福音朗読     ルカによる福音書

この聖書の言葉は、今日、実現した。

(1章14節、4章1421節)

ルカによる福音

11-2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。3そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。4お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。
414〔さて、〕イエスはの力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。15イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
16イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。17預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
18「主の霊がわたしの上におられる。
 貧しい人に福音を告げ知らせるために、
 主がわたしに油を注がれたからである。
 主がわたしを遣わされたのは、
 捕らわれている人に解放を、
 目の見えない人に視力の回復を告げ、
 圧迫されている人を自由にし、
19主の恵みの年を告げるためである。」
20イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。

()1-2最初から目撃して御言葉のために働いた人々・・・使徒たちのこと。

() 3テオフィロ・・・この名の人物は知られていない。名前の意味は「神を愛する人」あるいは「神に愛された人」。

()14“霊”の力に満ちて・・・ヨルダン川で洗礼を受けたときから、イエスの行動はすべて聖霊に導かれている。

()18-19主の霊が~・・・イザヤ書6112節、586節の引用。本来は預言者自身の召命を語る箇所であるが、これを読んだイエスはそれを自分にあてはめ、この救いが実現していることを宣言する。

()19主の恵みの年・・・五十年ごとに負債のすべてが免除され、奴隷が解放されるヨベルの年のこと(レビ記251055節参照)。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019127 より)

2019年1月18日 (金)

2019年 1月20日の「聖書と典礼」

2019年 1月20日の「聖書と典礼」

「年間第2主日」

イエスは最初のしるしをガリラヤのカナで行われた。

(福音朗読主題句 ヨハネによる福音書 211節より)

 

〔イザヤ書5666章はバビロンから帰国した民に向かって預言されたもの。ここではエルサレムの繁栄の回復が告げられる。〕

第一朗読 イザヤ書

花婿が花嫁を喜びとする。

(62章15節)

イザヤの預言

1シオンのために、わたしは決して口を閉ざさず
エルサレムのために、わたしは決して黙さない。
彼女の正しさが光と輝き出で
彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。
2諸国の民はあなたの正しさを見
王はすべて、あなたの栄光を仰ぐ。
主の口が定めた新しい名をもって
あなたは呼ばれるであろう。
3あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり
あなたの神の御手の中で王冠となる。
4あなたは再び「捨てられた女」と呼ばれることなく
あなたの土地は再び「荒廃」と呼ばれることはない。
あなたは「望まれるもの」と呼ばれ
あなたの土地は「夫を持つもの」と呼ばれる。
主があなたを望まれ
あなたの土地は夫を得るからである。
5若者がおとめをめとるように
あなたを再建される方があなたをめとり
花婿が花嫁を喜びとするように
あなたの神はあなたを喜びとされる。

() 1シオン・・・エルサレムと同じ意味で使われている。次の「彼女」も、2節以降の「あなた」もエルサレムの町を指す。

() わたし・・・主自身ともとれるが、6267節との関連から預言者自身を指すと考えられる(616節参照)。

() 2新しい名をもって~・・・改名されるという意味ではなく、まったく新たな実体に生まれ変わることを表している。

() 4捨てられた女・・・神と民との関係は、しばしば夫と妻にたとえられる。

 

 〔今日から数週間、第二朗読は()コリント書が読まれていく。コリントの教会が直面していた分裂や不和などの問題に答えて、パウロはこの手紙を書いた。〕

第二朗読 一コリントの信徒への手紙

同じ唯一の「霊」は望むままに、

一人一人に分け与えてくださる。

(12章411節)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

4〔皆さん、〕賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。5務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。6働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。7一人一人にの働きが現れるのは、全体の益となるためです。8ある人にはによって知恵の言葉、ある人には同じによって知識の言葉が与えられ、9ある人にはその同じによって信仰、ある人にはこの唯一のによって病気をいやす力、10ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。11これらすべてのことは、同じ唯一のの働きであって、は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです。

() 4賜物・・・原語は「カリスマ」で、聖霊の力によるさまざまな働きのこと。

() 7“霊”・・・以下たびたび現れる“霊”という表記は、それが「聖霊」を意味することを明示している。

()10預言・・・理解できる言葉で神のことばを告げること。

() 異言・・・普通には理解できないような言葉で語られる祈りや賛美。内容は無意味ではなく、本筋にあるとおり、解釈され得るものである。

 

 〔イエスの活動が始まったばかりのころ、フィリポとナタナエルが弟子となって「三日目」の出来事である。〕

福音朗読 ヨハネによる福音書

イエスは最初のしるしをガリラヤのカナで行われた。

(2章111節)

ヨハネによる福音

1〔そのとき、〕ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。2イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。3ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。4イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」5しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。6そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。7イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。8イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。9世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、10言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

() 1婚礼・・・第一朗読にあるように、神と人との交わりは婚姻の比喩で語られることが多い。また、宴は週末の救いの宴を連想させる。

() 3ぶどう酒・・・週末に神が与える救いのシンボル(イザヤ書256節など)

() 4婦人よ、わたしとどんなかかわりが~・・・拒絶のように聞こえることばであるが、必ずしもそうではない。イエスが「わたしの時」と呼ぶのは十字架の時であり、それこそが救いの時なのである。この節全体は、母を十字架に招くことばであると考えることもできよう(ヨハネ福音書192527節参照)。ちなみにヨハネ福音書では、「マリア」という母の名は言及されない。

() 6メトレテス・・・約39リットル。

() 9花婿・・・ここで突然登場する花婿はキリストを暗示しているようである。

()11しるし・・・単なる奇跡ではなく、イエスの生涯と活動の意味を表す出来事が「しるし」と呼ばれる。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019120 より)

2019年1月11日 (金)

2019年 1月13日の「聖書と典礼」

2019年 1月13日の「聖書と典礼」

「主の洗礼」

イエスが洗礼を受けて祈っておられると、天が開けた。

(福音朗読主題句 ルカによる福音書 321節より)

 

 〔イザヤ書の第二の部分(4055章)はバビロン捕囚時代の預言で「第二イザヤ」と呼ばれる。この箇所はその冒頭の部分。捕囚の民の解放と帰還が告げられる。〕

第一朗読       イザヤ書

主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る。

4015節、911節)

イザヤの預言

1慰めよ、わたしの民を慰めよと
あなたたちの神は言われる。

2エルサレムの心に語りかけ
彼女に呼びかけよ
苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを
主の御手から受けた、と。

                             

3呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

4谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。

5主の栄光がこうして現れるのを
肉なる者は共に見る。
主の口が〔そう〕宣言される。

 

9高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな
ユダの町々に告げよ。

 

見よ、あなたたちの神
10見よ、主なる神。
 
彼は力を帯びて来られ
 
御腕をもって統治される。
 
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
  
主の働きの実りは御前を進む。
11主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
 
小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

() 1神は言われる・・・ここでは天上で行われる神と天使たちの会議の場面が思い浮かべられているようである。神は天使たちに向かって語っている。3節の「声」も天井の声である。

() 2彼女の咎・・・「彼女」はエルサレムとその住民を指す。バビロン捕囚は民の罪に対する神の裁きと考えられた。

() 3荒れ野・・・神とともにイスラエルの民が帰国するバビロンからパレスチナへの道は、ほとんど砂漠のような地である。

() 9シオン・・・エルサレムの南東部の丘の名。エルサレム全体を象徴的に表すことばとして使われている。

()10主のかち得られたもの・・・バビロンから解放された民を指す。「主の働きの実り」も同じ。

 

 〔主の降誕のミサにも読まれる個所。パウロは、ここで教会の指導者テトスに、人々に教えるべきことの核心を告げている。

第二朗読      テトスへの手紙

この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、

新たに造りかえる洗いを通して実現した。

(2章1114節、3章47節)

使徒パウロのテトスへの手紙

211〔愛する者よ、〕すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。12その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、13また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。14キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。
34わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、5神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。6神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。7こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。

()14贖い出し・・・エジプトの奴隷状態からの解放のように、人を罪から解放する神の業を表すことば。

() 5新しく生まれさせ~造りかえる・・・直訳では「再び生まれ、再び新たにする」こと。

() 洗い・・・洗礼のこと。

 

 〔ルカ福音書は、洗礼者ヨハネの活動と説教に続いて、イエスの洗礼を伝える。しかし、洗礼という出来事よりも、聖霊が降り、天からの声が聞こえたことのほうに焦点はあてられている。〕

福音朗読 ルカによる福音書

イエスが洗礼を受けて祈っておられると、天が開けた。

(

(3章1516節、2122節)

ルカによる福音

15〔そのとき、〕民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。16そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」
21民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、22聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

()16履物のひもを解く・・・これはしもべの仕事であった。

() 聖霊と火で~洗礼を・・・「洗礼」の元の意味は「沈める」「浸す」。イエスは人を聖霊(火はそのシンボル)という神のいのちの中に浸す。

()22わたしの愛する子~・・・詩編27節、イザヤ書421節参照。神の子、神のしもべとしての使命がここから始まる。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」2019113 より)

2019年1月 4日 (金)

2019年 1月 6日の「聖書と典礼」

2019年 1月 6日の「聖書と典礼」

「主の公現」

わたしたちは東方から王を拝みに来た。

(福音朗読主題句 マタイによる福音書22節より)

 

 イザヤ書の第三の部分(5666章)はバビロンから解放され、帰国した民に向かって預言したもので「第三イザヤ」と呼ばれる。エルサレムの回復を通して神は栄光を諸国の民に現される。〕

第一朗読 イザヤ書 

主の栄光はあなたの上に輝く。

(60章16節)

イザヤの預言

1〔エルサレムよ、〕起きよ、光を放て。
あなたを照らす光は昇り
主の栄光はあなたの上に輝く。
2見よ、闇は地を覆い
暗黒が国々を包んでいる。
しかし、あなたの上には主が輝き出で
主の栄光があなたの上に現れる。
3国々はあなたを照らす光に向かい
王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。
4目を上げて、見渡すがよい。
みな集い、あなたのもとに来る。
息子たちは遠くから
娘たちは抱かれて、進んで来る。
5そのとき、あなたは畏れつつも喜びに輝き
おののきつつも心は晴れやかになる。
海からの宝があなたに送られ
国々の富はあなたのもとに集まる。
6らくだの大群
ミディアンとエファの若いらくだが
あなたのもとに押し寄せる。
シェバの人々は皆、黄金と乳香を携えて来る。
こうして、主の栄誉が宣べ伝えられる。

() 6ミディアン・・・最古のらくだ遊牧民として知られる部族。イスラエルの人といろいろな接触があった。ミディアン人の地とは北西アラビアを言う。次の「エファ」は不明だが、同じ地を指すとも考えられる。

() シェバ・・・アラビア南部の地。その民族の名でもある。古くから商業によって栄えた。

() 乳香・・・アラビアから輸入される香料。古くから神殿への供え物にも用いられた。

 

 〔異邦人とユダヤ人がキリストにおいて一つとなり、神に近づくことができるようになった。パウロはこの福音に仕える恵みを与えられたことを感謝しながら語る。〕

第二朗読 エフェソの信徒への手紙 

今や、異邦人が約束されたものを

受け継ぐ者となるということが掲示された。

(3章2節、3節b、56節)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

2 〔皆さん、〕あなたがたのために神がわたしに恵みをお与えになった次第について、あなたがたは聞いたにちがいありません。3b秘められた計画が啓示によってわたしに知らされました。5この計画は、キリスト以前の時代には人の子らに知らされていませんでしたが、今やによって、キリストの聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。6すなわち、異邦人が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたちと一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となるということです。

() 6約束・・・旧約において神の約束を受けたのは何よりもアブラハムとその子孫であった(創世記15章参照)。

 

 〔幼子イエスが、すべての民を照らす光として現される。〕

福音朗読 マタイによる福音書

わたしたちは東方から王を拝みに来た。

(2章112節)

マタイによる福音

1 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、2言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」3これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。4王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。5彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
6 『ユダの地、ベツレヘムよ、
 お前はユダの指導者たちの中で
 決していちばん小さいものではない。
 お前から指導者が現れ、
 わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
7 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。8そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。9彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。10学者たちはその星を見て喜びにあふれた。11家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。12ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

() 1ヘロデ王・・・ヘロデ大王とも呼ばれる。在位紀元前37~前4年。

() 占星術の学者・・・「博士」とも訳される原語の「マゴイ」は、ペルシアのゾロアスター教の祭司階級「マギ」に由来する名。天体観測と占星術の専門家でもあった。

() 4メシア・・・「油そそがれた者」。本来は王を指したが、来たるべき救い主の意味になった。ギリシア語では「クリストス(キリスト)」。

() 6ユダの地~・・・ミカ書51節の引用。ミカは紀元前八世紀にユダ王国で活動した預言者。ベツレヘムはダビデ王の出身地であるが、ミカの時代ではさびれていたようである。ミカはこの箇所で、ダビデの再来であるような理想の王(メシア)の出現を預言した。なお、マタイ書はミカ書51節の原文を修正して引用し、ベツレヘムの重要性を強調している。最後の分ではサムエル記下52節を結び付けている。

()11乳香・・・第一朗読の注参照。

() 没薬・・・結婚式や埋葬の際に用いられる香料。味は苦い。ここでは表敬を表す贈り物として用いられている。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」201916 より)

2019年 1月 1日の「聖書と典礼」

2019年 1月 1日の「聖書と典礼」

「神の母聖マリア」

マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、

思い巡らしていた。

(ルカによる福音書 219節より)

 

 〔年の初めの聖書朗読は、古くからイスラエルに伝わる祝福のことば。祭司が礼拝に集まった民を祝福することばであるが、この祝福の源は神ご自身である。〕

第一朗読 民数記

彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、

私は彼らを祝福する。

(6章2227節)

民数記

22主はモーセに仰せになった。
23アロンとその子らに言いなさい。
 あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
24主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
25主が御顔を向けてあなたを照らし
 あなたに恵みを与えられるように。
26主が御顔をあなたに向けて
 あなたに平安を賜るように。
27彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。

()23アロン・・・モーセの兄弟として知られ、イスラエルの正統の祭司の家系はこのアロンに始まると考えられた。

()25御顔を向けて・・・好意を示すことを表す。

()27わたしの名を~置く・・・「主が」ということばが三度唱えられることによって、主の名が民の上に置かれて民は完全に神のものとなる。

 

 〔神は御子イエスをまことの人間として、特定の時代、民族、文化の中に生まれさせた。そのことの中にパウロは神の救いを見る。〕

第二朗読 ガラテヤの信徒への手紙

神はその御子を女から生まれた者としてお遣わしになった。

(4章47節)

使徒パウロのガラテヤの教会への手紙

4〔皆さん、〕時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。

5それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。6あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。7ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。

() 4時が満ちる・・・神の計画の中での決定的な救いの時が来たことを意味する。

() 6アッバ・・・アラム語で子供が父親に向かって呼びかけるときのことば。イエスは神をアッバと呼び(マルコ福音書1436節)、弟子たちにもそのように祈ることを教えた(主の祈り)。

 

 〔救い主の誕生は、天使によってベツレヘム近郊で野宿していた羊飼いたちに告げられた。主の降誕から八日目にあたるきょうの福音は、イエスの誕生に続いて起こった出来事を伝える個所が読まれる。〕

福音朗読 ルカによる福音書

羊飼いたちは、マリアとヨセフと乳飲み子を探し当てた。

八日たって幼子はイエスと名付けられた。

(2章1621節)

ルカによる福音

16〔そのとき、羊飼いたちは〕急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。17その光景を見て、〔彼らは、〕この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。18聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。19しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。20羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
21八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。

()17天使が話してくれたこと・・・ルカ福音書21012節参照。

()21割礼・・・男子の包皮を切除すること(レビ記123節参照)。アブラハムと神の契約のしるしであり(創世記17914節)、これにより神の民の一員になると考えられた。

() 天使から示された名・・・ルカ福音書131節、マタイ福音書121節参照。

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20191 1 より)

2018年12月28日 (金)

2018年12月30日の「聖書と典礼」

2018年12月30日の「聖書と典礼」

「聖家族」 C

両親はイエスが学者たちの真ん中におられるのを見つけた。

(福音主題句 ルカによる福音書 246節より)

 

 〔紀元前十一世紀の出来事。子供がなかったために苦しんでいたハンナの願いが聞き入れられ、男の子が生まれた。〕

第一朗読 サムエル記 上

サムエルは生涯、主にゆだねられた者である。

(1章20-22節、24-28節)

サムエル記

20〔エルカナの妻〕ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。
21さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、22ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」
24乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、

25人々は雄牛を屠り、その子を〔祭司〕エリのもとに連れて行った。26ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。27わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。28わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」
 彼らはそこで主を礼拝した。

()20サムエル・・・後に偉大な預言者となり、サウルやダビデに油を注ぎ王とした。

()24シロ・・・王国成立以前、長い間、聖所が置かれたエフライムの町。

()25エリ・・・シロの聖所に仕えていた祭司。

 

 〔この手紙は「神は愛である」(48節)と語り、神の子どもとして、その愛のうちに生きる道を示す。〕

第二朗読 ()ヨハネの手紙

わたしたちは神の子と呼ばれ、事実また、そのとおりである。

(3章1-2節、21-24節)

使徒ヨハネの手紙

1 〔愛する皆さん、〕御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。世がわたしたちを知らないのは、御父を知らなかったからです。2愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。
21愛する者たち、わたしたちは心に責められることがなければ、神の御前で確信を持つことができ、22神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。23その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。24神の掟を守る人は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神がわたしたちの内にとどまってくださることは、神が与えてくださったによって分かります。

() 2御子が現れるとき~・・・原文に「御子」ということばはない。ここで「御子」と訳されている部分は「神」ととることもできる。

()23互いに愛し合うこと・・・ヨハネ福音書1334節、1512節参照。

()24“霊”・・・聖霊のこと。

 

 〔少年時代のイエスのエピソードであるが、後のイエスの宣教活動、受難と復活が暗示されているような個所。〕

福音朗読 ルカによる福音書 

両親はイエスが学者たちの真ん中におられるのを見つけた。

(2章41-52節)

ルカによる福音

41〔イエスの〕両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。42イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。43祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。44イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、45見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。46三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。47聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。48両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」49すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」50しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

()41過越祭・・・エジプトからの脱出を毎年記念する祭。イエスが十字架にかけられたのもこの時である。

()46三日の後・・・復活に関して使われる言葉(マルコ福音書831節、931節など参照)。

()49自分の父の家・・・具体的には神殿を指すが、同時にこのイエスが語る最初の箇所で、自分が父である神のもとにいることをあかししている。なお、「当たり前」とは、神の計画によって定められていることを意味する。

()51心に納めていた・・・ルカ福音書219節参照。

 

 

(オリエンス宗教研究所発行「聖書と典礼」20181230 より)

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